散歩/「ちょっと飛竜を借りてきたんで」
冒険者ギルドに戻れば、報酬が十倍以上に増えていた。やはり私にはこれがどの程度妥当なのか、わからなかったけれど。
コニーさんが笑顔で説明してくれる。
「リアさんは依頼を受けてなかったので、ランク自体がなかったのですが。この度でランクが付きました。総合ランクはEとなります。」
冒険者はEランクから始めることは知っていたので、軽くうなずく。コニーさんがにっこりと続ける。
「加えて特殊属性の聖属性のみ、ランクBとなります。これは単に、いきなりAにはなれないというランク制度があるからなのでご了承ください。」
それは知らなかったので、また軽くうなずく。コニーさんがにこやかに続ける。
「ただし、この度の浄化は規模がかなり大きかったので、特例として後ほどギルド長権限でAランクになるよう調整させていただく予定です。それに伴い、報酬も上乗せがあります。もちろん特殊属性特別額での上乗せです。」
そんなものがあるとは知らなかったので、とりあえず、
「はあ。」
と言っておくことにした。良いも悪いも私にはわからない。隣に座っているセルジュが何も言わないので、そんなものなのかもしれない。コニーさんがにこにこと続ける。
「後日になりますが、エレンディア国から専属契約の話が出ると思いますよ。こちらのギルドからも、その話を出させてもらいます。
これは毎回、絶対、依頼を受けなければならないのではありません。専属から先に依頼するくらいにお考え下さい。リアさんの自由を制限するものではありませんので、ご検討ください。」
やはり、それが良いのか悪いのか私には分からなかった。あとで相談に乗ってもらおうと隣を見れば、セルジュはあまり乗り気ではなさそうだった。
コニーさんがさらに続ける。
「リアさん、聖水も作れますよね?高ランクの聖水とかも、もちろん?
材料を自宅にお届けします。もちろん引き取りもこちらで。リアさんのペースで製作していただければと思いますので。その話も後日詳しく。ぜひ、ご検討くださいね。」
これも相談に乗ってもらおうと隣を見れば、セルジュは乗り気ではなさそうだった。
「ではまた、お会いしましょう。」
最後にコニーさんはそう言った。またこちらに来るのだけは確かなようだった。
次の日は、家でセルジュとのんびり過ごした。
セルジュの依頼の話も聞かせてもらった。魔獣の巣は結局、それに似たキノコが生えていたということだった。
「魔獣の巣に擬態したキノコです。珍しいうえに貴重な効能がある。しかも食べたら美味い。なんで、今頃はきのこ採集の依頼でにぎわってますよ。」
「セルジュは採りにいかなくて良かったのですか?」
「俺は依頼の証拠として、いくらかそのキノコを持ち帰り、ついでにギルドに売ったんで。それで十分です。」
少し気になった。
「そのキノコ、食べたことはありますか?」
なぜかセルジュが言い淀んだ。
「おすすめはしません。確かに美味いんですが、見た目がいまいち、とても口に入れたいような代物じゃない。」
あれ、と思った。
「でも、食べたことがあるんですね?」
やはりセルジュは言い淀んだ。
「あるっていうか、あまり思い出したくないというか。」
逆に興味をそそられてしまった。じっとセルジュを見返せば、
「リア、そんな目で見ても駄目です。」
と、きっぱり言われてしまった。よって、それ以上追及するのはやめることにした。今度ギルドに行ったときにでも、図鑑で調べてみようと思う。
その次の日は、セルジュからお誘いがあった。
「少し、散歩しませんか。」
一緒に過ごせるだけで嬉しくなって、
「はい。」
と弾んだ声で答えれば、セルジュが小さく笑った。
「ちょっと飛竜を借りてきたんで、ひと飛びして。」
……。とんでもなかった。ちょっと散歩というには、とんでもなかった。ついでに飛竜が借りられるものなんだと初めて知った。
そうして連れて行ってもらったところは、確かにひと飛びだった。飛竜に乗せられて。何が何やら分からないうちに、飛竜は飛び立って。飛竜の動きは滑らかで。初めは緑の丘を下に、低い位置を飛んでいた。けれど少しずつ丘が遠くなり。飛んでいる高さに怖くなって。どうしようと目を閉じたところで、もう着いていた。
「依頼の途中で見つけました。で、リアに見せたくなった。」
飛竜の背から私を下ろしながら、セルジュがそう言った。
切り立った崖に囲まれた所だった。
その見渡す限り一面に、薄紫の花が咲いていた。
微風にその小さな花々が揺れている。
不意に強い風が吹き抜けていった。
あちらこちらで薄紫の花が、しゃぼん玉のようにふわりと舞い上がる。
花に囲まれて、ため息をつく。
「世界には、こんな美しいところもあるのですね。」
神殿にいてはきっと、こんな景色を見ることは叶わなかった。
「連れてきてくれて、ありがとう。」
見上げれば、セルジュが何か気づいたように小さく笑った。そして私に手を伸ばす。
「花が、リアの髪に。」
セルジュのその眼差しに込められたものが、私にはよく分からなかった。
ただ、私に触れるセルジュの指に、頬が熱くなるのを抑えられなかった。




