髪飾り
好きだと思う。一生を共にすることができたら、どんなに幸せだろうと、そんなことを考える。
同じだけ、叶わなかったらと不安と怖れに襲われる。
そもそも殿下からの心変わりを指摘されたら、弁解もできない。
告げなければ、このままでいられる?
セルジュに好きな人ができるまで?それはいつまで?
いっそ、好きだと告げてしまえば?それで拒絶されてしまったら?
そんな堂々巡りを繰り返しても、毎日は穏やかだった。
セルジュに、好きな人ができる気配はなかったから。セルジュに、結婚したい人ができる気配もなかったから。セルジュがもうしばらく私と共に暮らしてくれることも、確かそうだったから。
だから、もう少し、もう少しの間と思いながら。それでもセルジュと過ごせる一日が嬉しくて、幸せだった。
今日は、妖精の美容院に行く日だった。
「やっぱり恋人のおにーさんと一緒なのね。あら、どうしたの?」
「商家の娘とその護衛という話が広まっているかと。」
「あら、それでも恋人でしょ。そうとしか見えないわ?」
……。まあいいかと思った。どちらにしても、本当ではないのだし。
妖精が髪に魔法をかけながら、私に話しかける。
「やっぱり、おねーさんの髪は明るいシルバーブロンド。まだ魔力のくすみが髪に溜まっているけれど、もっと綺麗になるわ。
あら、気づかなかった?でも魔力を大量に使ったときには、髪が銀に輝いているでしょ?
あら、それも気づいてなかった?もったいないわ。
そうだ、うちでは髪飾りも合わせて売っているの。
あら、飾りを付けたりはしない?それももったいないわ。
普段使いにできる小ぶりなものを一つ、使ってみない?
おねーさんなら、そうね。華やかなものより、装飾が多いものより、シンプルな感じで上質。
こんなのは、どう?耳の上あたりで、こんなふうに留めるの。」
妖精がずらりと並んだ髪飾りから一つを取り合上げて、私の髪に当てる。
「ね、恋人のおにーさん。プラチナに水宝玉が連なって、透き通る水色が可愛くて綺麗でしょう?
この貴石とプラチナなら魔法も付与できるわ。プレゼントにどう?」
どうも何も、私の聖女としての生活にこのような飾りは必要なかった。いや、もう私は聖女ではないけれど。
セルジュがじっと私を見ていた。その眼差しに落ち着かない気分になる。
セルジュが口を開いた。
「リアは、気に入りましたか?」
それは予想外な質問だった。思わず鏡に映った自分とその髪飾りを見る。妖精の見立てどおり可愛くて綺麗、そんなことを思ってしまった。
「ええ、素敵な髪飾りだと、思いますけれど。」
「……俺が、贈っても良いですか?」
それは予想外過ぎる質問だった。セルジュがふいと顔を背けた。
「あなたには携帯用の防犯の魔導具を持たせていますが、そればかり持たせるわけにもいかない。
魔法を付与して、防御力を上げたいので。」
なるほど。セルジュにとってはこれも、護衛の役割なのかもしれなかった。
それでも、私は嬉しかった。私だけに贈られた特別なものだから。
好きな人からの贈りもの、そう思えばさらに嬉しかった。
その数日後、なぜかセルジュがためらうように聞いてきた。
「リア、ずっと付けていますが。」
「え、何ですか?」
「髪の。」
「はい、とても気に入っているので。」
実際、私は寝るときとお風呂に入るとき以外は付けている。セルジュがそっと髪飾りに触れる。
「気に入ったなら、使ってください。防御力もあるんで。……ずっと。」
最後、ぼそっと付け加えられた言葉に、思わずセルジュを見返せば。
「今日は俺が片付けるんで、休んでいてください。」
すっとキッチンに立たれてしまい、セルジュの背中しか見えなくなった。
そんな毎日を繰り返しながらも、時々セルジュから王国について報告があった。引き続き、ベルナックの副ギルド長に依頼して王国の情報を手に入れているということだった。
その夜も王国について報告があった。今のところ変わりなく、筆頭聖女は修道院で療養中とのことだった。
そんな話を聞いたせいか、久しぶりに殿下のことを思い出した。好きとか、恋しいとは違う気持ちで。
殿下にとって、王族の仕事は当然だった。だからこそ、私の聖女の仕事も、殿下の近くにいるための努力も当然だった。
殿下も大変だっただろうと思う。殿下も重圧を抱えていらっしゃたと思う。けれど、私は自分のことで精一杯で。きっと帝国の姫君の件がなくても、私たちの関係は破綻していた。
どうすればあの関係をもっと良いものにすることができたのだろうと、思わないでもなかった。けれど、その問いはもう私には意味がなかった。殿下のことは過去だったから。
私の心は変わってしまった。三か月もたたずに、変わってしまった。
変わってしまっただけでなく、好きな人までできてしまった。
そんな私は、心変わりが早すぎる、そんな目で見られることを怖れている。
いえ、それ以上に。
母は妹が好きだった。父も妹が好きだった。婚約者になるはずだった少年も妹が好きだった、私ではなく。殿下ならと努力しても結局、上手くいかなかった。
そんな私が、今度は上手くいくとも思えなかった。とても思えなかった。
セルジュは私を聖女だと言った、自分にとって唯一人の聖女だと。
それは護衛として仕える聖女にしか見えない、ということなのだろうと思う。
それでも、いつか、いつか、私を見てほしいと願ってしまう。
けれど、そんないつかはこない。私にはこない気がして。
ずっとセルジュと一緒にいられたらと、そう思う。けれど、そんないつかが来るとは思えない。
それでも、いつかと願い。同時に、もう少しだけ共にいられたらと願う。
セルジュと離れる日まで、二つの願いはもう少し続くと思っていた。
私からこの関係を壊してしまう日が、こんなに早く訪れるとは思わなかった――。