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琥珀色の家/「俺の言った意味わかってませんね!?」


 それから乗合馬車でセルジュに連れていかれたのは、中央広場とメインストリートから外れた静かな所だった。

 パン屋、雑貨屋、郵便局、カフェなどの店が立ち並ぶ広場を抜ければ、琥珀色の石造りの家が立ち並ぶ道に続いていた。両側には鮮やかな夏の花が咲き乱れ、晴れた空には白い雲が浮かぶ。

 そんな道をセルジュと二人歩いていけば、気持ちがただ穏やかになっていった。


 ふとセルジュが立ち止まった。じっと私を見る。

「長い髪のあなたも綺麗でしたが、短くてもこんなに綺麗で可愛いとは。」

 ……。何か、気恥ずかしさに襲われた。混乱して、それでも褒められたのならお礼を言うべきかもと考えているうちに、セルジュが指さした。

「あそこです。管理人と家の前で落ち合うことにしているんで、行きましょう。」


 家の前にはすでに小柄な人影が立っていた。着けば、じろりと睨まれた。

「遅い。」

 セルジュが懐中時計を確認する。

「時間ちょうどだ。」

 ふんと鼻をならしたその人物は、ドワーフのご老人に見えた。

「鍵だ、見終わったら隣に返しに来い。」

「わかった。」

 セルジュが鍵を受け取ると、ご老人は家に入っていった。

「隣にお住まいなのですね。何かお礼の品でもお持ちするべきでしたか?」

「いや、あのヒトは好みがうるさそうなんで、難しいと俺は思います。昨日聞きましたが、魔石の加工職人で。隣の住民は選びたいからと、この家はまだ借り手が決まらない。」

「そうなのですか、こんなに。」

 続けようとしてちょうどいい言葉が見つからなかった。強いて言うなら。

「素敵な家なのに。」

 セルジュが小さく笑った。

「中も、見てみますか?」


 前庭を通り、セルジュが入口のドアの鍵を開ける。入った途端、ほっとした。なぜかわからないけれど居心地の良さを感じた。

 ソファと暖炉のあるリビング、ダイニングにキッチン、その奥にはパントリーにコンサバトリー、そしてバックガーデン。二階に上がればベッドルーム。部屋の一つに入ってみる。小ぶりな机とベッド、チェストに本棚。窓をあければ、向こうにはなだらかな緑の丘が続いている。


 後ろからセルジュの声がした。

「俺は貴族の暮らしはわからない。神殿はもちろん、子爵家の暮らしともかなり違うと思いますが。」

 私はゆっくりと振り返った。

「素敵だなと、思って。

 でも確かに、ここでどんなふうに暮らしたらいいのか、私にはよくわかりません。

 だから、教えてくれますか?」

「あなたが望むなら、俺がいくらでも教えます。」

 その言葉にただ嬉しくなった。


 階段を降りながら聞いてみる。

「セルジュがこの家がいいと思った理由は、何ですか?」

「これです。」

と、リビングのソファに座るよう促された。

「窓と暖炉とソファと、居心地が良さそうだと思ったんです。

 家具付きで清掃されているんで、すぐに住めます。もちろん寝具や、食器、調理器具ほかいろいろ、そろえていく必要はありますが。内装も状態が良く、丁寧に使われていたことがわかる。家自体も作りがしっかりしていて、防犯面で魔導具の結界も張りやすい。

 あとは立地、馬車一本で中央広場まで行ける。大型トカゲも借りられる。歩けば生活に必要な店が大体そろってる。周りに騒音もない。治安もよく、近所のトラブルもない。そんなところです。

 もう一つ候補があったんですが、それよりあなたに合いそうだと思った。

 リアはどうですか?」

 どうと言われても、良いも悪いも、私には判断できない。ただ、心惹かれるものがあった。

 暮らし方はわからなくとも、セルジュと二人、この家のダイニングテーブルで朝食を食べているところは思い描けた。夜、二人でソファに座って今日あったことを話している、そんな場面も想像できてしまった。


「ここで暮らしてみたいと、思いました。」

 答えればセルジュが驚いていた。

「本当に?」

「ええ、本当に。」

 やはりセルジュは驚いていた。念のため聞いてみた。

「実は反対なのですか?」

「違います、ただ。」

 セルジュが言葉を濁す。その理由が私には推し量れなかった。

「ただ、子爵令嬢のあなたにこのような生活をさせるのは。」

 ……。問題はそこなのだろうか。私は違う気がするのだけど。

「わたしはもう聖女ではありませんし、子爵令嬢ともいえません。それに、私が子爵家で暮らしていたのはだいぶ前のことですから。」


 それでもセルジュがためらいを見せた。仕方ないので聞いてみることにした。

「例えば、ほかの選択肢にはどんなものが?」

 セルジュが困ったように髪をかき上げた。

「例えばですが。

 中央広場周辺の宿は便利で、生活するには困らない。ですが夜になっても騒々しいので、あなたが落ち着かないのではないかと。

 中央から少し外れた滞在型の宿なら、そんなことはない。俺と部屋を別にすれば、あなたももっとくつろげるはずです。リアが独り暮らしをしたいというなら、女性専用の宿で朝食付き。そんな方法もあります。」

 とりあえず、すらすらと出てくるセルジュの言葉に驚いた。

「いろいろあるのですね。」

「あなたは知らなくて当然です。子爵令嬢の暮らしじゃない。」

 ……。問題はそこなのだろうか。私の生活能力の無さのほうが、余程問題な気がしたのだけど。


 セルジュが続ける。

「問題は、どちらの方法も何かトラブルがあったとき、俺がすぐ対処しにくいことです。というか今の状態であなたに独り暮らしは無理、というより俺が不安でしょうがないんで。」

 確かに、すぐ独り暮らしをするよう言われても、何から始めたらいいのか私には見当もつかない。

「当面、俺と暮らしてくれませんか。あなたがここの生活に慣れるまで。

 安心してください。」

と、セルジュが窓のほうを向いてそっけなく付け加えた。

「俺は、護衛としてあなたの近くにいるだけです。」

 本当にそうだった。近くで、そばで、ずっと私を守ってくれた。

「ありがとうございます。今まで守ってもらいました。

 それだけではありません。護衛以上のことも考えて、私にたくさんのことをしてくれました。」

 セルジュがばっと振り向いた。

「リア、俺の言った意味わかってませんね!?」

「ごめんなさい、察することができず。詳しく説明してもらっても良いでしょうか。」

「…………俺が、悪かったです。」

「いえ、前も似たようなやり取りをしませんでしたか。今日こそ詳しく。」

 セルジュがさっと立ち上がった。

「鍵を返しに行きます。早くしないと、あの爺さんはうるさそうだ。」

 何か、はぐらかされてしまった。

「それに、あの爺さんが首を縦に振らないと、借りたくても借りられないんで。」

「あ、なるほど。」

 この家から去りがたい気分になった。けれど、私も立ち上がった。

 

 家の鍵をかけながら、セルジュが言った。

「もしここを借りられた場合、もう一つ問題が残っているんで、後で話し合いを。」

「まだ、ありますか?」

「あなたと俺の関係を何と説明するかということです。」

 どの説明でもセルジュがそばにいてくれるなら、私はそれで良いのだけど。本当のことを話せない以上、確かにそれは問題に違いない。




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