新たな生活
目が覚めた。静かだった。窓の外は夜明け前。見回せば、私の部屋となった場所。廊下をはさんで向かいの部屋にはセルジュがいる。そう思ったら安心して、また眠くなった。
目が覚めた、窓は明るかった。慌てて部屋から出れば、セルジュも部屋から出たところだった。私と違って、身支度をすませていたけれど。
「おはようございます、リア。眠れましたか?」
「良く、眠ってしまいました。」
セルジュが小さく笑った。
「朝食の用意をしてきます。できたら声をかけるんで。」
「えっと、ありがとうございます。」
私も何か手伝いたいと思った。けれど着替えて降りていけば、美味しそうな朝食が出来上がっていた。
「セルジュは本当にすごいですね。」
そのセルジュが困ったように言った。
「全部、切っただけなんで。」
スライスされたパン、ハムが二種類、チーズも二種類、生野菜に果物。たとえ切っただけだとしても。
「私はその切っただけもできませんし。美味しそうなものは美味しそうです。」
すると、セルジュがふいと顔をそらしてしまった。
午前中は、生活に便利だという魔導具の使い方を教えてもらった。一つは大きな箱のような形をしていて、食べ物を入れれば冷やしておけるとのことだった。セルジュの言うように、夏には重宝しそうだった。もう一つは。
「服と専用の洗剤を入れれば、勝手に洗濯してくれます。給水と排水が必要なんで、設置場所が限られるんですが。」
……。混乱してきた。私は家事をしたことがないけれど、王国の洗濯はこんな方法ではなかったと思う。
「あの、すごいです。ドワーフはこんな魔導具も開発してしまうんですね。」
「いや、これはエルフのほうです。ドワーフもキレイ好きですが、エルフはそれに輪をかけてキレイ好きなんで。」
どちらでもいいかと思った、その恩恵にあやかれるならば。
「なのでリア、このかごに洗濯ものを出しておいてくれれば、俺がこの魔導具を使うんで。終わったら、こちら側が物干しスペースになっているから干して、乾いたら取り込んで部屋に届けます。」
ありがとうと言いかけ、何か引っかかった。少し考える。そうだ、下着……。それを洗濯してもらうのは、いくらなんでも気恥ずかしかった。
「あの、私のものは、私が洗濯しようかと。」
「リア。」
とセルジュが真剣に私を見つめる。
「俺はあなたに家事をさせるため、ここに連れてきたわけじゃない。」
セルジュは私が子爵令嬢であることを気にしている。家事をさせないという方法で、私に配慮してくれているのかもしれなかった。けれど、私の気恥ずかしさのほうが大問題。
「セルジュ、私は王国になかったこの魔導具を使ってみたいんです。とてもすごい魔導具だと思うので、ぜひ自分で操作してみたい。ええ、干して取り込むところまで含めて。」
力説すれば、セルジュは納得してくれたようだった。
「一人分の量なら、二、三日に一回の洗濯でいい。ただ、着替えを増やしたほうがいいです。
さっそく使ってみますか?」
……。できれば一人で使いたかったけれど、初めてなので教えてもらわないわけにもいかなかった。
午後からは、
「近所にほかにどんな店があるか、歩いてみませんか。」
と誘われた。こんなふうに街を歩いたことはなかった。まして、誰かと二人で歩くことがあるなど想像できなかった。セルジュがあれこれ説明してくれるのも楽しかった。
ついでに昨日とは違う食材や総菜を買っていく。今日はセルジュと一緒に、ベーコンとチーズのキッシュを選んだ。
そうして歩いていくうち、いい匂いがしてきた。売られていたのは焼きたてのワッフルだった。
「リア、食べませんか?」
セルジュが指さす。甘いものの誘惑には勝てなかった。ワッフルの外側はさくっとして、中はふんわりで。セルジュと分けて食べると、より美味しい気がした。
夕方、疲れた私が自室で休んでいると、ノックの音がした。
「夕食は食べられそうですか。」
少し心配そうなセルジュの声だった。
階段を降りていくと、いい匂いがした。テーブルに用意されていたものは、買ったキッシュと器に入ったもの。
「セルジュはすごいですね。」
称賛すれば、セルジュが困ったように言った。
「いや、切って煮ただけのスープなんで。」
「そうだとしても私には作れません。」
「……あなたが食べてくれたら、俺は嬉しいんで。」
そうだった、私が食べられないのをセルジュは心配していた。
テーブルに着いて短い祈りの言葉をとなえ、スプーンでスープをすくった。
「ありがとう、美味しいです。」
そう伝えれば、またセルジュがふいと顔をそらしてしまった。やはりセルジュは照れているようだった。そしてなぜか私まで、気恥ずかしくなってしまった。




