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湖の浄化


「さあ、そんなことはどうでもいいんで。」

 腕を引っ張られ、あっという間にまた大型トカゲに乗せられた。トカゲを走らせながらコニーさんが話しかけてくる。

「リアさん、Bランクの冒険者がすみません。浄化ランクもC程度なのに。私の、ギルド職員の対応中にあのように口をはさむなど。見栄えのする依頼で、ぱっと見高難易度とは分からないのを受けさせて、当分こちらに戻って来ないようにさせますから。ああ、大丈夫ですよ。腐ってもBランク。失敗したら評判が落ちるから、やり切らざるを得ません。嫌味など言う必要がないほど、腕をあげることができるだけです。」

 ……まあ、確かに。

「だから、またギルドに寄ってくださいね?」

 ……また、依頼する予定があるらしい。


 ため息をつく。彼女たちの不満を言いたくなる気持ちはわからないでもない。頭では理解したとしても、感情とはままならないから。

 だから私は今、何をしているのだろうと感情がざわついている。

 私はもう聖女ではない。わざわざ浄化をする必要などない。他にできる人がいるなら、たとえいなくても、私が浄化をする必要はない。どこにもその理由はない。それなのに。

 結局、私は浄化をしようとしている。瘴気を放置するわけにはいかない以上これが最善だと、そう頭で考えても。生活費を得ようと思うなら、私にはこれが適するだろうとわかっていても。感情がざわつく。

 何かしなければという衝動が私の中にはある。でもあんなに努力しても、頑張っても、私が得たものは何もなかった。何もなかったのに。それなのに、なぜまた私は浄化をしようとしているのだろう……。

 

 そんな思いも、湖に着いたら気にならなくなった。

 魔獣の咆哮が響く。ちらつく瘴気に、冒険者の魔法の残光が混ざる。湖は濃い霧のような瘴気に覆われ、ただ昏い。

 現場の張り詰めた空気に、久しぶりの仕事だと、そう思った。聖女であった時のように、私のなかに静かな緊張感と集中力が満ちてゆく。


 案内された場所で方角を確認する。

「瘴気スポットはあちらで合ってますか?」

「だいたいね。瘴気が晴れれば肉眼で確認できるわ。」

 魔獣があちこちに出ているようで周りはざわめいている。けれど、それは任せること。私が集中することは唯一つ。

「ではコニーさん、ドルフさん、よろしくお願いします。」


 私は目の前の昏い霧、瘴気と向かい合う。 

 ひとつ、またひとつと、魔導具の結界が展開される。次に結界内から冒険者が退避した合図として次々と緑の光玉が上がっていく。それを確認して、今度は私が黄色の光玉を上げる。コニーさんと共に、赤の光玉が見えないか少し待つ。

 それからコニーさんと肯き合って、青の光玉を上げた。

 

 私は片手を上げる。術を行使するのに本当はそんな必要もないけれど。今浄化しているという合図みたいなもの。時間がかかるだけなので呪文の詠唱はしない。

 まず風を起こす。湖面にさざ波が立つ。こちらから向こうへと広がっていく。それに浄化を乗せる。

 浄化の光の粒を雨のように降らせながら、風と共に瘴気にぶつける。

 湖に濃霧のようにかかっていた瘴気が、降り注ぐ光の粒と共に消えていく。

 そこに陽の光が差し込み、湖面がきらめいた。


 ゆっくりとカーテンを引くように瘴気が押されてゆく。少しずつ、少しずつ、少しずつ。そして。

 後には午後の陽が差す湖が残った。

 最後の結界まで張り終えると、私は手を下ろす。

 そこにはただ、きらめく湖があった。

 そしてなぜだろう。これでいいと、そう思った。

 私には浄化の力があり、それを役立てることができる。そんなシンプルなことだった。

 これでいいのだと、そう思えた。

 空を映す湖面のように、私の心も澄みわたっているようだった。


 後ろでは集まった冒険者の歓声が上がっていた。それに大型トカゲが走り回る足音も加わる。

「リア!」

 その声に振り向けば、セルジュだった。瞬きしてその姿を見返す。とても驚いたので。

 大型トカゲから降りてこちらに歩いてくるセルジュが、なぜか私の髪を見ているのに気づいた。

「やはり、あなたの髪は美しい。」

 すっとセルジュが片膝をついた。神殿騎士であったときのように、優雅に力強く堂々と。

 そして私の手を取り、その甲に口づける。

 騎士の誓いのように。




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