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価値


 ドアの音が聞こえた。ぼんやりと目を開ける。いつの間にか眠っていたようだった。

 体を起こそうとしたけれど重かった。それでも、先ほどより楽になっている気がした。

「聖女様?」

 セルジュの声が聞こえた。何とか起き上がり答える。

「寝ていたみたいです。」

「具合は?どこか痛いとか?」

 心配と後悔の混じった声だった。私は顔を上げ少し笑う。

「いいえ。今日は初めてのことばかりで、驚きました。」 

 セルジュが眉を寄せながらも、手に持っていたトレーをデスクに置いた。

「食事です。食べられそうですか。」

「ありがとうございます。」

 温かいポタージュにパン、そして果物だった。もしかしたら、あの村でポムを食べたのを見て、セルジュがお願いしてくれたのかもしれなかった。

 嬉しくて、美味しかった。全部は食べられなかったけれど、体が温かくなった。


 食事の後ベッドに戻った私に、セルジュが言った。

「今後のことを少し話したいんですが。聖女様、体調は大丈夫ですか?」

「はい、教えてください。」

と座り直せば、セルジュがまだ心配そうに話し始める。

「あなたの買い物の間に、旅行案内所で情報を確認していました。

 レジェでは長距離馬車が便利なんですが、魔獣の出現状況により、欠便になったりするんで。」

 セルジュが荷物から折りたたんだ紙を取り出す。地図だった。

「エレンディアに行くには、このルートが最短です。

 ですが、この辺りで中型の魔獣が数度目撃されたと。ここからここまで、馬車の便が運行見合わせ。ここから、こちらなら、便数を減らして出ていますが、急に欠便になりそうなので。

 少し遠回りですが、この街を通るルートにします。それでも絶対魔獣に遭遇しないわけではありませんが、出ても小型の魔獣のルートなんで。」

 セルジュが街や街道を指して教えてくれるけれど、私は見ているだけで精一杯。

 すごい。情報を集め、あれこれ考えて乗る馬車を決めるのかと思った。セルジュにとっては当たり前のようだけど、私にとってはすごいことだった。


「とりあえず、あなたは休んでください。少しでも。

 いや、それとも話しておいたほうが。」

 ためらったセルジュがもう一つのベッドに座り、じっと私を見た。

「聖女様、今、怖いと思いますか。」

 そんな質問がくるとは思わなかった。少し考えた。怖いとは思う、けれど。

「わかりません。私にどのくらい追う価値があるのか、ということですから。

 王国に居なければよいのか、それとも殺してしまわないと安心できないのか。

 いえ、それより、私はあなたのほうが心配です。」


「俺はともかく。」

 セルジュが考えをまとめるように一度、くしゃりと髪をかき上げた。

「まず、ですが。国境を渡った後、騎士が来たとざわついていたのに気づきましたか?」

「ええ、だから。もし、あなたが無実の罪で追われるようなことがあれば。」

「あの時点でそれはないはずです。手配が回るなら先に伝令が来ます。

 騎士が来たのはむしろ捜索のため、とみるほうが自然なんで。

 ですが、レジェ国ではやはり王国の詳しいことが分かりにくい。

 新聞にも出ていない。下に王国から来た商人がいたんで、話してみたんですが。王国で大きな騒ぎは起こってないようです。

 冒険者ギルドに行けば、もう少し詳しい情報が得られるんですが。もし俺が探されていた場合、逆に俺の居場所が分かってしまうんで、使えません。」

「つまり、王国にいるより危険は少なくなったはずだけど、どのくらい追われているかは、わからないということですね?」

「申し訳ありませんが、そうです。」

 私は息をつく。

「もしかしたら、私はもう追われていないかもしれないし、まだ追われているかもしれない。追われていても、王国のみで探しているかもしれないし、レジェ国でも探すかもしれない。

 私だけ追われているかもしれないし、あなたも追われているかもしれないと。」


 セルジュが思案気にうなずく。

「そうです。

 捜索で見つからなかった、もしくは亡くなったことになり捜索が打ち切られる可能性は十分ありますが、いつ終わるのかが何とも言えない。あるいは、俺の指名手配になるか。ああ。」

 セルジュが、ひざまずくようにして私の手を取った。

「俺はいい。あなたの安全が重要です。くそっ。」

 いきなりセルジュが悪態をついた。

「あなたに、そんな顔をさせたいわけではない。

 俺も追われることは、最初から想定済みです。俺はこういう方法でしかあなたを守れない。

 ですが俺が捕まることがあれば、あなたを守りきれない。だから、俺は捕まりません。」


 追手が迫って逃げきれそうにない時は私を放って、あなただけでも逃げてほしい、そう伝えたかった。けれど。

 できなかった。セルジュの私を見上げる眼差し、それはどこまでも真摯だった。

 不意に苦しくなった。果たして私に、セルジュの気持ちに値するほどの何かがあるだろうか。空っぽな私には何もないのに。そもそも私に、価値などないのに。

 だから私は言ってしまった。

「セルジュ、何の咎もないあなたが捕らえられるようなことになるのは、嫌です。

 あなたが元聖女を守ろうと、神殿騎士の護衛としての役割を超えてまで守ろうとしてくれることはわかりますが。その必要はどこにもない。そもそも私に、それほどの価値はありません。」


 そう言った途端、セルジュの眼差しが剣呑になった。睨むように見返される。

「何に価値があるかは、俺が決める。

 俺の行動も、俺が決めます。

 ついでに言えば、俺はあなたの護衛だと思っていますが、神殿騎士はまったく関係ない。」

 ではなぜ、と聞き返す前に、セルジュが大きく息をついた。

「すみません。俺が未熟なばかりに、あなたの不安を上手く解消できない。」

「違います。あなたが未熟だなどと、そんなこと思ってはいません。私はただ……。」


 その続きは言えなかった。そこまでの危険を冒してもらうほど私には価値がない、とは言えなかった。どれほど私に価値がなくとも、信頼している護衛に、信頼している護衛だからこそ、彼の言葉を尊重するなら、何に価値があるかは自分が決めるという言葉を否定できなかった。

 彼の手を握り返す。

「お願いです。私は、あなたが苦しむことになるのは嫌なのです。」

 セルジュが何でもないことのように言った。

「俺は捕まる気はありません。捕まれば、あなたを守れないんで。」

 私はため息をつく。論点がずれている気がするのだけど、言い返せなかった。

 

 セルジュが私の手を取ったまま、隣に座った。

「あなたが安心するならもう一つ。これは憶測が大きいんですが。

 いいですか、秘密裏にあなたを害そうとするなら、あの人選では少し無理がある。」

「あの森で、ですか?」

 セルジュがうなずく。

「あの時、王国の騎士三人のうち一人は蒼白だった。震えて動くことができなかった。

 気づいていましたか?」

「いいえ、わかりませんでしたが。もしかして、なぜか御者をしていた騎士ですか?」

「あいつです。」

 何となく事情はわかった。

「彼は確か、男爵家でしょう。騎士としてここまで業績を積み重ねてきて、家のこともありますし、それを全部捨ててしまうわけにはいかなかった。仕方がないと思います。」

「あいつはそれで無理矢理従わせることができても、反抗する可能性のある神殿騎士を排除することはできなかった。あの時点であなたは王太子の婚約者ではなくなったが、まだ聖女でしたから。聖女には神殿騎士が一人以上つくのが慣例です。それを退けるほどの根回しはできなかったということです。

 ただ、少々無理でも強硬に行うだけの力はあった。だから神殿騎士も適当に殺してしまおうと、考えていたのかもしれないですが。」


 私は首をかしげる。

「つまり?」

「あいつらがどのような筋書きを考えていたのかは、わかりませんが。向こうも無理をしている以上、あなたを国外まで追わない可能性があるということです。

 実際、今日レジェ国に入って行動した感じでは。俺はわかりやすい冒険者スタイルで歩き回りましたが、探されている感じはしなかった。俺の勘を信用してもらうしかないですが。」

 それを聞いて私は少し安心した。セルジュがそういうなら、そうなのだろうと思う。


「できるだけ、聖女様を危険な目に合わせたくない。だが、あなたは聖魔法さえ使わなければ、王国の聖女だと思う人はまずいない。

 逆に、俺を探すとすれば冒険者セルジュ・アダンとして探される。むしろ、俺のほうが素性がバレやすい。俺の素性がバレれば、一緒にいるあなたは誰かということになる。

 まあ、冒険者ギルドさえ使わなければ、周りから見て俺は、その辺を歩いている冒険者の一人に過ぎないんで。それにまぎれるのは難しいことではありません。」

 それについては大丈夫とは思えなかった。けれど、セルジュの言葉にほっとしている気持ちがあることも確かだった。


 支えるように私の手に触れるセルジュの、その大きな手のぬくもりに心が安らいだ。




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