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買い物

 乗客がざわめいた。見れば、街の門がその先にあった。

 馬車の速度がゆっくりになる。門をくぐり街に入る。国境の街より大きな街だった。

 乗客が降りる準備を始める。やがて馬車が止まり、扉が開いた。無事に着いたようだった。セルジュに続いて私も馬車を降りる。

「今度、切符の買い方を説明します。」

 セルジュの言葉にはっとした。そうだ。私はもう神殿暮らしではない。令嬢でもない。一人でいろいろできるようにならなければ。

「お願いします。いろいろ教えてください。」

「俺ができることなら、いくらでも。」

 セルジュが笑みを浮かべた。



「ここです。」

「ここ、ですか。」

 それを見ても、私は何の反応もできなかった。神殿暮らし、その前は令嬢暮らしの私は、こんな店を利用したこともない。

「というより、女性の服なんかは俺がここしか知らないんで。冒険者も利用する旅の道具もある店です。」

「そう、ですか。」

 セルジュ以上に知らない私は、連れられてここには来たものの、ほかに言い様がなかった。


 さっと店内に入ったセルジュの後について、私も中に入る。客はまばらだった。一人の店員がこちらにやってくる。

「トラブルがあって、彼女の荷物を全部ダメにしてしまった。数日の旅に必要な基本のものと鞄、あと服と靴、着替えとかも。」

 セルジュが店員に説明している。店員は笑顔でそれを聞いている。セルジュが小袋から銀貨を数枚出した。

 あ、と思った。私はこんなことにもすぐ気づけない。店員はそれを確認すると、

「おすすめの品をお持ちします、少々お待ちください。」

と場を離れていった。

 

 私はセルジュの袖を引く。

「すみません、気づくこともできず。今までの支払いも。」

 セルジュが小声で答える。

「あなたに持ち合わせがないのは当然です。

 俺は仕事柄、というか冒険者の時のくせで、緊急時に備えてにそれなりの額を持ってたんで。

 いいですか。気にせず必要なものは買ってください。でないと旅を続けられません。」

 その言葉にはっとした。そうだ、逃げ切らなければ。セルジュに無事でいてほしければ。

「わかりました。」

「じゃ、俺は向かいにいるんで。」

 え、一緒にいてくれるのでは、一人ではどうしたらいいかわからないと思いかけ、これくらい一人でできるようにならなくてはと思い直した。

 さっとセルジュが店を出ていく。その背中を見送れば、

「お待たせしました。」

と店員の声がした。


 旅に必要だという洗面用具から、目の前に並べられた。店員は丁寧で親切だった。私がよく分からないのを見抜き、簡単に説明も付け加えられた。

 並べられた中から、おすすめのものを選ぶ。好みで大丈夫と言われたものは、何とか好みで選んでみる。それらを入れるポーチ、そして鞄を選んだ。予算的にこれも買えるのでと、小ぶりな肩掛け鞄と財布も選ぶことになった。


 終わってほっとしたら、次は服だった。

 体を締め付けるタイプのドレスではなく、旅行におすすめのしっかりした生地の動きやすいワンピースとのことで、五着ほど目の前に吊るされた。今まで着ていたのは濃紺の聖女用の修道女服、たまの休日は支給された簡素なワンピース。そんな私にとって、どれもきらびやかだった。どれを選んだらいいのか見当もつかない。

「どれも、しわになりにくく、洗濯しても型崩れしにくい優れモノです。」

 さらに分からくなった私に、店員が助け舟を出してくれた。

「こちらとこちら、明るいグレーと淡い水色がお似合いでしょう。クラシカルで清楚で上品なデザインです。」

 よくわからなかった。でも、心惹かれるものがあった。体に当てて鏡を見れば、何となく嬉しくなった。


 その後は旅用のマント、歩きやすい靴を選び、そして下着が並べられた。

 あ、とようやく分かった気がした。なぜセルジュが出て行ったのか、私ひとりに選ばせたのか。

 そして最後に店員が差し出したのは、二枚のスカーフだった。ワンピースに合うような色合いだった。

 店員が気づかうように微笑む。もしかしたら、この人は最初から気づいていたのかもしれない、私の不自然さに、いかにも訳ありそうな状態に。

 古びたスカーフをさっとはずすと、店員はスカーフを私の頭にかぶせ首の後ろで両端をきゅっとむすんだ。

「大きさもちょうどいいですね。帽子では毛先が見えてしまいますが、全部隠れましたから。これで目立ちません。馬車の旅でしたら、ほこり避けにスカーフも使います。大丈夫です。」

 店員が小声で付け加える。

「髪のことは誰にもいいませんから。」

 体を強張らせてしまった私に、店員が大きくうなずいた。

「ありがとうございます。」

 何とかそう言った。その好意が有難かった。

 

 買った服に着替えてみれば、古着のワンピースより肌触りが良く生地もしっかりしていた。貴族令嬢のドレスほどではなくとも、質が良かった。

 本当にこんな服を選んでよかったのだろうかと、気になった。けれど私には、これに支払われた金額がわからない。たとえわかったとしても、高いのかどうかわからない。いろいろ学ばなければならないと、それだけはわかった。

 そしてセルジュの言葉を思い出した。あの森を出るとき、彼は上質な服を用意すると言った。その通りにしてくれたのだと。


 あらかじめセルジュに言われていたとおり、買ったワンピースに着替えた。着ていたものはお店が引き取ってくれるとのことだった。

 お礼を言って、買ったものが詰まっている鞄を手に店を出た。けれど出た途端、どうしようと思った。向かいにいると言ったセルジュは、まだ戻って来ない。私から向かいの建物に行くべきかもしれなかった。でも、三つある建物のうちセルジュがどれに入ったのか、わからなかった。

 

「ねえ、どうしたの?迷っちゃった?

 もしかして、いいとこのお嬢さんって感じ?こういうところ、初めて?

 ん~、ちょっと遊びたいなら、オレ、案内するよ?」

 急に声をかけられた。とりあえず少し後ずさった。状況が理解できなくて。 

「そんな警戒しなくても、大丈夫だって。

 オレさ、この街育ちだから、観光名所とか一通り案内できるよ。 

 お目付け役とはぐれたなら、ちょっと楽しんでみない?

 お嬢さんと一緒に歩くの、楽しい思うんだよね~。」 

 いろいろ違う。けれど悪意はなさそうな街の若者だった。そして、対処法がわからなかった。

 その時、

「俺の妻に何か。」

と後ろから低い声がした。

 振り向けば、不機嫌さ全開のセルジュだった。とりあえず、鞄を落としそうになった。

「なんだ、お嬢さん、いや奥さんか。迎えが来てよかったね。らぶらぶみたいだし。良い旅を。」

 彼は笑って、手を振って行ってしまった。

 何というか、いろいろ理解の範疇を超えた。

「あの、セルジュ?」

 首をかしげれば。

「申し訳ありません。」

 そう言ったセルジュの息が少し乱れていた。

「あなたが店を出たのは気づいていたんですが、すぐに駆け付けられず。不愉快なことを言われませんでしたか?」

「いえ、そんなことは。ただ、こんな経験は初めてで。」

「安心してください、二度とさせません。」

「ええ?」

 セルジュなら、こんな場合の適切な対処方法を教えるのではないかと思った。私もまた、それを教えてもらったほうがいいと思ったのだけど、違ったのだろうか。

「俺がさせません、二度と。」

 確かに。今後こんな経験をすることがなければ、対処方法を覚える必要もないけれど。


 なぜか、じっとセルジュがこちらを見ていた。私と服を見ているようだった。もしかして、

「変、でしたか?目立ち過ぎ、とか?」

 私は買い物に失敗してしまったのだろうかと慌てれば、セルジュはこともなげに言った。

「いえ、やはりあなたはそういう感じのほうがいい。ドレスのほうがもっと似合うでしょうが。

 いえ、何を着ていても綺麗で可愛いですが。」

 ……。

 セルジュの言葉の意図がよくわからなかった。

 何と反応したものか迷っているうちに、セルジュは私の鞄を取り上げると、もう片方の手で私の手を引いて歩き出してしまった。




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