08列車で会話
エレラは帰りの道、老夫婦と相席になりほんわかとした雰囲気でお喋りに興じる。
「そうなんですか。お二人はそこでお知り合いに?」
「ええ、そうなの」
「いやはや、お恥ずかしいですな」
「そんなことはないです。素敵です」
今は出会いから馴れ初め、結婚に至るまでの大恋愛を聞いている。
人からこういう話を聞くのはしたことがなかったが、心が洗われるように、純粋な水を飲んだみたい。
スッと胸に入ってくるという感じだ。
しかし、ふとしたとき、視線を感じ、折角の気分に水を刺す。
真後ろから、濃厚な気配が自分にだけ存在感を与えてくる。
誰だと分かるかもしれないが、うちの旦那様である。
帰りの魔法列車に座ったらすかさず、付いてきていた彼がサクッと着席した。
移動しようとしても既に他の席は埋まりかけているしで、動けなくなりここに座る他ない、と諦めていたが老夫婦との出会いで憂鬱な気分も忘れられた。
コレスは本当に毎日毎日、自分に対して一時も離れなかった。
張り付いていても、無口な状態だったので話しかけられることは、なかったのだが。
そこまで後ろを追いかけるのならば、話しかけてこられた方が、話し合えるというのに。
(もしかして、話し合うのが出来なくて?)
真実を当てたな、これは。
兎に角、彼とは話し合うべきかもしれない。
窓から落ちて以来、時間も置いて冷静になった今ならば、まだ静かに胸のウチを互いに言い合えるのかも。
「お嬢さんは一人旅?」
老夫婦に話しかけられて、ハッと彼らへ顔を向ける。
「ええ。はい。一人旅をしてます。まだどこかに寄ろうかと、考えている途中です」
「そう!それは良いわね」
老婦人の夫が、良さそうな地名を教えてくれる。
「美味しいものが多いのですね。朗報です」
あと、窓が小さなホテルか宿があれば完璧。
「若い子に喜ばれる土地ではないが、のんびり過ごせる」
お二人のありがたい情報にお礼を言う。
エレラは引き続き出会いの後のエピソードを交えた雑談を聞いて、別れるまで癒される。
老夫婦が列車から降りて、こちらに最後の挨拶を向けてくれるところまで見送る。
仲が良い。
「家に帰らないのか」
いきなり、真正面から声を掛けられて驚く。
後ろにいると思っていた人が前にいたら、怖い。
「び、びっくりした……!」
先ずは肩をトントンとして、存在を主張して欲しかった。
それくらい、この男の存在を忘れていたのだ。
「ああ、居たのね」
「ずっと居た。相席してただろ」
少しムッとしている顔は、可愛くないので真顔に戻すといい。
「後ろの席は相席とは呼ばないけど」
無言で、自分と老夫婦の会話を聞いてきただけだろうに。
「で、他の土地へ行くのか」
「そうだね。折角時間もあるし」
「おれは、どうなる」
「どうなるって、なにが」
いきなりシュンとした、目を伏せた憂い顔は心臓に悪い。
「付いてこないの?好きにすればいいんじゃない。私は気ままにスローライフよ」
「スローライフ?」
「雑誌に書かれてた言葉。のんびり、まったり」
「今はそれがしたいことなんだな。家では無理なのか」
「あなたがギルドで高ランクの、有名人だから……周りが煩くて」
「知ってる。だから、おれも周りにあれこれ聞かれないようにしていた」
それが、あの言葉や、あんな台詞や、男同士の語らいとでも。
今更だけどね、全部。
言ってくれれば良かった。
エレラはコレスとぽつりぽつりと話す。
ほんの少し会話して、話すのをやめて、また暫くして話す。
「列車には乗り続けるの?もう少しで貴方の家だよ」
「お前が居ない家はおれの家じゃない」
「コレスのギルドの仲間とか、どうするの」
全員解散になるというわけでもあるまい。
「あそこに住んでいる奴もいるが、それはおれがあそこの街に住んでるからだ。移住だろうと移動だろうと、付いてくるだろう。勝手に」
今までもそうだったしな、と言い終える。
なるほど、そういうこともあるのだと知った。
ずっと住んでいたわけじゃないらしい。
エレラはずっと花屋のことで頭がいっぱいで、他のことにあまり関心がなかった。
そこは、流石に興味を持たなければならなかったのかも。
付き合う前なら兎も角、結婚した後は。
でも、花屋を辞めたのも今思えば早急だった。
恋にうつつを抜かし過ぎたな。
己の夫に顔を向け、取り敢えず今の所は永住などという未来を考えていないことを説明しておく。
「お前の居るところがおれの家だ。どこかの宿なら、おれもそこに泊まるだけだ」
お好きにどうぞ、と投げやりに言い捨てた。