102侯爵の息子が我が家の魔力温泉をとろうとしている
うっかり、愛し子の同僚に会おうものなら、嫌味や悪口を言われたりするのだろう。
「生きにくくなるね。あそこまでなると」
自業自得としか言えない。
そば付きの男からも相当な恨みを受けていたので、彼のような人がいたら外に出て行ったときに襲撃されるかも。
「ミルク倍増してあげるね」
妖精達が昨日に引き続き、ボウリングの説明の紙を複製してくれていた。
それを見て、感動。
「まだ武闘大会まで時間があるね」
そうして今日もまったりな時間を過ごす。
が、それを切り裂く出来事が降りかかることになった。
呼び鈴はお昼に差し掛かる時間に鳴らされて、なんだろうかとドアを見る。
「最近、人が来るね」
「今回は招かざる相手らしい」
また、犯罪に関連する存在なのかな。
「おれが出る。お前は出てこなくていい。声はここに届ける」
「うん」
あまり良くなさそうな雰囲気なので、頷く。
「行く」
夫は剣呑な目を宿し、外へ行く。
窓から様子を眺めると派手な馬車が見えた。
相手から見えないように見ていると、執事らしき格好をした男が出てきたコレスへ話しかける。
「コレス様ですね?」
コレスは無言で対応。
「あの」
執事、困惑。
いつもはすぐに、腰を低くされながら答えられるんだろうさ。
だから、困惑なんて姿を見せられるのだ。
こういう人もいる、という勉強になったのではないかな。
「なんだ」
「いえ、ですから、コレス様ですよね」
「要件を早く言え」
苛立つ男の低い声に、執事はぴくりと頬を引き攣らせた。
「えー、侯爵様のご子息がこちらの温泉を買い取りたいと申しております」
(え)
エレラは純粋になんでバレたのかと疑問に思う。
大工達にはただの温泉と思われている。
バレる余地はないはず。
「断る。帰れ」
「な、なんですと?」
執事は予想外な言葉に驚く。
断られるに決まってるのに。
なんだか、嫌味な侯爵家だ。
「帰れよ」
そう告げて、コレスは玄関へ帰ってくる。
「待てっ」
しかし、途中で男の荒い声が聞こえて止まる足。
「待て?誰に向かって……」
コレスは殺気を全開にして周りに叩きつけた。
「ぐう!?」
「ごは!?」
「な!」
連れてきている護衛が馬車の外にもいるので、その人たちがバタバタと膝を地面に落としていく。
待てと言った人は、馬車の中から引き留めてきた。
執事もコレスから近い距離に居たので一番に入って、気絶。
「邪魔だ」
コレスは一言終えると家に入る。
目が合う。
「侯爵だって」
「火の国の王は地面からもう顔が上げられないな」
「不憫」
エレラは同情したけど、庇う気はさらさらない。
この国の人は、呼んでもないのに勝手に来すぎだ。
侯爵ということは、この国の高位貴族。
大体、王に責任がある。
恐らく、秘密裏に安易に近寄らないように、警告しているのかもしれない。
あの夫婦に無闇に近寄るなと言っても、こんなふうにくる人がいる。
効果なし。
「温泉を買い取りたいってことは魔力温泉って知ったのか……どうやって?」
「世の中にはそれを調べられるやつがいる」
「厄介だねー。でも、永久的に土地を貰ったから、無理矢理取られなくていいね」
「そのはずなんだがな。断ってもまた来そうではある。今のうちに手を打つ」
コレスは報告書を作成し出す。
「わかった」
なにをするのかは知らないが、エレラも何が起きてもいいように、今日から数日外に出ないと彼へ伝える。
「外に出たら絡まれたり、誘拐されたりするオチだから」
「よし、でかした侯爵」
嬉しそうだ。
今まで思い起こすと結構外に出たりして一日中家にいる時間が減っていた。
妖精らに手伝わせれば紙に書いてもらえるから、時間ができているというのも大きい。
「侯爵、傲慢そうな声だった。待て、とかあんな風に言える人生を歩んできたんだなって」
「言えてるな。おれを呼び止める時点で頭はよくない」
それには同感。
「情報収集力が弱い」
自分も巻き込まれてしまうだろうから、ついつい口も悪くなる。
「大人しく帰ったけど、絶対に文句言いにくるよね、アレ」
護衛や執事、侯爵本人にも殺意を叩きつけたことに対して。