02蜂を求めるわ
横っ面、蜂に刺されて膨れ上がれば良いのに。無駄に顔がイケてて、観賞するにはもってこいだ。今じゃないのは確かだけど。
でも、困った。ここで拒否すると復讐が上手くいかなそうだ。息もさせてくれない猛攻を受けながら、考える。
「まさか、考え事か」
妻のイメージで、コレスにそういう類いの事をされるとあっぷあっぷと受け身になるのだと思う。だから、考えられる余裕を持てていることに気付いたので驚いているのでしょう。
ちくちくと痛む首。髭が痛い。
「コレスさんお髭が痛いのです」
「そんなのすぐ忘れる」
今まではな。これからはそうはいかない。痛いって言ってるのに。
「コレスさん、息が苦しそう。熱でもあるのではないですか」
優しい妻。良かったねえ、心配してくれて。
「熱はあるだろうな」
いやこれふりじゃないんで。
「ん、ダメです。熱なら横になってください」
そして、棺桶ん中自分で入れ。
「おれがダメならお前もダメだ。あそこに入れ」
ダメダメダメッ、て煩いぞこいつ。天然を利用しようとしてるよ、こわっ。
「いけませんっ」
エレラはこの男のことになると嫌いと、やっぱり、の間で葛藤する。それを覆い隠して、なんとか復讐心を保つ。コレスの手を剥がそうと渾身の力で抵抗する。
「今回はそういうのがやりたいのか?」
もしかして、これも駆け引きの一環とか思われてるのか。エレラの性格的に、そんなのあり得ないと分かっていて泣かせるようなことを言ってる。
「な、違います」
真っ赤になって否定。いやいやいや、と首を振ってコレスを振りほどこうと。
「きゃあ」
ぎゃあと叫びそうになった。コレスがお尻の少し下から抱き上げるように掬い、エレラをベッドの真ん中にボスンと落とす。
1万回叩ければ良いのに。しかし、ここで躓くと今後の計画に支障が。悩んでいると、彼側は慣れた手付きで触れていた。
数日後、昼。
コレスが仕事に出掛けている間、荷物を纏めておいた。どうせ、ギルドでの仕事は連日だから帰ってくるのは二日後か三日後だろう。
妻をバカにしている男には、キッツイ現実を受け入れてもらおう。花屋も辞めてしまっているし、仮に辞めていなくとも職場が割れていれば結局辞めることになっていた。
出ていく準備として先ず、結婚指輪と離縁の申請書。それをテーブルに置いておく。手紙も添付しておく。理由は書いておいた。
『私は恋愛結婚をしたいので別れて下さい。女避けとして使えない私はもう必要ないですし構わないですよね』
と。女避けとして機能してきたし、仕事だってたくさん貰えて万々歳だよね。数日間、コレスにバレぬように彼らの会話を盗み聞きしてきた結果だ。
コレスは女避けとしての他に料理が上手だし、家事もやってくれるので結婚したのだと愚痴っていた。
それを、仲間達は言葉の裏を読みニヤニヤしていて冷めた目で物事を決められた。お前らは妻が後ろで聞いていたとか、想像も出来ないのかと文句を言いに行きたかった。
「冒険者なのに気配くらい察知して欲しいよ」
無防備に連日酒を飲んでいる。全くの無警戒というのも変な感じだが、おっとりな女に見張られているなど夢にも思わぬのだろう。
憐れさに涙を誘う。勿論皮肉である。
(これでバイバイ)
少し住み慣れた結婚生活の気配がする家を振り返り、にんまりと笑みを浮かべた。途中、汽車の券を購入しゆったりと席に座った。
ブオオオ、と汽車の蒸気音が聞こえてこれはこれでオツだなと楽しむ。風景もなかなかで、代わり映えはしないが緑で眼も良くなるような気持ちになる。
車輪が回る音も懐かしさというか、映画でしか見たことのない光景だが、とても心地好い。目を瞑れば、空気の匂いも清涼感のあるものだ。
空気が綺麗というのは、疲れた心も癒される。出て正解だった。汽車で五時間、事前にパンフレットに載っていた温泉地に着いた。流石にここまで離れたのなら簡単に突き止められまい。
「なんだあれ」
と、汽車が停まる寸前に客の誰かが呆然と呟いたことから、徐々に伝わってきた。
「え?なにか変ね」
女性らしいその声は困惑に塗り潰されていた。
「な、なっ、なんだ!?」
その驚愕に満ちた声音により、漸くエレラも期待に満ちた目を向けた。
早く温泉に入りたいものだと。
「はぁ!?」
おっとりが消し飛んでしまう、リアクションをしてしまう程の光景。
「駅が、ない?」
駅があるだろう場所は瓦礫のように崩れ、一部が損失していた。爆撃でも受けたのだろうかという感じだ。
どういうことだと客一同、混乱する。
辛うじて線路だけは残っていた。
「どうなって……」
窓から顔を覗かせて必死に今の状況を受け入れようとする。
──バサッ
タオルが落ちた音ではない。もっと重量のある、屋根が飛んだような音。なんだろうか、と耳を澄ませていると急に視界が暗くなり。
「モンスターだァー!」
悲鳴が脳裏を突き抜けた。視界が暗くなったのは汽車の上にモンスターが通過したからだ。ビュオオ、と風を切る音と何かが着地する地響きが耳に重くのし掛かる。
なぜ今なのか。一時間後でも良かった筈の不運に頭が痛くなる。間が悪いというべきか、運が悪いというべきか。
もはやどちらでも大差ない。なぜなら、ことは既に引きおこされているからだ。
「きゃああああ!」
「うあ!?」
またモンスターの姿が視界を掠める。流石にあんなのを止められる力はない。付近にくればますますそれを強く感じた。
どう足掻いても食われるだけだ。羽を持つ化け物がその手を振り上げた。もしこれがあたればこの鉄はひとたまりもない。
──ザグン!
切り裂かれた音で死ぬのだなと悟る。
「……い、痛くな、い?」
いつまで待っても、襲撃はなく大きな破壊の音もせず。ゆるりと目を開けると、怪物が腕を振り上げた体勢で停止していた。
──ズリュ
少しブレた。と、その時怪物の体躯が真っ二つに別れていく。
「ひっ」
己のものか、他の客のものか分からない程の恐怖が社内には溢れていた。真っ二つに割れた肉の固まりは、それぞれ端に落ち、鈍い音を立てて地面と衝突する。がらがらと砂を巻き上げる光景。
「た、助かった?」
その人がそう言ったことを皮切りに、人々の喜びが喝采となって社内を埋め尽くす。それと同時に、この現象を起こした人をこっそり探した。
モンスターが自らを真っ二つに裂くわけがない。駅が崩壊していたのはモンスターのせい。
それは分かった。
──ジャリ
砂を踏む影が見えた。背中に大きな大剣を携えている。シルエットは結構身長高めだ。モンスターをやっつけるのだから、相当な実力者だろう。
「あ」
どんどん近寄るその男に、客達も気付き礼を述べるがその人物は全く眼中にしておらず、目を皿のようにぎろりぎろりと動かしていた。
そのただならぬ気配に、客も礼を言う場合ではないと口をつぐむ。
「どこだ」
男は地に底を這う声を出す。
「出てこい」
幽霊の怨霊みたいな怖さだ。出ていくものか!そうだよ!夫でした!でも元が付くのだよこれが。
現実見ろよな。というか、良く先回り出来たなと驚ける。そう簡単に出るわけがないだろう、と笑ってやる。そして、絶対に元の形には戻れないことも付け加えてやろう。
「居たか」
見ていると視線が合うので合わないようにしていた。しかし、どうやら見つかった。が、違う方向へ行ったので今のうちにそそくさと列車の備え付けトイレへ籠った。
電車から降りてくださいと声をかけるのが聞こえたのでなに食わぬ顔で列に加わる。これで無事に温泉地へたどり着けるわけだ。
が、あちこちで冒険者らしき男達が居て、捜索されているのでは?とぴんときた。ここまでする普通?
呆れ果てて涙も出ない。そんなに探したいのなら一生やってろって感じだ。どうでもいいことは放置に限る。




