表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/62

新たな生活


 目が覚めた。静かだった。窓の外は夜明け前。見回せば、私の部屋となった場所。廊下をはさんで向かいの部屋にはセルジュがいる。そう思ったら安心して、また眠くなった。


 目が覚めた、窓は明るかった。慌てて部屋から出れば、セルジュも部屋から出たところだった。私と違って、身支度をすませていたけれど。

「おはようございます、リア。眠れましたか?」

「良く、眠ってしまいました。」

 セルジュが小さく笑った。

「朝食の用意をしてきます。できたら声をかけるんで。」

「えっと、ありがとうございます。」


 私も何か手伝いたいと思った。けれど着替えて降りていけば、美味しそうな朝食が出来上がっていた。

「セルジュは本当にすごいですね。」

 そのセルジュが困ったように言った。

「全部、切っただけなんで。」

 スライスされたパン、ハムが二種類、チーズも二種類、生野菜に果物。たとえ切っただけだとしても。

「私はその切っただけもできませんし。美味しそうなものは美味しそうです。」

 すると、セルジュがふいと顔をそらしてしまった。


 午前中は、生活に便利だという魔導具の使い方を教えてもらった。一つは大きな箱のような形をしていて、食べ物を入れれば冷やしておけるとのことだった。セルジュの言うように、夏には重宝しそうだった。もう一つは。

「服と専用の洗剤を入れれば、勝手に洗濯してくれます。給水と排水が必要なんで、設置場所が限られるんですが。」

 ……。混乱してきた。私は家事をしたことがないけれど、王国の洗濯はこんな方法ではなかったと思う。

「あの、すごいです。ドワーフはこんな魔導具も開発してしまうんですね。」

「いや、これはエルフのほうです。ドワーフもキレイ好きですが、エルフはそれに輪をかけてキレイ好きなんで。」

 どちらでもいいかと思った、その恩恵にあやかれるならば。


「なのでリア、このかごに洗濯ものを出しておいてくれれば、俺がこの魔導具を使うんで。終わったら、こちら側が物干しスペースになっているから干して、乾いたら取り込んで部屋に届けます。」

 ありがとうと言いかけ、何か引っかかった。少し考える。そうだ、下着……。それを洗濯してもらうのは、いくらなんでも気恥ずかしかった。

「あの、私のものは、私が洗濯しようかと。」

「リア。」

とセルジュが真剣に私を見つめる。

「俺はあなたに家事をさせるため、ここに連れてきたわけじゃない。」

 セルジュは私が子爵令嬢であることを気にしている。家事をさせないという方法で、私に配慮してくれているのかもしれなかった。けれど、私の気恥ずかしさのほうが大問題。


「セルジュ、私は王国になかったこの魔導具を使ってみたいんです。とてもすごい魔導具だと思うので、ぜひ自分で操作してみたい。ええ、干して取り込むところまで含めて。」

 力説すれば、セルジュは納得してくれたようだった。

「一人分の量なら、二、三日に一回の洗濯でいい。ただ、着替えを増やしたほうがいいです。

 さっそく使ってみますか?」

 ……。できれば一人で使いたかったけれど、初めてなので教えてもらわないわけにもいかなかった。


 午後からは、

「近所にほかにどんな店があるか、歩いてみませんか。」

と誘われた。こんなふうに街を歩いたことはなかった。まして、誰かと二人で歩くことがあるなど想像できなかった。セルジュがあれこれ説明してくれるのも楽しかった。

 ついでに昨日とは違う食材や総菜を買っていく。今日はセルジュと一緒に、ベーコンとチーズのキッシュを選んだ。

 そうして歩いていくうち、いい匂いがしてきた。売られていたのは焼きたてのワッフルだった。

「リア、食べませんか?」

 セルジュが指さす。甘いものの誘惑には勝てなかった。ワッフルの外側はさくっとして、中はふんわりで。セルジュと分けて食べると、より美味しい気がした。


 夕方、疲れた私が自室で休んでいると、ノックの音がした。

「夕食は食べられそうですか。」

 少し心配そうなセルジュの声だった。

 階段を降りていくと、いい匂いがした。テーブルに用意されていたものは、買ったキッシュと器に入ったもの。

「セルジュはすごいですね。」

 称賛すれば、セルジュが困ったように言った。

「いや、切って煮ただけのスープなんで。」

「そうだとしても私には作れません。」

「……あなたが食べてくれたら、俺は嬉しいんで。」

 そうだった、私が食べられないのをセルジュは心配していた。

 テーブルに着いて短い祈りの言葉をとなえ、スプーンでスープをすくった。

「ありがとう、美味しいです。」

 そう伝えれば、またセルジュがふいと顔をそらしてしまった。やはりセルジュは照れているようだった。そしてなぜか私まで、気恥ずかしくなってしまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ