119祭りに灯る一組の夫婦(完)
己はコレスの元にいることで利益を得ているので、これ以上得るのは気が引けた。
夫婦だとか、そういうことを抜きにしても寄りかかりすぎるのは自分的に否定したい。
それよりも、プロムはどこにいったのだろうということを並行して思ったものの、今は彼の言葉を吟味して考えねば。
「いや、うーん、でも、ちょっと待って」
とにかく、時間が欲しい。
ラーメン屋の人にもちょっと時間をもらう。
コレス、彼の手を引く。
「流石に無理だから、やめて」
「誰も損しないだろ?」
「私の気持ちが納得しないの」
首を振って拒否する。
金銭的にも余裕があるのは、彼のおかげでもある。
あちこちに国を回れるのはSランクの力があるからこそ。
そのアドバンテージは、誰も得られないような貴重なものなのだ。
「お前から離れない特典だと思えばいい。離れろというお前からなにを言われても離れないのはフェアじゃない」
「そ、それは……」
別れろ離婚しろと迫ったのに、拒否した男の言葉は正論。
そもそもの関係がガタガタなのだ。
とてもではないが普通の関係ではなくなっていた。
それを改めて突きつけられた形となる。
「だから、好きなだけおれを使えばいい。使われることはおれにとってお前へのプレゼントだ。宝石も綺麗な服もいらないんだろ?なら、あとはおれの技術だ。わかるだろ、言いたいことは」
「ぐ」
こんなにぐうの音が出てしまうセリフが、あるものなのだろうか。
「おれがいいと言っている。それ以上の言葉はないのではと思うんだがな?ん?」
と、勝ち誇った顔をしてこちらを見ている。
なんというか、顔がいいから絵になっていた。
悔しいけどこの世界でもってしても整っているので、一段と顔がいい。
「わかった……借りにしておいて」
ギリギリ許せるラインを提示した。
「ふふ、いいぞ?別になくてもいいが」
胸を張る姿は、今回コレスの勝ちを示していた。
エレラは惨敗。
無念である。
「お待たせしました」
ラーメンの店主に声をかけて契約を細かくやり取りをして決めて、笑みを浮かべるのはお互い。
醤油も特許登録しておいた。
それで、醤油を一定量譲り店主はお金を払う。
払う必要はないのにと思っていたけど、コレスがあって悪い物じゃないだろと言い切るので考えを変えた。この世界ではお金があった方がいい。
「今後お願いします」
お互い挨拶を終えて離れるとコレスがこちらの手を引き、祭りを楽しむぞと言い募る。
祭りが終わったら一つだけ依頼を受けていて、それも楽しみだと歩きながら語られる。
「大規模な野盗集団?」
「言ったことがあるだろ。国の門の近くにはそこを通る奴らを狙うと」
「あるある」
こくりと首を動かして、聞いたことがあることを示した。
それが彼は嬉しいのか、頬を綻ばせて続ける。
「その野盗を一網打尽にする依頼を受けた」
「合同?」
規模が大きければ何人、何十人も集めて依頼を遂行させる。
「他のやつなんて邪魔だ。おれのやることを見ているだけという条件で見学だけさせる予定をしてる」
「雷の場合、巻き込むもんね」
コントロールはできるが彼が面倒がれば、その技は当たることになる。
合同のような違うようなものを、楽しみにしているらしい。
「温泉を強奪しようとしたやつが遂に、当主の証がないことに気付いた」
「あれ、早いね」
「王から、平民にさせるための手続きをするように言われてゴネてるが、当主印を持ってくるようにも言われて中身を見たら、空だったと慌てているぞ。くくく」
「漸く事態を把握したんだね。やっぱり当主として詰めが甘すぎるかも?」
やかしたというのに、今日の今日まで放置してたようなものなのだ。
大会の余韻でここには人が波のようにいる。
祭りを楽しむ人たちの熱気で暑くもあった。
仕方なしに、今は手を繋ぎはぐれないようにしてある。
応急処置というものだ。
「ちゃんと平民に落とすようで安心したよ。あんな風に温泉を取ろうとするなんてあり得ないもん」
「しかも、あの王に温泉のことがバレたしな?」
不愉快な顔をお互い浮かべて、隠し切れない怒りと嫌悪がよみがえる。
「それについて王様なにか言ってた?」
「魔力温泉についてだったら、薄ら言っていたがこちらが渡す気がなあのは理解してるのか、寄越せやらほしいという仄めかしもねぇ」
「ふーん?ま、当たり前だよねっ。ご褒美に渡したものをやっぱりくれとか、国の判断をするにしても恥を広げるだけだし」
何度この国の人達に迷惑をかけられたか、指折り数えてそうだ。
今更温泉を譲ってくれないか?なんて言えるとは思えない。
不義理しまくりの悪手。
コレスは当たり前だなと述べ、エレラもため息を深く吐いた。
バレたが、奪われないことを知れたところは安心できそうだ。
町中の景色を俯瞰して見てみる。
大会は終わり、少しずつ人の出入りも減っていくのだろう。
「どうした。なにか食べたいのか」
声をかけられて、元の主の顔を見上げる。
エレラは特別背が低いわけじゃないが、相手が身長的に高いので見上げることをいつもしている。
「お腹は今は特に空いてないから平気。もう直ぐこの祭りも終わりだなぁって……たそがれてた」
「そうか。他の国の祭りに間に合うように行けば、また直ぐに味わえるぞ?」
直ぐに願いを叶えようとする行動力に、ふふっと笑う。
「考えておくね。今はこっちを楽しんでるから」
「なにかやりたいことができたら、おれにいの一番に伝えろ」
グッと繋がれている手が強くなる。
その力強さに一瞬、ハッとなった。
「うん。ありがと」
気遣われて、心情的に嬉しいので礼を告げた。
夜の色が近付くと人々も少しずつ減り、灯りが淡く露店を浮かび上がらせている。
綺麗だなと思う。
空気が澄んでいる。
最近はなにもかもうまくいっていると実感していた。
それもこれも、コレスがいるからこそ、安定して生活を送れるからだと恩恵に口元が揺れる。
「温泉がある国に来れたし」
すう、と息を吸う。
肺から空気を出してから空を見上げた。
急に腰に手が回されて横を見ると、こちらを覗き込む二つの瞳。
いきなりのドアップに、反射的に手が男の顔を離れさせようと押しやる。
「近い!」
ぎゅむ、と音がしそうな程推しやっているのに一ミリも動かなくて逆に驚いた。
「体幹よすぎるでしょ!」
思わず口をつく。
この人、もしや人が感慨深っているときに、キスしようとしたのか?
「離れて」
「断る」
そこは、一番言うことを聞くべき瞬間だろうに。
呆れたと同時に笑みが浮かぶ。
やっぱりこの男は、どこか変人なのだろう。
「笑うのならこっちを向いてくれ。見たい」
素直な意見に、イタズラ心がむくりと起き上がる。
「あとでね」
ニッと意地悪な顔をして、前を向く。
変わりゆく空の色、聞こえてくる人の声。
隣り合う、互いの存在を静かに感じていた。
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