28貴婦人と令嬢とその末路(他者視点)
他者視点
ダン、と鈍い音が部屋に響く。
その音にびくりと肩を揺らす二人。
生粋の貴族なのでこのような乱暴な真似はされたことがなく、慣れてない。
「なんてことをしてくれた!?」
怒鳴られたことも、一度もされたことがないので怯えていく。
父親は、この家の当主だ。
貴族籍を譲られて今は派手にもせず淡々と執務を行う男で、パッとしない。
そんな男が今世紀になって、自分の代でこんな事件を起こされたのならば怒りも天をつくというものだ。
「お父様!コレス様は素敵でしてっ。話しかけただけですわ」
「ふ、ふざ」
娘の言葉は嬉しくないことばかり。
男はがくりとなりながら、終焉をじわじわ想像していく。
「黙れっ。母上が、コレス殿の家に家令を張り付かせて見張っていたのだぞ!話しかけただけじゃない!おまけにお前まで待ち伏せしてっ」
自分が同じことをされたら嫌悪で二度と顔を見たくないとなるのに。
男も、自分や家族が同じように毎日見張られていれば嫌気がさして、やめろと言いたくなる。
「お前はコレス殿が既婚者と知っていて話しかけたらしいな?恥ずかしないのか?」
既婚者であり妻がいる男に粉をかける行為は、庶民でさえ逃避されるのに。
娘は貴族子女である。
「なっ、ち、違います!知ってますからお婆様と挨拶に行ったのです」
挨拶というが、嫌がられているのに家に押しかけるなど恥でしかない。
庶民だからと甘く見て、先ぶれもなく。
「なら、言葉を告げられなかった時点でなぜ退かなかった?言葉は返されなかったとわかってるのに、連日家に押しかけただろ!」
夫婦に話しかけて、気味悪がられて。
「そ、それは、お婆様が照れておられるからと。貴族令嬢に話しかけられて恐れ多いと思われていると」
照れるなどという気持ちどころか、嫌悪しか抱かられないだろう、それは。
「それならば貴族院とギルドに苦情など来なかったろうにな」
男は拳を固く握りしめた。
どう思ったかは、ギルドと貴族院からの抗議と忠告の手紙を受けた時点で、父親は把握済み。
「あの女ですっ。コレス様の隣に図々しくも居座る妻だとかいう平民」
祖母、男の母親が口を開いたと思ったらコレ。
昔からそうだ。
自分が動いて、思い通りにしようとする貴族らしい傲慢さ。
今の時代には遅れた存在。
今はもう貴族一強の時代ではない。
ギルドに貴族は勝てない。
人数が段違い。
声の多さも。
コレスが一声かければ、この地位は日上がる。
地位だけではない。
貴族もギルドに頼って事業を起こしている。
雇っているものもギルド員だ。
一気にストライキされれば、頓挫する。
それに、今回のことで面倒で厄介でSランク冒険者を怒らせた家として。
恐らくブラックリストに入りかけているか、入っているかもしれない。
そんなことになっている。
謝る謝らないの話ではなくなっている。
この家の存続に関わり、身も危ない。
明日には、Sランクの男によりこの屋敷や自分たちが叩き潰されていても、おかしくないのだ。
それなのに、呑気にあの女だの、溺愛する奥方を侮辱する台詞を飛ばす母親。
尊き血が流れていることに誇りを持つことがなによりの自慢であり、アイデンティティ。
そんなものでもう食べていけない、そういう時代にとっくに移り変わっていた。
それなのに、それを容易くできる最強の存在に喧嘩を売る真似。
自分の代で貴族の家はなくなるのだろうと、悔しさで震える。
「母上、あなたのせいでこの家はなくなる」
正直に本当のことを告げた。
「まあ、何を言っているのかしらこの子ったら」
ほほほ、と笑う母親に仄暗い瞳を向ける息子。
娘は父親の正気を失いつつある目を見てしまい、本気であると知って悲鳴を上げる。
自分はまずいことをしたと、自覚がじわりと一つ出てきたのだ。
「お、お父様」
震える声音。
「なぜ、声をかけた?」
冷たい声が部屋に響く。
「ステキな方で、夫にするならあの方がいいと」
子女の娘は、祖母があなたの夫としてぴったりな男を見つけたの、と言うから。
嬉しさで既婚者という肩書きを軽く見た。
相手は平民で妻も平民。
それならば、自分が縁を結べば更なる躍進に夫を挙げられると夢想した。
それなのに、自分のせいで父が苦悩し、怒っている。
祖母の甘口に乗せられた自分が恥ずかしく、それでもあの素敵な男が忘れられない。
夫になって欲しいと今でも思ってしまう。
「そうだわ!迷惑をかけたのなら、あなたをもらってもらいましょう。それですべて水に流してもらいましょうよ」
「はっ?」
とんでもない提案が聞こえてきた。
「なっ、お婆様っ」
出たのは非難の声音でなく、歓喜の声音。
今、気持ちが同じになった。
彼の方の妻になれる。
そうよそうよと何度も自分の方がいいから、絶対に気に入られるわと自信を持って言えた。
「いい加減にしろ!もう怒りを買っているのたぞ!」
当主が怒鳴ると屋敷の光が落ちる。
「なっ、なに!?」
三人は困惑に叫ぶ。
「きゃあ!」
「な、なに、なんなの」
「くそ、明かりが」
当主は異常事態に戸惑う三者。
「え、なに、これ、いやああああ!」
耳をつんざく悲鳴。
「お、お婆様っ」
「母上?」
実の母親の悲鳴。
その後、屋敷に光が入って暗闇が逃げていく。
母親と娘が倒れていた。
助け起こすと母親の首筋になにか模様が浮かんでいた。
「こ、これは……?」
男の疑問が解けることはなく、医者を呼ばないといけないと気を取り直す。
娘の首元にもあるそれ。
どういうことだと聞く。
しかし、わからないまま。
魔法に詳しいものを呼ぶと数年後に疑問はほんの少し和らいだが、のちのち大変なことが発覚することになる。
母親から始まり娘に施されたものは断絶の魔法で、自分にも効果が及んでいることを知る。
実は見えなかったが太ももの裏にあったのだ。
娘が子供ができなかったことや、その夫にも子供ができなかったことにより、もしかしたら関係があるのかもしれないと思い浮かんだ。
その時にはすでに手遅れだった。
娘と離縁した夫が次の妻との子ができたと知った時の娘の顔は、一人の男から妻を排除しようとした似合の末路に相応しかったのだろう。
祖母、男の母親は毎晩悪魔を見るようになった。
かつての夫、今は亡き夫が若い姿で若い娘に言い寄られて祖母が捨てられる場面を、繰り返しているらしい。
歳でそんなことを感じるはずがないのだが、夢の中では当主の母親は若返っていて、感情も熱意のあるものによみがえっているとのこと。
そのせいで、寝不足で一気に気力を削られていた。
まさに、妻を排除しようとした真似をまざまざと自覚させ、同じ目に合わせているのだ。
お前がやろうとしたことだ、と。
当主の男は女達を好きにさせたことを責められているのか、常に異臭を放つようになってしまったみたいで。
自分では匂わないが、周りではかなり酷いらしい。
微妙に匂うので、人によっては気にならない人もいる。
だが鼻が敏感な貴族達からは敬遠され、話すこともままらなくなっていく。
「許してはもらえまい」
いつか怒りが解けて、その魔法を解かれることを祈る。