サンドイッチ/「あなたの分はこちらに」
本当に、次の日には買いに行くことになった。そしてハンドクリームそのほかは必需品だからとセルジュが譲らず、買ってもらうことになってしまった。
着替えなどは自分で買った。買い物の練習がしたいからとそこは主張した。私が得た報酬で買いそろえるのは、何だか楽しかった。可愛らしいデザインの部屋着に、心が弾んだ。
最後に連れていかれたのは今までの店とは一転、無骨な防具店だった。
「リア専用の、丈夫で、保護がしっかりと、かつ軽くて高品質なものを。」
と、瘴気用マントをセルジュが選んでくれた。そして私が買おうとしたら、
「必需品なんで。」
とセルジュに押し切られてしまった。
皿を洗う。花の香りのハンドクリームを使う。
果物や野菜の切り方を教えてもらう。セルジュがスープを作るのを隣で見させてもらう。
セルジュと一緒にお隣に行って、紅茶の美味しい淹れ方を教えてもらった。ポットにカップ、茶葉も、セルジュと一緒に買いに行った。
ギルドの指名依頼を受ける。浄化にはセルジュも護衛として来てくれた。
高ランクの聖水を作る。引き取りに来てくれた妖精とエルフの女の子、またスコーンを持ってきてくれたお隣の孫娘さんに、紅茶を出す。スコーンにクロテッドクリーム、ラズベリージャムも添えて。こんな天気のいい日にはピクニックに行きたくなると、そんなおしゃべりを聞きながら。
掃除も教えてもらわなくてはと思った矢先、セルジュが連れてきた妖精族二人と引き合わされた。今後週一で、掃除と庭の手入れをお願いするとのことだった。セルジュが言うには、この辺りで皆にすすめられた信頼できる人材らしい。
どれも私には初めてのことばかりだった。こんな毎日は新鮮で、どういうわけか心地よかった。時間に追われず、私のペースでひとつずつ何かをしていくのは心に余裕を感じられた。
セルジュは好きなことをしたらいいと言ってくれた。心地よいと思うのは、好きなことをしているといっていいのではないかと思う。
もう一つ気づいたことがある。私は魔法を使うのがけっこう好きだということ。
さらにもう一つ。部屋着が気に入って、家で過ごすときは毎日のように来ていること。襟元や袖、裾にあしらわれた花びらのレース、柔らかな素材で肌触りも良い。これほど軽やかな気分になれる服があるのかと驚いた。
そして聖女としての修道女服も、殿下の隣にいるために一着だけ作ったドレスも、私は窮屈に感じていたのかと気づいた。
服だけのことではないかもしれなかった。あの時の私には当たり前だったけれど、振り返ってみれば息の詰まるような暮らしだった。いや、そんなはずはないと思う。聖女の仕事は有意義に違いなく、殿下の隣にいたいとあの時の私は願ったのだから。
それでも、部屋着も、外出用の夏の半そでのワンピースも、今の私には心地よかった。
そんなある日、セルジュに誘われた。
「天気もいいので、川の向こうに行ってみませんか。
サンドイッチなんかも持って。丘を歩いて。隣の爺さんに聞いたところ、花の群生が見ごろだと。」
「行ってみたいですけれど、良いのですか?」
「この前、ピクニックというのは何かと聞きましたよね?」
確かにその通りだった。
さっそくセルジュが準備を始める。私はそばで見させてもらう。
「これは帝国風のサンドイッチですか?」
「まあ、そんな感じです。」
「セルジュはすごいですね。」
「いや、何というか。昔、ついて行かせてもらったパーティーに料理好きで、ついでに依頼の最中も美味いものが食いたいというこだわりの強い人がいて。あのベルナックのギルド長ですが。
いろいろ教えてもらって、いくらか作れるようになりました。」
セルジュの昔の話が聞けて嬉しくなった。そうしたら、もっと知りたくなってしまった。
「あの、ついて行かせてもらったというのは?」
「見習いというか、雑用係というか、高ランクのパーティーにそれで受け入れてもらう方法があるんです。自分のランクは上がらないんですが、経験が積めるのと、剣や魔法に様々な知識を教えてもらえるんで。ついでになかなか行けないような所に引っ張りまわされたり。窮地に陥ったらあれこれやらされたりと。」
聞けば聞くほど大変そうだった。けれどセルジュの口調が懐かしむものだったので、良い思い出なのだと思った。
「リアも作ってみますか、サンドイッチ。」
とバターナイフを差し出された。そんなに難しくはなさそうだったので、思い切って受け取る。
薄切りの食パン二枚。パンの片面にバターを塗る。もう一枚にはマヨネーズとマスタードを混ぜ合わせたものを薄く塗る。ハムとチーズをはさむ。そして、切る。
それだけの工程のはずだった。なのに、なぜこうも、ぐちゃっと感が……。
隣のセルジュが作ったものを見れば、きらきらとしていた。これはもう仕方がない。
「ごめんなさい、セルジュ。出来が悪くて。責任をもって、自分で食べますので。」
言い終わらないうちに、セルジュがひょいと一切れ取って、パクリと食べてしまった。
「問題ないですよ。」
そう言いながら、さらにもう一切れもセルジュの口のなかに消えてしまった。
「こういうのは、つまみ食いしながら作るのが、楽しいんで。」
言いながら、残りの二切れも食べてしまった。あっという間だった。
「あの、セルジュ?」
首をかしげれば、セルジュが当然のように言った。
「あなたの分はこちらに。
ハムとチーズ、ハムときゅうり、卵サラダ、フィグのジャム、アプリコットジャムとチーズ、スライスしたポムとクリームチーズ、凝ったのはないですが。」
「まさか、とても美味しそうです。」
「つまみ食い、しますか?」
その誘惑には勝てなかった。ジャムとチーズのサンドイッチを一切れ、食べてしまった。もちろん、美味しかった。もう一切れと手が伸びそうなほどだった。




