84娘よ、姉様、うちの家族を苦しめてどんな気持ち?(王家サイド)
父は王を見て、頷くのを確認すると弟が姉のところへ近寄った。
「あ……」
名前を言おうとしたのか女は小さくもらす。
「姉さん、僕が姉さんとなにか甘いお菓子を食べる時一緒に食べるよね」
「え、ええ」
話し出す弟に戸惑う声。
しかし、意に介さず進む。
「僕は男爵家の長男で、次期当主だよ。ここまでわかる?」
「そうね」
「姉さんは次期当主より偉いかな?」
「……!」
男爵令嬢は息を呑む。
「その……あなたより、低いかしら」
「つまり、お菓子を食べる時に僕が姉さんの菓子が欲しいって言ったら絶対にくれるってことだけど。勿論、何も言わずにくれるんだよね?当然、なにかと交換しないけどね」
「何を言ってるの。そんなこと従うわけないわよ」
「なぜ?だって、僕は姉さんより偉いんだよ?」
「なぜって、それは、それは」
なんていうことを言うのだと責めようとした彼女は何も言えない。
理由を探そうとして、パッと閃く。
「あ、当たり前だからよ!」
「でも、僕が言ったら今後は渡さないとね?だって、爵位はなくなっても、長男だし」
「やるわけないでしょうっ。そんなの!渡す気はないから!」
気やすい言い方で、言い返す。
「だめだよ姉さん。僕はまだ次期男爵家当主なんだから。逆らっちゃだめ」
「言うことを聞く道理はないわよ?」
姉はわけがわからなくてひたすら言い返すが、なぜだめなのかは未だ答えられず。
「今までなんでそれをされなかったか、わかる?やろうと思えばできたんだよ」
「え?えっと……許されることじゃないから?」
「許されることだって言ったよね?」
弟の顔が嫌悪で怖くなる。
「あのね。僕が言わなかったのはそれが常識だから。理性的にこの世のマナーを相手に関して律しているからだってこと。相手のものを奪ってはならない」
「そ、それはっ」
男爵子女は震え出す。
「姉さんは、人のもの奪うという……倫理観を無視したことをしようとして今、王様や父様に怒られてるんだ。姉さんの言葉が周りに浸透したら今ごろ男爵のうちは更に上の爵位の人達に全て取られても文句を言ってはいけない、拒否してはいけないってことになるけど」
「ち、ちがっ、違うわ!」
そんなことになれば、下位貴族から中位貴族や高位貴族は全て奪っても許される、ということになる。
法律もなにもあったものではない。
恐ろしい世の中になるではないか。
「姉さんがやったことはそういうことだった。自国民でも問題だけど、他国民、おまけにSランクの相手を怒らせるなんて。姉さんは我が家の死神だったんだね」
「あ、あ、ち、違うの。そんなつもりなくて……裕福になるって思って……」
震える身体をそのままに言い訳を言い募っていれば、母親がスッと前に出る。
「お、お母様」
母は味方になってくれるんだろうと、期待に顔をやる。
「まともに育ててあげられなくて、ごめんなさい」
「えっ?え?あの、お母様?」
突然、謝られて訳もわからず声をかける。
「人から物を取ることを悪いことと思わない様な、おかしい子に育ててしまって、母親失格よ」
母親の謝罪に涙がぽろりと落ちる。
ここまで愛している家族に言わせてしまったと、胸に言いようのない衝突が湧き上がる。
「わ、私、私は。本当に、違うの。お金を払って欲しいのなら、言ってくれれば払ったの。本当なの」
「いいえ。報告をもらったときにそんなやりとりはなかったと聞いたわ。一方的に水筒を寄越せと言ったことは皆知っているわ。父様も知っているの。誤魔化しなんていらない」
「払ったわ、絶対に!たくさん!」
「でも、相手は渡したくないと言ったのよね?」
優しく問われるから、こくりと頷く。
「それでも無理矢理取ろうとしたから、水筒の所有者は怒ったの。あなたの理不尽なやり方に抗議したの。間違っていたと、今ならわかるかしら」
「そ、そ、それは……あの、今から、謝罪して取り引きすれば権利をもらえれば、許してもらえますよね……?」
「はぁ?」
「ひっ!?」
弟の憎悪すら浮かぶ返しに、姉はぶるぶる震える。
「許してなんてもらえない。そんな時期は過ぎた。爵位の返上を求める様に公式に言われた。もう、謝るから許してくれといって、なにもかも元通りなどという夢は起きない」
「そんなぁ、いえ、彼らは平民なのにっ、おかしい」
「Sランクがただの平民な訳がないだろ」
王がそこで呆れた様に付け加える。
「あ、お、王様がとりなして」
言いかけたそれを本人が遮る。
「相手の怒りを鎮めるために男爵の処分を言い渡したのに、なんの利益があってだ。男爵家をなくした方が遥かに安全に終わらせられる」
「わ、我が国の男爵家ではないですか」
直接話しかけることは許されてないが、子女はすでにそんな精神状態ではないと、処置なしと王は分かりやすく微笑む。
「すぐになくなる」
ついに絶句した、問題を起こした男爵子女はガクッと膝を地に落とす。
「いや、いや、違うの。なくなるなんて思ってなくて。払おうと思ってて。水筒がそんなに大切なら言ってくれたら引いたの」
ぶつぶつと小さく、自分は悪くないと己に言い聞かせる様子に、周りは何も言わずにいた。
王は兵士に男爵を下げさせると、息を吐き椅子に深く座る。
「ただ、慰謝料を渡すだけではだめだろう」
王は側使いに述べる。
「そうでしょうね。なにかよさそうなものもお送りしましょう」
「そうしてくれ。私も目を通す」
「承知いたしました」
離れていく者を見送り、王は上を向いた。
「余計なことをしてくれる」
愛し子、自国の貴族。
問題を引き起こしていく面々を思い浮かべる。
胃が痛んだのでお腹をさすった。




