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勧誘


 どうして気づかなかったのだろうと思うほど、心のなかがセルジュが好きという気持ちでいっぱいだった。

 いつの間にか皿をふく手が止まっていた。

「リア?」

 その声にどうしたらいいかわからなくなって、とっさに顔を背けてしまった。

「あなたは、まだ……。」

 セルジュが低い声で言った

「あの男、殿下のことでも思い出しましたか?」

 違う。まったく思い出しもしなかった。

「いいえ、私は。」

 セルジュがそっけなく言った。

「あなたの婚約者だった男だ。悪く言いたくはありませんが。

 忘れられるなら、さっさと忘れてください。」

 いえ、もう忘れていた。でも。


 セルジュが好きだと、気づいた。それは心がふわふわするような幸せな気分だった。けれど。

 セルジュにとって私は、聖女で、護衛対象で。

 それ以上に、私が殿下と婚約者だったのはたった二か月前。簡単に心変わりする私はどう見えるだろうと、そんなことが気にかかった。



 翌朝、ギルドから指名依頼がきた。今回は瘴気スポットの結界の補強をするので、その補助ということだった。半日かかったものの、セルジュにも護衛についてもらい無事終了した。

 依頼が終われば皆でギルドに戻った。けれど窓口が込み合っていて、完了の手続きが終わるまで少し時間がかかるらしい。待合席で結界専門の魔法使いから、瘴気スポットについて話を振られた。大変珍しいことにその魔法使いは、外見から察するに魔族の女性だった。


 人間の国では魔族を嫌う。けれど共に仕事をしてみば礼儀正しい方であることはわかった。それでもドキドキしながら雑談をしてみた。瘴気は出るものとして、出方を安定させ、浄化しやすくする、そんな事を王国の経験をふまえて伝えれば、あれこれ意見を聞かれることになった。

 そんな話をしていたら私は、そもそも瘴気とは何かというところから考える必要がある、などとうっかり口に出してしまった。


 しまったと思った。こんなことを言っているから、神殿上層部から煙たがられるというのに。けれど。

「それで、どう考えるかね、ニンゲンの魔法使いなら?」

と魔導具を持ったドワーフに話しかけられてしまった。隣の席で話が聞こえてきたらしい。

「それは良い視点ね。」

と魔族の魔法使いからも言われてしまった。

 そして、エルフとドワーフが共同で開発している浄化の魔導具作成の場に来てみないかと、声をかけられてしまった。魔族からは、エルフとギルドが主催する瘴気スポット対策のミーティングに参加してみないかと誘われた。

 驚いた。エルフとドワーフは仲が悪いわけではないらしい。エルフと魔族も犬猿の仲ではないらしい。

 それから、とても驚いた。まさかドワーフと魔族から勧誘されるとは予想もしかった。


 ひとまずセルジュの意見を聞いてみようと、姿を探して席を立つ。ギルドにある本棚で調べものをしていたセルジュは、こちらも何やら勧誘されている最中だった。

「私と組んでみない?後悔はさせないわ。難易度が高いぶん報酬も高い。あなたの能力を最大限活かせる依頼よ。」

 ずいぶんと自信のある話し方だった。高ランクの風格を漂わせる女性の冒険者がセルジュのそばに立っていた。

「セルジュ・アダン。最近受けた依頼は、Aランクが受けるには難易度もそこそこ、報酬もそこそこ。そんな依頼の受け方じゃ、能力を活かしきれなくて不満なはずよ。

 あなたがパーティーを組んでいる相手では、こんな高難易度の依頼は受けられないでしょう?」


 それは考えないこともなかった。その言葉が刺さるように感じるのは、私が気にしていることだから。

 セルジュが受けている依頼は、多くが単発の魔獣討伐を日帰りで。おかげで私にとって安全で負担のかからない生活ができている。

 セルジュは今したいことをしていると言ってくれた。けれど本当にそれで良かったのかと、考えてしまう。


 けれどセルジュの様子をうかがえば、何やら面倒そうだった。

「俺が受ける依頼は俺が決める。他人に決めてもらう必要はない。」

「Aランクがその程度の依頼で満足しているというの?」

「満足だ。」

 即答だった。

「そんなはずないわ!」

 やはり面倒そうにセルジュが答える。

「俺は高難易度と高い報酬のために、依頼を受けてるわけじゃない。」

「え、そうなのですか?」

 思わず口をはさんでしまった。セルジュがさっと振り返る。どうも私がいたことに気づいていたようだった。

「話に聞いた絶景とはどんなものかと、俺に聞いたでしょう?

 そこに行くのに邪魔だったから、依頼を受けて、安全にして。」

 そうだった。昨日確かに、絶景を見に連れて行ってもらった、飛竜に乗って。

 昨日だけではない。先週もそんなことがあった。


 向こうでギルド職員の方々の目がキラーンと光った気がした。コニーさんがすすっと私に歩み寄る。

「リアさん、エレンディアのおすすめスポット、リーフレットにまとめてあるんで、ぜひ見てほしいな。こことここが特におすすめ。ちょっと大型魔獣が出たりするけど、すっごく綺麗なのよ!」

 セルジュのほうにはドルフさんが張り付いて、

「エレンディアまで来たんだし、お嬢さん連れて絶景見せてやりたいよな?魔獣駆除さえすれば、ここには絶景が山ほどあるしな?さくっとAランクの腕で中型魔獣をダースで駆除して、こことか。俺にはわからんが、女性に人気の幻恋木の花が見られる。」

と開いたガイドブックを見せていた。

 ……これは、セルジュにしては少々うかつな発言だったのでは。しかし、セルジュは気にすることなく、見せられたガイドブックを手に取りページをめくっている。

  

 セルジュがやりたい依頼を受けているのはわかった。それで不満もないことも。けれど。

 それでは、私の胸に刺さった棘は抜けてくれなかった。

 わかっていた。セルジュと組みたい人も、依頼に誘いたい人もたくさんいる。

 それだけじゃない。もしセルジュに好きな人ができたら、結婚したい人ができたら。その方から見て私は、邪魔だろうと思う。とても邪魔だろうと、思う。

 それ以前に、私が平静ではいられない。すぐ近くにいることなどできそうにない。


 こんなもしもなど考えたくなかった。考えたくなどないのに、私は考えてしまう。

 セルジュに好きな人ができるまで、いつまで一緒にいられるだろう。そんな不安に襲われる。

 でも私の気持ちを伝えて、否という回答だったら。私はどうしたらいいのだろう。少し考えただけで胸が苦しくなる。

 ならば、もう少しの間このままで。


 けれど、不安なあまり先のことまで考えずにはいられなかった。

 もし、セルジュに好きな人ができたら。

 パートナー申請を解除してもらう。それから、パーティーを組んでもらっているから、それも外してもらわなくては。

 それは想像しただけで胸が痛かった。一つずつ、つながりを断ち切っていくような痛みだと思った。

 そんな痛みを抱えたままここにはいられない。そうだ。もしセルジュに好きな人ができたら、ドワーフの国ラドムに行こう。


 スコーンを持ってきてくれたお隣のドワーフの孫娘さんをお茶にお誘いして、聞いてみた。

 入国は冒険者ギルドカードを持っていれば、まず入れるということだった。ラドムまで行くのも、鉄道に乗れば早いし安全だと。

 聖水の件で冒険者ギルドに寄った際、セルジュが別件でギルド職員から話を聞いている間に、地図やガイドブックで行き方を調べてみた。何とかなるかもしれない。


 すると、夕食の時にセルジュが話を振ってきた。

「ドワーフの国に興味がありますか?」

 セルジュに気取られないよう、できるだけ平静を装う。

「ええ、滞在することも考え行くとしたら、どんなものだろうかと。ちょっと調べてみてました。」

「それなら、行ってみますか?」

 あっさり、そう言われるとは思わなかった。

「そうですね。いろいろ調べてみて、計画を立てて。一人旅の方法とかも。」

「いや、何言ってんですか。俺も行きますよ。」

 あっさり、当然のようにそう言われた。

「え、でも、ギルドの仕事とか。」

「それは何とでもなるんで。いや、何でそんなに不思議そうなんですか。

 あなたが一人旅を体験したいって言うなら止めませんが、もうちょっと近場にしてください。影から護衛するんで。」

 ……有難いけれど、影から護衛されたのでは本来の目的が果たせない。

「ドワーフの国はエルフの国ともまた違うんで、俺も護衛として一緒に行きます。」 

 ……有難いけれど、それではまったく意味がない。


 一瞬、聞いてしまいそうになった。

 もし、セルジュに好きな人ができたら?結婚したい人ができたら?それでも、護衛としてそばにいる?

 けれど、それは聞けなかった。

 どうしても、口に出せなかった。




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