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7 旅立ちの日




 箱馬車が出来上がったのは、冬の終わりだった。

 春までに出来れば良いからと聞いて、クルト達は箱馬車も家具も丁寧に作ってくれたのだ。箱馬車で使う布類も出来上がり、箱馬車の完成に合わせて緑の冠岩にある工房に持ち込まれた。

「本当に中が広いんだよなあ」

 箱馬車の横にある扉を解放したクルトが苦笑する。見掛けは箱馬車なのに、ドアを開けた先は、〈Langueラングde() chat(シャ)〉の図書室と同じ位の広さがあるのだ。

 両開きにもなる扉は、普段は片方は留め具で動かないようにして、もう片方をドアとして使える仕様だ。勿論ドアは上下に分かれて開ける、人族・妖精(フェアリー)族共用のものだ。

 貸本屋はドアを開けると正面にカウンターがある。飴色のカウンターの客から見える側は硝子張りで二つに分かれており、片側は〈本を読むケットシー〉が浮き彫りになった大きさが異なる銀色の四角い缶が、それぞれ重ねられている。缶の中身はクッキーの詰め合わせで、小さい缶と大きな缶でクッキーの種類が異なる。缶の中身に何が入っているかは、イシュカが描いた絵と説明文が見本として置かれている。

 硝子張りカウンターのもう片側には、文房具が飾られていた。金属のペン先とペン軸、硝子ペンとインクは、高価なものではなく平民が買える値段のものだが、素材が少々おかしい。

 ペン軸の素材はエンデュミオンが提供した、トレントの間伐材だった。トレント、エルダートレント、エンシェントトレントで色合いが異なるので好みの物を選べる。お値段は均一である。

 本来トレントは高級素材なのだが、定期的にトレント達に選定を頼まれるエンデュミオンの〈時空鞄〉には、唸る程丸太のような枝が入っており、グラッフェンとデニス、メテオール、ケットシーの里の細工スキル持ちケットシーが、小遣い稼ぎとしてペン軸を作っている。

 小遣い稼ぎとはいえ、親方のクルトが確認してから、エンデュミオンのもとに届けられる。ちなみに発注内容は「使いやすいものであること」という半ばお任せであり、各人が好きなようにペン軸に彫刻を入れたりしている。

 エンデュミオン的に有り余る素材を、削りと彫刻の練習としてペン軸の製作していて、無垢材オイル磨きで塗りも無しなので、お値段お安めとなっているのだ。知る人ぞ知る、〈Langue de chat〉と移動貸本屋での限定品である。

 硝子ペンも軸の部分は色硝子で作られており、職人にお任せで作ってもらっている。

 文房具はその他にも、イシュカとカチヤの作った手帳やノート、人狼のクレフが打ったナイフや、朗読栞もある。

 朗読栞はエンデュミオンがから魔石を蛍石やらなにやらと色々と錬成して作ったしなりのある透明な薄い石の板だ。そこに朗読の為の魔法陣マギラッドを付与しているが、面白がって作るのを手伝ってくれるのは、魔法陣大好きなコボルトの魔法使い(ウィザード)達だけである。

 ヴェスパの姉弟子である大魔法使い(マイスター)フィリーネが「師匠せんせい、これ登録しますけど、誰が作るんですか?」と言って頭痛を堪えるように額を押さえていたので、きちんと魔法陣魔法を修めていない魔法使いには出来ない気がする。

 朗読栞は文字に重ねると、読み上げている部分が蜂蜜ホーニック色に光る。栞の端には、誰の声で読み上げるのか解るように金色の刻印がされていた。七芒星がマヌエル、虎縞のケットシーがエンデュミオン、襟毛のあるケットシーがギルベルト、虎縞ケットシーと鉋がグラッフェン、錆柄ケットシーと林檎がルッツ、片耳が折れ耳のコボルトがアルス、雀蜂がヴェスパ、梅の枝が孝宏となっている。

 魔法使いギルドに魔法陣を、商業ギルドに商品として登録しているが、エンデュミオンと友人の魔法使いコボルト達しか作りそうにない代物である。

 この栞、本と一緒に貸し出しもするが、買い取りも出来る。エンデュミオンの独占製作物なので、お値段は半銀貨一枚である。

 そもそも、文字がまだ読めない子供や、視力が下がった者の為の栞なので、エンデュミオンは商業ギルド登録時に「販売価格は半銀貨一枚にする」と記載している。つまり誰が作ろうと、半銀貨一枚で売らなければならない。すこぶる割に合わないので、多分エンデュミオン以外作らないだろう。


 カウンターの背後にあるキッチンの上の棚には、人気作で販売される本がずらりと並ぶ。今まで貸本のみだったのだが、少部数で販売も行う事にしたのだ。〈Langue de chat〉の本は全て装丁済みであり、子供向けの本以外はそれなりの値段がする。子供向けの本である〈蜂蜜色の本〉〈若草色の本〉が半銀貨一枚から二枚、大人向けの〈薔薇色の本〉〈宵闇色の本〉などが半銀貨三枚~銀貨一枚はする。活字量や紙の枚数の違いだ。これでもエンデュミオンの汚防・防水・破損防止が付与されているので、安い位だったりする。印刷技術があるとはいえ、各自で行う装丁代も含めれば、町で売られている書籍はもっと高いだろう。

 孝宏の本は〈Langue de chat〉か、この移動貸本屋でしか買えない。例え貴族でも王族でも、店に来なければ買えない。〈Langue de chat〉はルリユールであり、正式には書店でも印刷屋でもないから、少部数ずつしか作らないのだ。基本的には雪深い冬を過ごす、常連客向けの販売だったりする。広告をする気もない。

 ちなみに移動貸本屋でも希望があればお茶とクッキーを出すが、客がカウンターまで受け取りに来る仕様だ。

 カウンターに近い場所に読書スペースがあるが、壁に向かって横長の読書テーブルと止まり木椅子が作りつけられている。止まり木椅子は布張りで背凭れと肘掛けがあり、座り心地は一人掛けソファー並みに良くした。

「テオが武器で叩いても割れない」窓硝子が嵌った丸窓が等間隔に壁にあるが、止まり木椅子に座った時に本を開いた状態で、手元が影にならない位置に、蜜蜂の形の光鉱石を付けている。天井にも、白詰草の花冠を模した光鉱石の照明が点けてあり明るい。

 読書テーブルよりも奥の一角に、丸い緑色の柔らかい芝生のような絨毯を敷いて、丸いローテーブルを置いてある場所は妖精フェアリーと子供向けだ。六角形の蜂蜜ホーニック色のクッションも幾つか転がしており、寛げるようになっている。

 本棚の背はそれほど高くしていない。管理するのがヴェスパだからだ。脚付きの蜂の巣本棚は、人族の成人男性の胸下程度の高さにしてある。平原族や森林族、人狼の大人は一寸ちょっと屈まないといけないが、許容範囲だろう。子供や妖精用に各所に踏み台を置いてある。

 エンデュミオンが用意した本を、表紙の色別に本棚に並べていく。子供向けの棚を手前に、大人向けの棚を奥にという並びだが、〈Langue de chat〉では読めるのならば、基本的には誰がどの本を選ぼうが気にしないで貸す。

 黒森之國くろもりのくにでは王や國に対しての反逆を煽るような内容でなければ、出版は可能である。孝宏の書いた本は、〈異界渡り〉が書いたものになるので、全冊教会(キァヒェ)で確認されて許可済みだ。

 本棚と本棚の間の壁には、イシュカに頼んで、お気に入りの〈フリッツとヴィム〉の挿絵を、数点刷ってもらったものを額装して飾った。〈Langue de chat〉の紋である、〈本を読むケットシー〉が上部に空押しされた特別紙なので一点ものだ。ヴェスパの宝物なので、誰かに売ってくれと言われても売れないし売らない。きっちりと返還魔法陣を付与しておいた。ヴェスパ達や箱馬車に関わるものに害意を持った者は、もれなく外に放り出される仕様にはなっているのだが。

 カウンターの裏側に回った場所には、居間へのドアがある。居間へは馬車の後部の扉と、御者台からも入れる。勿論ヴェスパやアメリの許可がないと侵入不可だ。

 ヴェスパは魔法でも蹴撃でも相手を撃退出来るが、アメリはそうではない。アメリが身に着けている衣服には、ヴァルブルガやシュネーバルが〈反射〉の魔法陣を刺繍してくれているが、念には念を入れまくる。

 誰かがアメリに攻撃したら、攻撃が全て反射するのだが、魔法陣を構築したエンデュミオンとヴェスパはその誰かの安全を考えてはいない。


 居間はアメリとヴェスパ双方の希望通りに、丸みのある柔らかい印象の無垢材の家具で揃えた。居間と続きの台所には、火蜥蜴サラマンダーラディスラウスの別宅とも言えるオーブンもある。ラディスラウスが居れば、この箱馬車全体の室温管理もしてもらえるので、暖房要らずだ。

 アメリの目が見えないので、床の物は少なくして、テーブルも必要な時に雑貨用の〈魔法鞄〉から出すようにした。柔らかなラグマットを敷いて、クッションがあればゴロゴロ出来る。夜にはイーが休む場所でもある。

 居間から行ける部屋として、バスルームの他に、ヴェスパとアメリの寝室と客室が一つと物置部屋がある。そして壁に沿ってある階段を上がれば、中二階のヴェスパの書斎だ。書斎の壁の一部は吹き抜けになっているので、居間の様子が解る。

 全くもって箱馬車の中とは思えない広さだ。

「本当にギルベルトは加減がなあ」

 ヴェスパと一緒に居間の確認に来たエンデュミオンが、ぽしぽしと前肢で頭を掻く。結局、箱馬車製作の作業を覗きに来たギルベルトが、「ほいっ」とばかりに空間拡張したらしい。

「広いに越した事はないよ、師匠ししょー。イーもいるし、誰か遊びに来た時に安心だよ」

 人族が住める広さなのだ。ヴェスパの書斎の中二階も、天井の圧迫感すらない。客間も人族が泊まれる広さだ。ベッドも人族用だが、妖精用に踏み台も用意してある。大は小を兼ねる。

 箱馬車に家財道具を全て入れたら、アメリに物の位置を覚えてもらわなければならない。

 急ぐ旅でもない。

 アメリが箱馬車に慣れ、森驢馬もりろばのイーを箱馬車のくびきに繋いで歩く練習をしている内に、リグハーヴスの積雪は完全に溶けていた。

 出発の日、緑の冠岩から森番小屋の前に箱馬車を〈転移〉で移動し、ハシェ達に出発の挨拶をしてから、試運転を兼ねてリグハーヴスの街までイーを歩かせた。

 〈Langue de chat〉の前で箱馬車を止め、ヴェスパは御者台から飛び降りた。アメリには階段を引き出してやる。店のドアを開け、カウンターに居たエンデュミオンと孝宏たかひろに声を掛ける。

「師匠、孝宏、行って来るね」

「気を付けるんだぞ。雪が降る前にはリグハーヴスに戻るか、南のヴァイツェア方面に行くんだぞ。ギルドカードは肌身離さずにいろよ」

「ヴ」

「にゃ」

「パンや野菜やお肉類を〈魔法鞄〉に定期的に送るから、毎日確認するんだよ。旅先で手に入らないものや食べたい物があったら、遠慮しないで手紙送ってね」

「ヴ」

「にゃ」

 ヴェスパとアメリは心配性なエンデュミオンと孝宏に抱き着いてから、御者台に登った。

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい」

 リグハーヴスに漸く温かな風が吹き始め、冬枯れしていた大地に緑が萌え出し始めた頃、ヴェスパとアメリは巡礼の旅に出た。


トレント爺さんズ……ケットシーと仲良し。枝が伸びてくるとケットシーに間伐を頼む。細工スキル持ちのケットシーはそれで食器や道具類を作って、たまに迷い込んで来る冒険者と物々交換したりする。最近はエンデュミオンの庭経由で遊びに来るクルト経由で、木工ギルドに卸したりしている。ペン軸もいいお小遣い稼ぎ。


クレフ……人狼(漂泊の民)。鍛冶師。森番小屋に暮らす。基本的に作ったものは〈Langue de chat〉に卸している。ナイフなどの小物類を作る。森番小屋の火蜥蜴リンケに気に入られている。


錬金術……基本的には錬金術師が行うもの。しかしスキルが生えれば魔法使いでも行える。魔法陣大好きコボルトたちは、エンデュミオンと一緒に作るのを手伝っていたので、多分スキルが生えている。


フリッツとヴィム……孝宏が書いた冒険小説の主人公たち。冒険者フリッツと彼と契約しているケットシーのヴィムが、各地に旅をする話。シリーズ化している。


挿絵の版画……その内限定販売されそうな予感。エッチング(銅板版画)でイシュカが作っている。リトグラフやシルクスクリーンは黒森之國にない気がする……。


ギルベルト……元王様ケットシー。無邪気な推定五百歳超え児。



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[良い点] 巡礼の旅で新たな人々や妖精達が登場するのか!期待してます(ꈍᴗꈍ) [気になる点] 朗読栞…ルッツのモノがないのが(ᗒᗩᗕ) ルッツならマークはやっぱりリンゴ?(笑) 皆が爆誕させ…
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