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指名依頼


 そんなことをぼんやり考えていたら、いくらか時間が過ぎたようだった。

 遅めの昼食を取り、もう一度皿洗いをしようとスポンジを手に取ったところで、ノックの音がした。

 どきりとする。スポンジが手から滑り落ちた。

 もう一度ノックの音がする。次にはっきりとした声が聞こえてきた。

「リア・フォルさん、いらっしゃいますか。

 カランシアの街、冒険者ギルド職員のコニー・ストラグルです。

 ギルドからの緊急依頼のため、直接うかがわせてもらいました。」

 

 どうしたらいいか分からなかった。目的は私だった。セルジュがいれば代わりに対応してくれる。セルジュがいれば的確なアドバイスをくれる。けれど今、セルジュはいない。

 セルジュは来客の対応をする必要はないと言っていたけれど。ギルドカードを作った際の注意事項を思い出す。ギルドからの依頼内容確認のための呼び出しは拒否できない。

 まさか偽物のギルド職員だったらどうしようと、そんなことまで思い浮かんだ。リビングの窓からそっと玄関の方を見てみる。カードを作った際、対応してくれた女性だった。


 セルジュがいてくれればと思った、そうすれば、どうしたらいいかわかる。あるいは代わりに何かしてくれる。でも今、セルジュはいない。

 とりあえず、玄関ドアの前まで行く。開けるのはためらった。仕方なく、少し大きな声を出して呼びかける。

「すみません。リア・フォルです。パーティーを組んでいるセルジュから、今日は休むよう言われているので。ですが。」

 どきどきする胸を手で押さえ、もう一度声を出した。

「依頼内容とは?」

 ドアの向こうから、事務的な声がした。

「浄化です。」

 街から少し離れたところに、危険度Sの瘴気スポットがある。何重もの結界で封じられているそれに、何かあったのかもしれなかった。もう一度問いかける。

「緊急とのことでしたが?」

 ドア向こうの声が答えた。

「瘴気爆発が起こりましたので。」


 突発的に起こるそれは予測不可能、結界が壊れ、瘴気があふ出る……。一瞬でそんなイメージが浮かび、それならしょうがないという気持ちが胸に広がった。だって私は聖属性持ちなのだから。

 大きく息をつく。セルジュとの約束を思い出し少しためらったものの、私は結局ドアを開けた。

「依頼の詳細をお聞きします。」

 ギルド職員が道を指した。

「乗ってください。説明はギルドで。」

「馬車で?」

「いいえ。」

「馬には乗れないのですが。」

「大丈夫です、大型トカゲ二人乗りだから。ちょっと飛ばすけど、大丈夫だから。」

 ……。道には確かに大型トカゲがいた。だからといって、大丈夫な気はしないのだけど。


 そして、ちょっとどころか、かなりのスピードだった。くらくらしながら大型トカゲから降り、コニーさんの後についてギルドに入る。ざわつきが静まり、冒険者たちの視線が一斉に私に向けられた。

 驚いて立ち止まると、くすくすという笑い声がした。軽装の冒険者姿の若い女性だった。

「あら、そんな新人に何ができるというの?」

「高ランクの冒険者にくっついているだけのオマケがね?」

 ……。これは嫌味だろうか。まあ、気持ちはわからないでもない。新人が大きな仕事を取ったら、ベテランからすれば腹が立つのも無理はない。しかしこの場合、こうすれば問題はなくなる。

「では、あなたが依頼を受けたらいい。

 確かに私はギルドの依頼を受けたこともない新人なので。どうぞ、ベテランのあなた方が依頼を受けて成果を上げてください。

 コニーさん、私が受けなくても、この二人が受けられるそうですよ。というわけで私は戻りますので。」

 よし、と心の中なか小さく拳を握る。これでセルジュに言い訳ができる。ちょっと外出したけれど、最短の時間で戻ってきたと!


 それなのに冒険者二人はなぜか、一人は顔色を変え、一人は顔を歪ませて私に突っかかってきた。

「何、あんたは受けるっていうの?」

 まったく何を言っているのか。

「私はまだ詳しい依頼内容を聞いていません。それがわからないのに、受けるも受けないもありません。」

 腕をぐっと引っ張られた。資料を持ってきたコニーさんだった。横やりを入れた冒険者など眼中にない様子で、まくしたてる。

「ええ、ええ、だから聞いてくださいね。依頼内容を最後まで。そして、受けるか、受けないか決めてくださいね。もちろん強制ではありませんが、まずはこれを見て。」

と椅子に座らせられ、目の前に置かれたのは地図だった。


「瘴気スポットがここ。危険度ランクはS警戒。瘴気爆発で結界の一部が破損。瘴気があっという間に湖側に流れ込んで、あとは広がるばかり。一帯の動植物に対する被害が大きすぎる。特にこの湖周辺にしかない特殊な植物や鉱物は貴重で。それに今すぐに街に危険はなくとも、瘴気爆発がもう一度起これば、わからない。」

 つまりは早期発見、早期解決が一番だけど。


「時間がないので、簡単に依頼と報酬額の説明を。依頼主はエレンディア国、依頼内容は瘴気スポット周辺の浄化。カランシア冒険者ギルドが常時依頼を請け負う形で任されています。

 報酬は基本額を元に成果次第で成功報酬が上乗せされます。リアさんの場合、ギルドでの実績がないので基本額として二百。成功報酬としてはランクがあって、それは同行したギルド職員が決めます。どうですか。」

 どうと言われても。それが妥当なものなのか、私にはさっぱりわからないのだけれど。


「瘴気に呼び寄せられた魔獣については、すでに駆除を開始しています。十六のパーティーが入っているので、リアさんが危険なことはありません。もちろん、私とそこの大剣を持った大男があなたの護衛に付きます。二人ともランクはA。パーティを組まれているアダンさんがAプラスですから頼りないと思われるかもしれませんが。それなりにできますので。」

 いや、Aランクというだけですごいと思うのだけど。それに、AとAプラスの違いが私にわかるとも思えない。


「何か質問はありますか?」

 私はもう一度地図を見た。かなり大きな湖全体に、赤インクでマークされた瘴気が広がっている。

「いくつか。この報酬額でどの程度の成果を求められていますか。」

 コニーさんがじっと私を見返した。

「ぶっちゃけ、今日を乗り切られれば何でも。」

「なるほど。」 

「明日には専属の聖属性持ちが戻ってくる予定だから。」

「もしイレギュラーなことがあって戻らなかったら?」

「今日の浄化の状況しだいで、またあなたに依頼を。」

 ……面倒な。

「専属が三人いるんですが、タイミング悪く出払ってるんですよ。専属でない聖属性持ちに依頼するにも適任がいない、あなた以外は。」


 私は小さく息をつく。

「わかりました。魔導具や、魔石はどれくらい使っても良いですか。報酬とは別に必要経費がどのくらいかかっても良いかということですが。」

「すでに結界の魔導具を十数個使っているけど。それで抑えきれなかった瘴気がじわじわと広がっているところ。

 リアさんだったら、どのくらい使うことを想定する?」

「この広がり具合なら、すでに使われている魔導具はそのまま。追加で使うのは、低ランク広範囲用の結界でけっこうです。瘴気幕が来ているぎりぎりではなく、ちらちら降っているぐらいに置くとして、十五個~二十個、湖を囲むように置いてください。私はこの位置から浄化を行います。この周辺で湖が見渡せる足場がしっかりしている場所がありますか?」

「あるわ。このあたり。」

「では、結界の魔導具を作動させると同時に、結界内からは退避。退避が終了したら緑の光玉で合図を。その上で、浄化の合図として黄色の光玉を上げます。

 その時点で何かあった場合は、赤の光玉を上げてください。浄化を待ちます。何もなければ、青の光玉を上げて浄化を開始します。

 あ、こちらのギルドのやり方があれば、それに合わせますが。」

「大丈夫、それでいきましょう。必要経費に光玉を入れます。」


「結界の修復についてはどのように?」

「専属のが今すぐは無理、夕方に戻るからその後すぐ依頼する予定。」

「では、上からふさぐ程度で良いですね。修復の際、私の結界が邪魔になるでしょうから、解除用の魔石を用意します。なので、必要経費に追加で結界用魔石を一つ。」

「了解。」

「あとは、瘴気用のマントが欲しいのですが。」

「ギルドが貸し出している保護マントがあるから、それを使って。新品のものを渡すから。」

「お気遣いありがとうございます。

 私はその瘴気スポットを見てないので、細かい調整は実際に行ってみてからになりますが。ほかに今、確認しておいたほうが良いことがありますか?」

 コニーさんに、にやりと見返されてしまった。

「慣れてますね。」

 ……しまった。つい、いつものノリでやってしまった。今更だけどこう言うしかなかった。

「どうぞ、気になさらないでください。」

「では、受けてくださるということで良いですね?」

 にっこり笑顔のギルド職員に、仕方なく答える。

「受けます。」


 その時、また笑い声がした。どうやら私たちのやりとりをギルドにいた皆が聞いていたらしかった。そのなかで先ほどの二人の嘲る声がした。

「あんたに、その浄化ができるとでもいうの?」

「経験なしの新人のくせに。受けるふりして基本報酬だけ手に入れるつもりなんでしょ。」

 ……。良くわからない。何が気に入らないんだろう。

「いいえ、何らかの成果はあげられると思います。」

 答えれば、二人はぐっと言葉に詰まった。

 なるほど。できる仕事を取られたから気に食わないのかと思ったけれど、違ったらしい。自分にはできないからこそ、嫌味を言うしかなかったということか。できるなら依頼を受ければいいだけなのだから。

 自分だって本当はできるのに正当に評価されていないと思えば、他人が目立つ仕事をするのは腹が立つだろうと思う。けれど、目先の感情にとらわれ過ぎている。この状況への理解が足りない。


「今重要なのは、瘴気を放っておくわけにはいかないということです。

 今最も重要なことは、瘴気対策が取れるなら手段は何でもいいということです。

 だから誰がやってもいい。誰であろうと浄化さえすれば。

 だから、あなたが浄化をしても良い。」

 なぜか二人とも、顔を青ざめさせると速足でギルドから出て行った。

 嫌味や不満を言う割には、自分がするのは嫌らしい。まあ、その気持ちもわからないでもない。失敗すれば、自分が言った言葉がそのまま自分に返ってくることになるのだから。

 だからといって嫌味を他人にぶつけても、魔法が上手く扱えるようになるわけでもない。腕は悪くなさそうだったから、一年くらい神殿にこもって修行すれば聖属性も魔力の質も上がるだろうに、実にもったいない。




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