疑問/「 俺は今、一番やりたいことをやってますが」
しんと静まり返った周りにかまわず、立ち上がったセルジュがギルド職員をじろっと見た。
「俺とリアはパーティーを組んでる。かつパートナー申請もしてる。
今日リアが受けると決めた依頼をとやかくは言わないが。今後は俺を通してくれ。」
セルジュの目が据わっていた。ギルド職員の二人は苦笑いしている。
沈黙を割って、こんな台詞が聞こえてきた。
「何だか、騎士とお姫様って感じ。」
素朴な疑問といった声だった。一瞬ざわついたのがすっと静まり、なぜか皆の視線がこちらに向く。
セルジュが何でもないように答えた。
「とある商家のお嬢さんですよ。聖属性持ちっていうんで狙われて。だから俺はその護衛です。」
別の声がした。
「なあんだ、単なる護衛なのね?」
……。なぜだろう、その台詞に棘をかんじた。心を引っかかれるような棘だった。
私にとってセルジュは単なる護衛ではない。特別な護衛、誰より特別な。それなのに。
抑えられない気持ちが湧き上がる。
コニーさんに結界石を渡していると、冒険者三人がセルジュを取り囲んだ。
「そのお嬢さん、護衛なしでで浄化に来るくらいだし。今、そんなに危険じゃないんでしょ?」
「じゃあ、あたしたちと依頼受けようよ。冒険者がずっと護衛じゃ退屈でしょ?」
「ダンジョンに入ってお宝とか探したくない?ほら、お嬢さんのお守りばかりじゃ、嫌になるでしょ?」
「いや、まったく。」
セルジュが即答した。
「で、でもさ、時々はギルドの依頼も気になるでしょ?あたし達とパーティー組めば、大きい依頼も受けられるよ?」
「そっちのが興味ない。」
やはり即答だった。セルジュが私に向き直る。
「リア、依頼が終わったなら手続きを。俺も確認しますから、戻りましょう。ああ、俺のほうも完了手続きが必要なんで。」
セルジュの手がすっと私の額に触れた。そして小さく息をつく。
「体調は大丈夫か。
それなら、今日の夕食はクレープの店にしますか?あなたの依頼が無事終了したお祝いに。前菜とガレット、そしてデザートのクレープ。どうですか?」
聞いただけで、美味しそうだった。
「私、その、行きたいのですが、全部食べ切れるかどうか。」
「分けて食べますか?」
……。誘惑に抗えそうになかった。
そしてセルジュのいつもの眼差しが嬉しかった、小さな棘が胸に残っていても。
当然のごとくセルジュの大型トカゲに乗せられた。ついでに、
「久しぶりに魔力を使って疲れたのでは。」
とセルジュの腕に引き寄せられた。確かに魔力を使って、緊張もして、少し疲れた私はそのまま寄りかからせてもらうことにした。
けれど少しずつ、少しずつ胸が苦しくなっていく。見ないふりをしたくても、できそうになかった。だんだんと小さな棘がうずいてきて。とうとう耐えきれなくなって声をかける。
「セルジュ。」
返ってきたのは私を心配する声だった。
「リア、やはり疲れましたか?」
「魔力をかなり使ったので、その反動がありますが。それより。」
今セルジュと共にいることが当たり前で。いずれセルジュと離れるとしても、もう少しは一緒にいられると考えていた。けれど、それ以前に。なぜ私は気づかなかったのだろう。
胸の棘を感じた。小さくとも突き刺さるようだった。
「セルジュ、あの日からずっと私と共にいてくれること、本当に感謝しています。本当に、私は。」
「リア?」
遮るように続けた。
「ですが、セルジュが受けたい依頼や、ほかにやりたいことも、あるのでは?」
怪訝そうな顔に見返された。
「俺は今、一番やりたいことをやってますが。」
……。念のため聞き返すことにした。
「本当に?」
「本当に。」
セルジュの答えは清々しいほどそれだけだった。
「リア、疲れてますね。クレープの店はまた今度にして、家で休んだほうが。」
「食べたいです、クレープ。」
「わかりました。なら、明日は体を休めてください。ギルドが何か言ってきても俺が追い返すんで。」
「はい、休みますから、セルジュの依頼の話を聞かせてくれませんか?」
「そんなに楽しい話でもないですが、あなたが望むなら。ついでに俺も聞かせてください、リアが外出している理由を。」
……藪蛇だった。けれど言い訳を考えている間に、セルジュに抱き寄せられた。低い声が私の耳元に届く。
「すみません。責めているわけではない。瘴気と言われれば、あなたが放っておけないのはわかっています。ただ。」
私を抱きしめるようにしているセルジュの腕に、ぎゅっと力が入った。
「浄化が必要な現場は決して安全ではない。無事で良かった。」
「ごめんなさい、心配をかけてしまって。」
「あなたが生きていてくれたら、俺はそれでいい。
いえ、わかっています。あなたが結局、浄化を選ぶことは。
だから次は俺が護衛に付きます。俺がそうしたいんで。」
セルジュの声は穏やかで、ただその気持ちが伝わってきた。
小さな棘はまだあるけれど、もう痛みは感じなかった。




