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9 レニの一族

 レニは物心ついた時から一人で暮らしていた。食べ物は森の中のものを食べ、冬には作っておいた保存食で春まで繋いだ。そんな暮らしをぐるぐるとずっと続けていた。

 親達が家を出て行く時、レニに「外に出る時には必ず腰に紐を繋いでいくんだよ」と約束させた。それをずっと守っていたのだが、この間外に出た時に、いつの間にか家の柱と繋いでいた筈の腰の紐が解けてしまっていた。

 気が付いたら家に戻れなくなっていて、自分が何処にいるかも解らず森の中を彷徨い、漸く道に出たところで、森驢馬もりろばく馬車がやって来た。

 レニより年上の、親切なカニンヒェンプーカ(妖精兎)ケットシー(妖精猫)に拾われたのは、かなり運が良かったのだろう。

 昨日は食事を貰って、すぐにふかふかで良い匂いのするベッドに入れられて、あっと言う間に寝てしまった。

「……」

 しとしとと雨音が聞こえる。レニが目を開けた時、部屋の中は少し薄暗かった。馬車は動いておらず、止まったままのようだ。

 もそもそと起き上がり、レニは前肢で目を擦った。身体が怠いし、鼻が乾いている。

「お水……」

 ベッドの横の階段箪笥の一番上の段に、お盆に乗った蓋つきの硝子瓶と、硝子のストローが刺さったコップが置いてあった。ちらちらと光る氷の精霊(アイス)が、ガラス瓶の上をくるくる回っている。冷やしてくれているらしい。

有難う(ダンケ)

 氷の精霊にお礼を言って、ガラス瓶からコップに水を注いで一口飲む。喉の奥に水がすうっと染み込んで行く。ほんのりと甘みを感じる美味しい水をコップ一杯飲み干して、レニはふうと息を吐いた。

 この箱馬車は作られて間もないらしく、どこも新しく木の香りがした。レニが寝かされた部屋も綺麗で、角が丸い家具も真新しい。カーテンやリネン類は全てコボルト織だった。

(多分コボルト織?)

 縞ではないコボルト織を、レニは初めて見た。カーテンとベッドカバーは、所々に蜜蜂とクローバーの織模様が入っているとても手の込んだものだった。

「……熊蜂」

 レニのベッドの上には、レニと同じ位の大きさの熊蜂の人形があった。瞳は琥珀色の魔石だ。レニの家には人形のようなものは一つもなかったから、物珍しい。

 レニは熊蜂の人形と向かい合わせに座り、「おはよう」と挨拶した。キランと熊蜂の琥珀色の目が輝く。

「わう?」

 レニが見ている前で、熊蜂の小さな白い羽がピピピピピッと動き、ベッドカバーの上から浮かび上がった。

「わー」

 この人形は浮くらしい。レニが伸ばした前肢に、頭を押し付けてくる。

「凄い。可愛い」

 感動しているレニの耳に、ドアの外から話し声が聞こえた。ヴェスパとアメリが居間にいるのだろう。

「おいしょ」

 レニは腹這いになってベッドから下りた。裾の長いシャツ型のパジャマがずりずりとまくれ上がったが、床に降りた後に裾を引っ張って直した。

 カチカチ爪を鳴らして床を歩くレニに、ふよふよと熊蜂が付いて来る。ふわふわした黒い胸や、黄色と焦げ茶色の縞々の丸々とした腹が可愛い。

 上下二枚に分かれているドアの、下側のドアノブを掴んでドアを開ける。そそそ、と居間を覗き込むと、そこにはヴェスパとアメリ以外にもケットシーとコボルトが居た。

「レニ、起きたの……か?」

 レニに気が付いたヴェスパの視線が、レニの頭上に向けられる。「あ」と思ってレニが上を確認すると、熊蜂が居た。

「いいか、これが傀儡師くぐつしだ」

 この中で誰よりも年上の灰色の縞々ケットシーが重々しい口調で言った。

「えと、この熊蜂……ついてくるよ? なんで?」

 どうしたらいいのか解らず、レニはヴェスパを見た。レニが動くと熊蜂も付いて来るのだ。

「とりあえず、その熊蜂の編みぐるみは誰のものでもなかったから、レニが持っていていいよ」

「そうだな、眠り羊の毛で出来ているから、いざとなったら武器として突撃させればいいしな」

 ヴェスパと灰色の縞々ケットシーが、諦観した眼差しでレニと熊蜂を眺める。

 灰色縞々ケットシーがレニに手招きした。

「こちらにおいで。具合が悪いんだろう。エンデュミオンはヴェスパの師匠だ。こっちの白いコボルトが魔女ウィッチシュネーバル、北方コボルトが織子ヨナタンだ。シュネーバルに診察して貰え」

「わうぅ。お金も魔石もない」

らん。エンデュミオンがシュネーバルに払うから。子供が気にするな」

「うぅ」

 レニはカチカチと歩いてエンデュミオンの隣に座った。すぐにシュネーバルがやって来て、診察された。

「過労。栄養あるもの食べて、水分摂って、良く休んで。魔力は……ありそうだから大丈夫?」

「そうだな」

 シュネーバルとエンデュミオンが浮いている熊蜂を見上げた。それからレニに向き直る。

「レニ、こういう魔石を持つ人形に、魔力を渡すと動くようになるけれど、常に魔力供給が必要だから気を付けるんだぞ。レニは魔力が上級魔法使い並みにあるから、相当大量に使役しないと魔力枯渇はしないだろうがな」

「わう? これ、レニ?」

「そうだぞ。レニの魔力で動いているんだ。誰の所有物でもない、魔石がある人形を動かせる。何も指示しなければ、レニの周りにいてレニを守るが、指示を出せばその通りに動くぞ。誰にも教わらなかったのか?」

「うん。レニ知らない」

 レニは頷いた。

「そうか」

 ただそれだけ言って、エンデュミオンはレニの額を肉球で優しく撫でた。

「ヴェスパ、薬草茶を置いていくから、ご飯の後にレニに飲ませてあげてね。蜂蜜ホーニック玉入れてもいいよ」

「わう!?」

 〈時空鞄〉から薬包を取り出してヴェスパに渡すシュネーバルに、レニはびくりと反応してしまった。薬草茶は大抵凄く苦いのだ。

「大丈夫だよ、ラルス直伝の薬草茶だから美味しいよ。霊峰蜂蜜ハイリガーベァクホーニックも置いていくから」

「うぅ」

 霊峰蜂蜜は高山の一部で採取出来る、薬効が高いが値段も高い蜂蜜だ。それで誤魔化される薬草茶の味なのだろうか。震えるレニの頭の上に、励ますようにぽすりと熊蜂が乗って来る。一寸ちょっと重みがある。

「リゾット温めたよー」

 台所に行っていたアメリが、スープボウルに入れた粥のようなものを運んで来た。

「アメリ、受け取るよ」

 途中でヴェスパがスープボウルをアメリから受け取り、レニの前のテーブルに置いてくれる。湯気の匂いを嗅いでしまうのはコボルトの習性だ。

「チーズの匂いする」

「うん、少し入れたからね」

 乳で煮る甘い粥とは違うようだ。レニはスープボウルに既に差し込んであったスプーンを持って、「今日の恵みに」と月の女神シルヴァーナに食前の祈りを呟き、湯気の上がるリゾットをふうふうと吹いてから口に入れる。

「っ」

 じゅわ、と美味しい味が口に中に広がった。顎の付け根に痛みを覚える程に美味しい。お肉のスープの味と、細かく刻まれた野菜、そしてチーズの味がする。

「うまー」

「よく噛んで食べるんだよ」

 ヴェスパが早速硝子のティーポットに薬草茶を淹れている。お湯を注がれた薬草茶は綺麗な青色だった。エンデュミオンが目を細める。

妖精鈴花フェアリーベルか?」

「う。体力が落ちている時はこれ」

 シュネーバルが〈時空鞄〉から、きらきらしているように見える、丸い金色の珠が幾つも入った小瓶を取り出した。

霊峰蜂蜜ハイリガーベァクホーニックだよ」

「……蜂蜜?」

 何故固形なのだろうか。レニは初めて見る蜂蜜の形状に、スプーンを握ったまま頭を傾げた。レニの頭からずり落ちた熊蜂が、ふよふよとその場に停滞する。

「旅する人が持ち歩きやすいように改良されたんだよ。お茶に入れるのに便利だよ」

「わうー」

 蜂蜜玉をそのまま口に入れてみたくなる。レニにとっては、甘い物はとても貴重だったから。

 リゾットを食べ終えた後に飲んだ薬草茶は、本当に美味しかった。


「レニは、レニの一族の事は知らないんだな?」

 エンデュミオンに問われ、レニは首を左右に振った。

「知らない」

「そうか。レニの一族は傀儡を作る傀儡師と、傀儡を操る傀儡師が居るんだ。レニは傀儡を操る傀儡師だな。もし熊蜂以外の傀儡が欲しいなら、誰かに作ってもらわないといけないが……傀儡師ではないが、作れるのはヴァルブルガかシュネーバル位かもしれんな。ヴァルブルガというのは、シュネーバルの師匠だ。魔女だがお針子でもある。その熊蜂を作ったのもヴァルブルガだ」

 傀儡と相性が良くないと、魔力消費量が多いらしい。

「んっん~」

 先程からヨナタンは鼻歌を歌いながら、レニの服を針と糸で繕っていた。ヨナタンの傍らには、なにやら細かくメモが書かれたノートと万年筆がある。じっと見られているのに気が付いたのか、レニにヨナタンが笑い掛けた。

「ヨナタンは織子だから、レニのズボンを調べて同じ布を織ってあげるよ」

「わう!」

 コボルト織は各家庭で縞が異なる。レニの家の縞柄は織るのが難しいのだと、親が言っていた気がするので、ヨナタンが織れるのならば嬉しい。

「なんにせよ、エンデュミオンはリグハーヴスに戻ったら、レニのギルドカードを作って来る。在籍は〈Langueラング de() chat(シャ)〉にしておくか?」

師匠ししょーの所の方がいいかなあ」

「まあ、裏書はエンデュミオンとヴェスパの連名にしておく」

 街中に入るには、身分を証明するものが必要らしい。レニは何も持っていなかったので、リグハーヴスで作る事になった。

「ハイエルン生まれだから、ハイエルンの教会の聖別メダルも貰っておくか。そっちはロルフェ達に頼もう」

 誕生の秘蹟を受けたか解らないと言ったら、ハイエルンの教会の聖別メダルも貰って来てくれる事になった。西回りでハイエルンを旅する間に、その教会にも寄って、過去に儀式を受けたか確認するようだ。

 エンデュミオンが黄緑色の瞳を半眼にして、足先の黒い前肢を組んだ。うんざりしたように吐き捨てる。

「傀儡師が誕生の秘蹟を受けていないとなると、ばれた時に教会が非常に面倒臭い」

「そうなの? 師匠」

「命のないものを、命があるように動かせるのが傀儡師だからな。女神シルヴァーナと繋がりを持たせておかないとならないんだ。聖別のメダルを持っていれば、秘蹟をまだ受けていなくても、信者だと解る。ロルフェとヒューの教会は、ここからそんなに遠くないしな」

 レニは森の中に引き籠っていたから、さっぱり解らない。ぐぐーっと頭を傾げていたら、エンデュミオンが笑いながら撫でてくれた。

「面倒臭い事はエンデュミオンがやってくるから、薬を飲んだなら、これを食べるといい」

 エンデュミオンが〈時空鞄〉から瓶詰を二つ取り出した。桃色がかった白い果肉と、黄色い果肉の入った瓶だ。

「これが桃のシロップ煮。それとこっちがロシュのシロップ煮だ」

「わあ、ロシュだ!」

 エンデュミオンは追加でもう一つ、赤、白、黄色、黄緑などの色の実が入った瓶を取り出した。ロシュは杏程の大きさの実がなる木で、一本の木に複数の色の実がなる。〈黒き森〉にも自生するが、数が少ないから、レニも数えるほどしか食べた事がなかった。レニが暮らしていた場所の近くには、生えてなかったのだ。

「ケットシーの里には木があるんだよ。孝宏たかひろが具合が悪い時には、桃のシロップ煮だと持たせてくれた」

「たかひろ?」

「エンデュミオンのあるじだな。その内会える」

 孝宏の名前を口にする時、エンデュミオンの雰囲気が柔らかくなった。主持ち妖精フェアリー にとって、主はとても大切な存在なのだ。

 エンデュミオンがロシュの瓶を開けて、ヴェスパがレニが選んだ実を三つ小皿に取ってくれた。

 甘いシロップで煮詰められたロシュは、幸せの味がした。

レニ……超方向音痴の南方コボルト。採取スキル持ち。傀儡師。←<NEW>


ヴァルブルガ……魔女。多分裁縫スキルはカンストしている。編みぐるみには必ず芯となるものを入れて作る。多分傀儡が反応した理由かも……?

ちなみにグラッフェンの持っている、ケットシー型の編みぐるみの芯はエンデュミオンの抜け毛。所持していると魔防力が異常に高くなる。


ロシュの実……地下迷宮には多く自生する木の実。地上では〈黒き森〉など魔力の多い場所に自生する。ケットシーの里では庭師スキルのある個体が、種から育てたロシュの林がある。市場価格は結構高め。エンデュミオンやエンデュミオンの友人たちには、採り頃になると里のケットシーたちからお誘いが掛かる。


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