04魔力のこと
なんでもかんでも祈れば願いが叶うなど、まやかしだというわけね。もう一度試しても、ゆらりとなるだけでそれ以上は干渉出来ない。
「なにをしてる」
びくりと肩が揺れた。誰もいないと思っていた廊下から、ピッチリと声を拾ってしまう。これが俗にいう、ストなんとかというやつですね。
「魔力の乱れを関知した」
このまま答えなければ、部屋の扉をぶち壊しそうだったので簡潔に答えた。
「あなたにはなんの関係もないですよ」
清楚な妻からの拒絶は彼を絶望に陥れた。ふらっとなりそうになるが、諦めるつもりはないらしい。
「なんとかその機嫌を直してくれ」
「その程度で覆るとお思い?」
問いかけると、黙ってしまった。諦めるのが早いと思ったが、どうでも良いや。
「どうすれば良い」
「二度と、顔を見せないで」
それきり、声をかけられることはなかった。温泉街を歩いても、コレスの腰巾着達を見かけなくなったので、諦めてくれたのだろう。
温泉に通う傍ら、魔力の練りと言うものを習った。専門機関へ通ったわけではないので、詳細はさっぱり分からないが、ちょっとずつ表へ出てくる魔力があるのを感じる。
これを攻撃として使用するのにも時間がかかりそうだ。ただでさえ、戦う経験もない主婦だったもんね。
―トントントン
誰かが扉を叩く音がする。誰だろうと、名を名乗るように言うと、コレスのところの仲間の一人だったはずの男だった。よく顔を見せられたもんだ、と呆れる。
「ちょっとでも良いんで顔を出してもらえませんか?」
「仲間内で妻の悪口を止めなかった大人の言うことは違うわね」
皮肉をぶっとばしたら無言で返された。どんな決意の元ここへきたのかと襟首を揺さぶりたくなる。
「お願いします」
「願い事がホイホイ叶うのなら世の中はもっと平和になってるんでしょうね」
まるでカウンセラーの気分だ。年若い子を苛める趣味はないがコレスの味方ならば敵である。
「お、お願いします!反省してるんです」
「そう。言葉って便利よね」
撃沈したらしく帰っていく足音が聞こえた。皆若いから言いたいこと言いたくなるのも分かるし、我慢が出来なくていけないことを言う気持ちも分かる。
じゃあ、どうぞって感じ。もう、愚痴やら文句を言いたくなる対象がいなくなったんだから、言えることもなくなるでしょうね。
気付くと寝ていた。どうやらうとうとしていてそのまま寝てしまったらしい。物音はしないが、もしやと思い扉を開けてちらりと横を見ると立ったままの眼光が光る男。ちょっと怖かったのは秘密だ。
「心配した」
「他人なのに心配してくれてどうも」
コレスは盛大に顔を歪め、苦しそうに息を吐く。そんなに大切に思っていたのなら、なぜ手放すような言動を外でやっていたのか。本当にバカな人だと思った。
「酒を持ってきた」
「舐められたものね。酒って、下心ありすぎ」
酔わせるつもりだろうな。辟易していると言いわけを、ああだこうだと弁明し始める。ただ話したいだけ、か。本心なのだろう。ずっと立っているつもりらしく、動く気配もない。
「飲むだけだ。そしたら直ぐ帰る」
少し考えて、条件としてもし触れたら事件として訴えると言う。彼は秒を置かずに頷く。そんなに話したかったのか。今までおざなりだったくせに。
部屋へ入れるとテーブルへ彼は座り、自分はコップを取りに行く。便利でお手軽なコップを次のお店で買いたいなと、ふと考える。
「使っても良いよ」
二人で話したいんだろうから、気を使った。コレスは気安い台詞に、僅かに反応しとくとくと注ぐ。
「高そう」
「普通だ」
高レベルな冒険者になると、金銭感覚が壊れるって本当だったんだ。エレラは至って普通の感覚だからお高いものなのだろうなと感じる。ワイングラスを受けとると飲むフリをしていく。
本当に飲むわけがないだろうに。内心簡単なことに思い至らぬ人へため息を吐いた。離婚をしようとしている人を前に酔う真似などするわけがない。
仮に飲んだとしても唇に乗せておしまい。それなら酔うこともないのだ。無駄な時間を過ごしたくないけれど、いつまでも取り合わねばずっとついてくるだろうことは予測出来る。
飲みはじめて数分、やっと口を開いた男に遅いなと眉を上げて対応。
「なにが気に入らない」
「そういうところも含めたところですかしら」
うっそりと溜め息を吐く。当たり前の評価を下す。好かれていると思っていたことに、びっくりしているけれど。
「言わなきゃ別れない」
「私のことなんて綿棒とすら思ってないのでしょうね?人に悪口を言ってしまうくらい嫌いなのだったから、面と向かって言えば宜しかったのに」
コレスは頭の上にハテナを散らし、今だなんのことだと分かりかねている。そんなに無意識に見下していたのは、才能ではないのかと皮肉を口ずさむ。
「私の出来が悪いのが嫌なのでしたら他の方を、娶りください」
「さっきからなにを言いたいのか分からない。お前以外娶る気はねェ」
言いたいことは、それだけか。沸々と浮いてきては沈む怒り。
「私は貴方と別れたいと思ってます」
「突拍子が無さすぎる。なぜそうなる」
「突拍子?妻の悪口を人に言う人の夫など、私は欲しくありませんもの」
「悪口?」
さっきからそう言っているのに。
「仮に言っていたとしても、本心じゃない」
ふん、と鼻で笑う人。丁寧に敬語を使ってでも言い足りない。
「あのね、私は貴方のそういう所が嫌いなの」
「……!」
コレスが驚いた顔でこちらを見つめる。前世も、今の心を深く傷つけたそれらに関連した出来事を許すことは難しい。




