専属契約/「あなたの綺麗な手を荒れさせたくない」
その夜、ギルドから魔導便が届いた。専属として浄化と聖水作製を依頼することについて説明したいから、冒険者ギルドに来るようにという要請だった。
詳しい内容は書かれていない。どちらにしても、一度ギルドに行く必要があるのは確かだった。
「リア、専属になる必要はありません。そもそも依頼を受ける必要もありません。」
相談しようとセルジュに手紙を見せらたら、その返答だった。セルジュが心配しているのは私の体調だろうと思った。
「ここ数日は体の調子も良いです。疲れやすいですけれど、寝込むほどではありません。
私は専属の依頼を受けてみたいと思うのですが。そうすれば、生活費も。」
セルジュが私の言葉を遮る。
「そういうことを言っているわけじゃない。
俺はあなたを働かせるために、ここに連れてきたわけではありません。あなたをそんなふうに働かせたくない。」
そう言われても、と思った。そもそも私は、ずっと聖女として働いていたようなものだし。
「セルジュ、私は今までとは違うやり方で、この聖属性を活かしてみたい。
湖の浄化をした時、初めてそう思ったんです。」
「……あなたが、そう望むなら。」
その言い方は意外だった。反対したいところを無理に答えた様子だった。セルジュなら賛成してくれると、私のしたいことなら良いといってくれると勝手に考えていた。何か、胸がきゅっと締め付けられる気がした。だからこそ聞いてみなくてはと思った。
「セルジュはその、反対ですか。」
「違います。俺はただ。」
セルジュが悔し気に顔をそらす。
「あなたがまた憔悴していく姿を、見たくない。」
セルジュが何を心配しているのか、ようやくわかった。けれど、やはり生活費は必要だと思った。私が生活費を得られるチャンスがあるのだから、それを使ってみたかった。
少し考えて、私の気持ちを伝えてみる。
「ギルドの依頼を受けるという形ですから、聖女として王国にいたときとは違うやり方になります。
私も、結局倒れてしまうようなやり方をするつもりは、もうありません。
それでも私が無理をしているようだったら、教えてください。今度はちゃんと、聞きますから。」
セルジュがじっと私を見ていた。
「わかりました、あなたが望むなら。
今度は無理矢理でも休ませます。二度とあんなふうにはさせない。」
その真剣さはどこからくるのだろうと思った。やはり護衛だからかもしれなかった。けれど護衛の範囲を超えている、そんな気もした。
翌日にはギルドの専属手続きをして、聖水づくりも請け負うことになった。
そしてさっそくギルドから、聖水用の小瓶と材料が運ばれてきた。運んできたのは妖精族とエルフの女の子、そこにお隣からスコーンを持ってきてくれたドワーフの孫娘さんも加わって。何やら、おしゃべりが始まってしまった。
「リアさんたちって、実は婚約者じゃなかったんだって?」
あの場でセルジュは、一言もそうは話さなかったのだけれど。実はお嬢さんと護衛、その話にくっついて婚約者でないことも広まってしまった。
「そうなんだ。でもねえ?」
「ねえ?」
三人が肯き合った。
「リアさんの浄化が終わった後、騎士みたいにひざまずいて、口づけしたって聞いたよ?」
「聞いた、聞いた。あれでさ、リアさんに手を出そうという男は、そうそういなくなったよ?」
「騎士を倒さなきゃ、手に入れられない姫って感じだもんね?」
「騎士っていうか、番犬っていうか、狼?」
「姫を手に入れても、付いてきそうだよね?」
「それでも姫が欲しければ手を出してみろって、感じだもんね?」
「しかもただの番犬じゃなくて、Aランクの付加価値付きだし?」
「番犬を笑って許せるほど、かなりの器の大きさを求められるね?」
「それくらい器の大きい男じゃないと、姫は渡せないってことだよね?」
「そうそういないよね、そんな男?」
「でも、そんな面倒なことしなくても、もっと簡単な方法があるのにね?」
「ね~。」
三人が肯き合った。
「簡単な方法って?」
と聞いてみたけれど、教えてはもらえなかった。とりあえず、私の護衛は過保護かもしれない。
三人はきゃわきゃわとおしゃべりをしていってくれた。聞いているだけで、私も楽しい気分になった。
そして私は、来客に紅茶の淹れ方もわからないことに気づいた。なので今度、隣のご老人にお願いして教えてもらおうと思う。その前に、ポットとカップも必要かもしれない。
最後に、もう一つと教えてもらった。
「リアさん、銀の聖魔法使いって呼ばれてるみたいだよ。」
……何でそんなことに。しかも、なぜ銀なのかわからない。一時的な噂ですぐに消えるとは思うけれど。
その夜、今日こそはとこの話題をセルジュにふってみることにした。
「皿洗いからしてみたいのですが。」
「皿洗い、ですか。」
セルジュが顔をしかめた。
「あなたの綺麗な手を荒れさせたくない。」
……。問題はそこなのだろうか、皿を割りそうだとかじゃなくて。それならと、良い解決策を思いついた。
「では、ハンドクリームを使うことにします。
髪を切ってくれた妖精に聞いたのです。妖精族の集めた花の滴とか、エルフの蜜蝋を使った、とてもよく効くハンドクリームがあると。そのほか、肌の手入れに使う化粧水や石鹸なども、妖精族特製のものがいろいろあるそうで。」
それくらい信用できるハンドクリームなのだと力説してみた。けれど。
それでも、セルジュはためらっているようだった。
「リア、前も言いましたが、あなたに家事をさせるために、ここに連れてきたわけじゃない。
神殿にいた頃のあなたは休む間もなく忙しく、仕事にしなければならないことに、ただ追われていた。あなたがそんな生活を望んでいたことも分かっていますが、俺は。
ここでは、できれば、あなたが疲れることのない暮らしをしてほしい。」
心配してくれていることは良くわかった。
「セルジュ、私のことをこんなに考えてえくれてありがとう。私はもう、必要以上に疲れる暮らしをしたいとは思っていません。
今の私は、神殿とも子爵家の生活とも違う暮らしを楽しんでみたいのです。皿洗いや果物を切ってみることも含めて。だから、スープの作り方も教えてくれませんか。」
セルジュが表情を和らげた。
「それがあなたの望む暮らしなら。ですが、あなたが疲れているようなら、すぐ俺が代わりますよ。
それと、ハンドクリームを使うことが条件です。
石鹸もあなたの気に入ったものがあれば、買ってください。いえ、一通り俺が購入します、明日にでも。」
……。やはり私の護衛は、過保護かもしれない。




