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8 レニのおうちはどこですか?



 ヴェスパが安全に休憩所に箱馬車を止め、森驢馬もりろばのイーをくびきから外して、風除室で〈洗浄〉と〈浄化〉を掛けて居間に連れて来た時には、レニはアメリによって客室のベッドに寝かしつけられていた。

 客室を覗き込めば、レニが自分と余り大きさの変わらない、熊蜂の編みぐるみを抱き枕にして眠っているのが見えた。編みぐるみも可愛いが、レニの寝顔も可愛い。

 この編みぐるみは起毛した毛糸でヴァルブルガが編んだものだ。「客室に誰も居ないのは寂しいから」と。大きさが大きさなので、掃除や換気で部屋に入る度に、ヴェスパを存在感たっぷりで迎えてくれる。

 濃い琥珀色の魔石釦の瞳を持つこの熊蜂の編みぐるみ、素材は眠り羊の毛糸である。実は冒険者の冬の鎖帷子(かたびら)代わりのセーターとしても人気の、一寸ちょっとした防刃性のある素材だったりする。〈Langueラング de() chat(シャ)〉にも置いてある膝掛けの素材でもある。なんなら、〈Langue de chat〉の面々のセーターもこの毛糸だ。ルリユールが一体何と戦うのだろうか。

 脱いでベッドの足元に重ねて置いてあったレニの服をそっと回収し、客室のドアを閉める。レニの服を小物箪笥の上に置いてから、ヴェスパはイーの餌台に、新鮮な草と香草、切った林檎アプフェルが入った桶と、精霊水の器を置いた。

「イー、ご飯だよ」

「ウィー」

 ヴェスパにフェルトの鼻先を擦り付けてから、イーが食事に入る。

「ヴェスパ、ご飯にしよ」

「ヴ」

 アメリが馬鈴薯のスープと黒パン、茹でた腸詰肉ブルストが乗ったサラダの器をテーブルに用意していた。レニが寝ているので、余り香りのしない食事にしたのだろう。肉屋アロイスの腸詰肉をこんがり焼いたりしたら、眠っているコボルトでも起き上がる。

 ヴェスパは黒パンを千切って、スープに付けてから口に入れた。

「レニの明日のご飯はリゾットかなあ」

「そうだねえ。迷子の間何を食べていたのかな。レニ、体調悪そうだったよね?」

 せめて明日一日は消化に良いものを食べさせたい。鼻が乾いていたので、発熱もしていそうだ。

「ご飯食べたら、シュネーバルとヨナタンをぼう」

「うん」

 夕食を済ませて後片付けをした後、ヴェスパは精霊水を入れた薬缶を〈熱〉の魔法陣マギラッド布に乗せた。

 この箱馬車、水道がある。エンデュミオンが精霊水の採水地と繋いだので、蛇口をひねれば精霊水が出る。そして、何気なく硝子コップと一緒にお盆に乗っている陶器の水差しは、聖水の採水地と繋いであるので、いつでも新鮮な聖水が飲める。非常におかしい。

 聖水が湧いているのが、エンデュミオンが管理者の地下神殿の地底湖なので、採取し放題なのだ。その割に、エンデュミオン本人にはセント属性が生えていない不思議である。

 しゅんしゅんと薬缶のお湯が沸くのを見計らい、ヴェスパは「シュネーバル! ヨナタン!」とリグハーヴスに居る二人を喚んだ。

 相手が知り合いであり、尚且つ〈転移〉スキルがあれば、こうして喚べば来てくれるのだ。

 ポン、とコルクの栓が弾けるような音と共に、白と小麦色の大きさと色の違うコボルト(妖精犬)が現れた。

「呼んだ?」

「どしたの? ヨナタン呼ぶの、珍しいね?」

 ヨナタンが首を傾げる。小麦色の北方コボルトのヨナタンは織子であり、〈転移〉スキルはない。

「ヨナタンに見てもらいたい物があって。シュネーバルには患者さん」

「う?」

「寝ているから、詳しくは明日診てもらいたいんだけど」

 まずはシュネーバルを連れてレニが寝ている客室に行く。ベッドの横の階段箪笥の上にある、光鉱石のランプが弱い光を放っている。

「子供のコボルト?」

「迷子になっていたのを見付けたんだ。ここ、ハイエルンの北街道なんだけどね」

「……凄い迷ったんだねえ」

 小声で話しながら、ヴェスパは小柄なシュネーバルを抱き上げてベッドの上に乗せた。シュネーバルはぷうぷうと鼻を鳴らしながら寝ているコボルトに、起こさない程度に触れてからヴェスパを振り返った。黙ってヴェスパはシュネーバルをベッドから下ろし、客室から出る。

「どう?」

「あの子が起きてからちゃんと診察するけど、過労かな。少し熱があるね」

「精霊水で作った果実水を飲ませて、スープ食べさせた」

「それなら明日まで様子見で大丈夫」

 居間ではアメリが食料用の〈魔法鞄〉から、チーズクッキーを皿に移していた。ヴェスパはティーポットを温めて、お湯を注ぎ、花茶のティーバックを入れて蓋をして、マグカップと一緒に盆に乗せてテーブルに運ぶ。

 皿に乗せられたチーズクッキーに尻尾を振っているヨナタンに、ヴェスパは話し掛けた。

「ヨナタン、アメリに聞いた?」

「うん。迷子見付けたって」

「ヨナタンにはあのコボルト、レニって言うんだけど、レニの服を見て欲しいんだよね。ハイエルンのどこら辺から来たのか解らないかな。南側だとは思うんだけど」

「南方コボルトなの?」

「うん。はい、これレニの服」

 ヴェスパは小物箪笥の上から、レニの服を取ってヨナタンに渡した。

「……」

 ヨナタンはレニの服を前肢に取り、暫くシャツの生地や、ズボンの織縞を観察した。

 その間にヴェスパは蒸らし終わった花茶をそれぞれのマグカップに注ぎ入れた。ふわりと少し酸味のある花の香りがする。

「蜂蜜玉いるよね」

 ヴェスパは常温食料品を入れてある抽斗から、蜂蜜玉の入っている瓶を取り出し、テーブルに乗せた。蜂蜜玉をマグカップの中に一つずつ入れてスプーンで混ぜる。

 しげしげとレニの服を見ていたヨナタンは、困惑した表情で顔を上げた。

「レニって、幾つ位?」

「子供だよ。ヴェスパ達より幼いよ。なんで?」

「……この織り方、凄く古い手法なんだよ。糸の紡ぎ方も。こんな状態で残っている布じゃないんだよ」

「今だとやっていないの?」

「うん。昔の冬に本当にする事がなかった時代のものだから。だけど日常使いする為の布だから、残らないんだよ」

 普段使いの布類は古くなっていけば、形を変えて使い回されて、最後には雑巾になる。

「……どういう事?」

「ヨナタンも解んない。でもルッツとは違う感じなんでしょ?」

 ルッツは永遠に幼児のままの個体だが、ヴェスパはルッツが年上だと解るのだ。レニの場合は、確実に年下だと思う。

「うーん、年下なんだよなあ。明日診察に来る時、師匠ししょーと一緒に来てくれる?」

「解った。明日ヨナタンが、この服のほつれているところ直すね」

 レニの服は、森の中をあちこち歩き回っているので、木の枝などに引っ掛けているようだ。

「お茶どうぞ。夜だから花茶にしたよ」

有難う(ダンケ)

「うー! チーズクッキー」

 コボルトはチーズが好きなのだ。尻尾を振りながらチーズクッキーと花茶を楽しみ、シュネーバルとヨナタンは帰っていった。


 翌日の朝食後、早速エンデュミオンがシュネーバルとヨナタンと一緒にやって来た。

「……」

 じっとレニの服を見て、エンデュミオンが鼻の頭に皺を寄せた。それから溜め息を吐く。

「名前はレニで間違いないんだな?」

「ヴ」

「まだレニの一族が居たんだな」

「ヴ?」

 エンデュミオンはラグマットの上に転がって枕に頭を乗せて寛いでいるイーの横に座り、森驢馬の首筋を撫でた。イーは自分の枕を持っている。

「レニの一族というのは、ずっと昔に居たコボルトの一族だ。スキルが特殊だったから、戦争に駆り出されて数を減らした。エンデュミオンも随分と長い間見た事がない」

「でもレニ、一人だって言ったよ、師匠」

「時代物の服に、一人暮らし。本当に今まで自給自足で一人で暮らしていたのなら……コボルトだからなあ」

 はーっと大きく息を吐き、エンデュミオンは顔を上げた。

「ヴェスパ、アメリ。エンデュミオンの想像通りなら、多分このままレニを育てる事になるぞ」

「ヴ!?」

「恐らくレニは最後のレニの一族だ。だから名前がレニなんだ。ヴェスパ、地図はあるか?」

「ヴ、師匠地図」

 テーブルの上にヴェスパが出した大陸地図の、ハイエルンの南側の一角をエンデュミオンが前肢で示す。西に回り込む〈黒き森〉の南の端辺りだ。

「昔、レニの一族が集落を作っていた場所だ。今はもう集落はない筈だ。だがここが一番怪しい。これから南に回る時に、ここにも寄るといい」

「ヴ。それでレニをヴェスパ達が育てるのはなんで?」

「レニの一族のスキルの問題だ。悪用されないようにするには、レニより強い大魔法使い(マイスター)が保護するのが良い」

「ヴァー」

 なんてこった。大魔法使いはそんな役目もあるのか。おまけに大魔法使いは、そんなに強いのか。自分の事でもあるのに、ヴェスパは知らなかった。なぜなら師匠のエンデュミオンが規格外すぎるからだ。

「國や騎士団、兎に角中途半端に力がある者達には託せないな」

「どんなスキルなの?」

 若干戸惑いながら、ヴェスパはエンデュミオンに訊いた。

 エンデュミオンはスンと真顔になり、黄緑色の瞳がキラリと光った。

傀儡師くぐつしだ」



レニ……超方向音痴の南方コボルト。採取スキル持ち。傀儡師?


眠り羊の毛糸……地下迷宮に居る魔物の羊。質の良い毛糸は肌触りが良く、防刃性が高い。


大陸地図……この世界は一大陸(島)で一つの國なので、各領の区分と街や大きめの村の場所、川や山、森の位置が書かれた地図は手に入ります。ヴェスパの地図は、それにテオとルッツが知っている小さな村の場所とギルドの場所、エンデュミオンが知っている準〈柱〉の場所、マヌエルが知っている教会の場所などを書き込んだものになります。


大魔法使い……とっても強い魔法使い。他の機関に任せられない要人を庇護下に入れる事もある。大魔法使いの庇護下にある者は、王でも手出しは出来ない。誰かの手に渡ると力の均衡が崩れそうになるような人物は、中立の大魔法使い預かりになる。今世の〈不死者〉アメリもそう。


傀儡師……特殊な人形を生きているかのように使役出来るスキルを持つ。黒森之國ではレニの一族だけが使えるスキル。血統魔法。


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