07妻はど突くが夫はけろり
仲直りしたわけではなく、再構築に近い決断をした二人。
コレスは必死にあの日、宿へ帰り家に戻らないエレラを説得した。
もっと言葉にする、と。
言葉にしたところで今更感があるし、機嫌を取るために述べているのだろうな、と一々胸に引っかかるのが嫌。
彼は確かに色々考えて、色々したみたいだけど、全部エレラからしたら空回りしていた。
現実は何事も上手く行かない。
いくら高ランカーの彼であっても。
エレラは宿に帰らず温泉街でお土産や自分の探し当てた美味しいお店を回ってひっつき虫みたいに、隣に陣取る男を居ないもののように、空気扱いする。
何を言おうと粘着テープの如く、へばりつかれる。
それを丸っと居ない扱いをして、色々回る。
コレスは口に出すと言ったが、本人の性格上やはり口数は少なく、最低限の言葉しか言わなかった。
外じゃあまり話さない人というのはなんとなくそんな気はしていた。
出会った時はエレラを口説くのに口数が多くなったのだ。
まるでまんま、釣りのようなテクニック。
釣るまでは辛抱強く待つ。
釣り終わったらさっさと撤収。
彼の言葉とお口がそのような仕様だったのだろう。
家の中じゃ外と比べて割と話す。
けれど、ギルドの仕事に仕事場へ缶詰め。
仕事場に行って話そうとしても、会話の数は少なめだった。
それが本来のエレラと男のすれ違いのような、相手との努力不足、噛み合っていかない日常になったかなと思う。
仮に再構築するにしても、彼が仕事詰めになっては、またあの日の再来である。
今度はエレラは絶対に落ちない。
落ちるのは夫だ。
窓くらい余裕で飛び越えて地面に着地するでしょうね。
「クリーム垂れてるぞ」
思考の海にたゆたっていると、冷静な声音にふっと脳裏の絵が切り替わる。
椅子に座って美味しいものを食べていたのだった。
聞こえた声の通り、クリームを載せていたスプーンが斜めになっていて溢れ落ちそうになっていた。
「本当だ。ありがとうコレス」
「いや、なにか悩みがあるのか?おれか」
確かに相手のことなのは確かだ。
「あなただけの話じゃない。いろんな事をね」
「直ぐに言ってくれないと解決出来ない」
「モンスター退治以外に出来ることはないでしょ」
苦く笑うと、彼はそんなことはないと首を振る。
「もっと近くに寄りたい」
「ダメ」
音もなく椅子に座る状態で距離を縮めようとしているので、お腹を軽くど突く。
コレスはど突かれたお腹を見てきょとんとした顔をし、エレラの突き出した手を見遣る。
「撫でたのはなんでだ」
「撫でてない。こう、突いたの」
「今のは撫でた。痛くないしな」
「一体どうしたら、その無駄に鍛えられたお腹に痛みを与えられるんだろう」
突き指などという、本末転倒なことを起こしたくないので手はしまった。
そのまま出していたら、手でも握ってきそうだったし。
「いつ頃帰る」
「あなたが冒険者をやめるかもしれない、二十年か三十年くらい先」
勿論、家じゃなくて仮の家でも借りることも視野に入っている。
「辞めたら、お前を養えなくなる」
エレラにも貯金くらいはある。
また花屋をオープンするのも良いかもしれない。
「お互いの距離感は、今のままの方が良いのかもしれないわよ」
クリームをぱくりと食べるとコレスは首を振った。
まだまだ隣に陣取り続けるらしい。