33温泉風と強引な口付け
彼に手を振ると、相手はそうかと安堵した顔色を浮かべる。
安心するところ、そこなんだ。
もう少しこう、なにか言えばいいのに。
口数が少ないから、すれ違いが起きてしまったのではないかと考察済み。
悪いのは彼の割合が強いので、自分の味方になるよ。
新婚の奥さんを、ほったらかしにしてはいけない。
暗黙のルールよりも、更に上のものではないか。
話し合いをして、という以前の問題だ。
話し合いの、話す行動がなかったのだから。
なんで、付き合っている時はあんなに好きオーラが強かったのかな。
疑問を内心残しつつ、コレスに聞くことは今の所なさそう。
彼に聞いても多分、解消されることがなさそう。
結婚してモンスター討伐に集中できるようになったから、とか言いそうだし。
言われたら額がぴきんとなりそうだ。
逆に好きだとか口説かれても返す言葉がないから、そういう感情論を聞いてもな、となる。
未だ彼の心の中はさっぱりだった。
わからなくてもいっかな。
自分とて、相手にわかって欲しいとは思ってないので。
「どこに行きたい」
引っ越し先を尋ねられた。
先ほどよりも距離が近い。
「近い。離れて」
と言ったら、五センチだけ離れた。
それは離れたと言わない。
小指を彼の腕に押し付けて右に押す。
しかし、筋肉が硬かっただけで、もっと離れてくれという行動を相手が把握する器用な展開はなく。
手のひらで押しても、これっぽっちだって動かなかった。
まるで大岩のような動かなさ。
こういう時に、そんな安定感は発揮しなくてよろしい。
動けと言葉で小さく告げる。
二センチ動いた。
七センチ動いても離れた気が全くしない。
もう疲れたので見ないことにした。
最後に諦めた時に「指が小さいな」と呟かれて頭の中に謎が残るだけ。
今言うことじゃない。
変な時に褒めたり、惚気たりする人なのだ。
変わり者って言われないのかな。
強すぎて、変わり者でも然程気にされないのかもしれない。
現になにをしてもあの人だからな、と空気感で許されているっぽくて。
エレラは羨ましさと仕方なさを胸に立ち上がる。
「どうした?」
「ギルドに持っていく紙に閉店のお知らせを買いておこうと思って」
コレスは手元に紙を出す。
エレラは、今のが魔法か早く動いたかのどっちだろうかと、毎回考える。
昔は漫画などを読んでると、考察してしまうのだ。
閉店については今日、明日の話ではなく、丁寧に説明したものを記載しておけば、混乱も起こらないだろうという配慮。
こちらとしては黙って閉店することも可能なのだが、今まで購入してくれた人に対する感謝も込めて書く。
「で、どこの国へ行きたいんだ」
「温泉湧いてる国」
書きながら次の国への相談を話し合う。
火山という山がある国か。
「そそ。毎日湧きたての温泉に浸かれるとか、最高でしょ。コレスは温泉入ったことある?」
「ない。依頼が終わったら即効帰宅してたしな」
「そんな予感はしてた。勿体無いと思うよ。私の前の異世界では温泉はとっても近くにあって、入るのは普通だったんだよ。温泉がなくても銭湯ってものがあって」
「ああ」
「入りたいなー」
上を見ながら直ぐには敵わないけどついつい、呟いてしまう。
入りたくなるのは、国民性と物心ついた時からの慣れた感覚。
「温泉は無理だが、銭湯ならできるぞ」
「えっ……ほんと?」
疑惑の目を向ける。
「水を温めればいいんだな」
「う、うん」
外じゃなくてもいい。
湯船でもいい。
異世界は異世界らしく、シャワーのみなのだ。
久々の湯船でワクワクする。
「あの、難しいと思うんだけど」
「ああ。お前から聞いている通りに作っていく。その間に退去の準備でもしてればいい」
「うん……ありがとう」
「口付けしてくれれば、言葉はなくてもいいんだがな」
「口付けぇ?」
乙女が喜ぶセリフなのであって、エレラからすれば半分目をすがめるような言葉。
「ダメ、なのか」
懇願されるようなことなのだようか。
腕を組んでいやあ、と断ろうとする。
ぐいっと腰を引かれて、リップ音と共に頬に触れるもの。
「する方なの?」
さっきの言い方は、してほしいといった感じの言いようだったような。
待っていても来ないのなら、貰いにいくと言って、彼は笑った。
まだお風呂というか、お湯を沸かしてもらってないんだけどね。
これ、前払いってやつだ。
自主的に離れて、また腕を組む。
「怒ったか?」
「夫婦だから、ま、そこは範囲内ってことで」
「ありがたき、幸せ?」
首を傾げて、楽しそうに腰をおって緩く頭を下げ、片目を瞑る。
紳士的という言葉を聞かれた時に説明した行動が余程気に入ったらしい。
エレラもそのわざとらしさにふふ、と声をあげてしまったのは仕方ないことだった。
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