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4 アメリは教会に来た

 エンデュミオンは直接礼拝堂に〈転移〉した。

「礼拝堂の中に〈転移〉しないと、扉が開けられないからな」

「ヴァ~」

 確かに礼拝堂の扉は大きくて、動物型妖精(フェアリー)では開けられそうにない。

 リグハーヴス女神教会の礼拝堂は、街の規模に比べると大きくて立派だ。リグハーヴス公爵がこの地を任された時、ここは森しかなかったらしいが、リグハーヴス公爵は何より先に女神教会を建てたという。

「エンデュミオンは司祭館に声を掛けて来るから、礼拝堂を見て回っているといい」

「ヴ」

 エンデュミオンは礼拝堂の端にあるドアから、その先の司祭館に入って行った。ここにはケットシーとコボルトの聖職者もいるので、上下二枚のドアになっていた。ドアには植物の美しい彫刻が入っており、パッと見は一枚ドアに見える。

「アメリ、高い丸い天井に、聖典ビーブルの内容の天井画がある。大きな薔薇窓が高い場所にあって、壁にある窓の硝子は聖人のステンドグラスになっている。正面の祭壇に向かってベンチが並んでるよ」

「にゃー」

「通路を歩いて祭壇の前に行こう。お祈り出来るよ」

 ヴェスパはアメリと前肢を繋いでベンチの間の通路を歩く。朝の祈りで使った蜜蝋の蝋燭と香の香りが残っていた。

 祭壇の正面には白い石で作られた月の女神シルヴァーナの像があり、説教台より一段下りたところにお祈り用の紅色の膝置き用のクッションが置いてあった。クッションの前には蝋燭を捧げる台が置かれている。流石に今日は誰も信者は来ていないようで、台の両脇に長い蝋燭が灯されているだけだ。

「アメリ、ここに膝置きのクッションがあるよ。紅色をしていて銀糸で月と星の織模様がある。ヨナタンのコボルト織かな」

「やわかい」

 前肢で触り確認してから、アメリがクッションの半分に座る。

「蝋燭を点そう」

 ヴェスパは供物台の横の箱に入っている、真鍮の器に入った蝋燭を二つ取った。メダル大で指一本分の厚さがある、供物用の蝋燭だ。蝋燭の箱の隣にある寄付箱に銅貨を二枚入れる。

「……届かない」

 長い蝋燭に前肢が届かなかったので、ヴェスパは火の精霊(サラマンダー)魔法で蝋燭に火を点けて供物台に乗せた。そうしてアメリの隣に空いているクッションの半分に座る。

「蝋燭点けたよ。目の前に女神シルヴァーナの神像があるよ」

「にゃ、有難う(ダンケ)

 ヴェスパとアメリは前肢を合わせてお祈りした。

(女神シルヴァーナ、平穏な日常を有難う)

 何と言っても戦のない平和は大事だ。ヴェスパにとって、平穏にアメリと過ごせる日常が幸福なのだ。

「ね、ヴェスパ。アメリ歌ってもいいかなあ」

「誰も居ないし、いいんじゃないか? 女神様に聞いてもらうんだろ?」

「にゃ」

 クッションに座ったままアメリが歌い出す。ヴェスパには聞きなれた現代の聖歌とは違う、複雑な節回しの歌い方だ。誰に教わった訳でもなく、アメリは聖歌を歌えた。

(ヴ~、アメリの歌は綺麗)

 アメリが聖歌を歌うと不思議な響きの声になるし、いつも何処からともなくきらきらと銀色の光が降って来る。月の女神シルヴァーナの祝福の光だ。これはセント属性のレベルが高く、信仰心が篤いと起きる。

 リグハーヴス女神教会の主席司祭(プファラー)ベネディクト、副司祭イージドール、聖職者コボルトのモンデンキント、聖職者ケットシーのシュヴァルツシルトの全員が、ミサの度に周囲をきらきらさせているので、リグハーヴスの街の住人には見慣れている光景だが、間違っても簡単に見られるものではない。

 エンデュミオンの温室経由で行ける、隠者の庵の住人で元司教で隠者のマヌエルと、聖職者コボルトのシュトラールもお祈りするときらきらするので、リグハーヴスにはきらきら人口が多いなあとヴェスパは思っている。

 パチパチパチ、とアメリの聖歌の歌い終わりで拍手が聞こえた。

 振り返った先に、エンデュミオンと司祭イージドール、イージドールの肩に乗ったシュヴァルツシルトが居た。

「ヴァ」

 ヴェスパはクッションから立ち上がり、イージドール向かって重ねた前肢を胸高に上げた。

 イージドールはテオの叔父であり、〈暁の旅団〉の族長継承権を持っている。カニンヒェンプーカのヴェスパが敬意を示すに値する人物だ。

「神殿時代の歌い方は久し振りに聞いたな」

「昔はあの歌い方だったんですか? エンデュミオン」

「ああ。教会に主体が移ってから、だんだんと歌いやすいように変わっていったんだ。アメリは昔の歌い方で〈不死者メトセラ〉の〈声〉を使って歌っているから、女神シルヴァーナも喜んでいるだろう」

 〈不死者〉は声に出して願ったものを実現させる。月の女神シルヴァーナを祝福する聖歌をその〈声〉で歌えば、女神の力は増すだろう。

「にゃん!」

 イージドールの肩の上で、シュヴァルツシルトが肉球でぽふぽふ拍手している。肉球の拍手は音が殆ど出ない。シュヴァルツシルトはシュネーバルと同じく小さいが、きちんと司祭服を着ていた。

「ヴェスパ、アメリ、寒いでしょう。司祭館に行きましょうか」

 イージドールの誘いに、ヴェスパはアメリと前肢を繋いでエンデュミオン達の元へ向かった。

「アメリ、素晴らしい聖歌でしたよ」

「にゃにゃ~」

 イージドールに褒められて、アメリが頬に前肢を当ててもじもじする。照れているらしい。普段家族には褒められていても、家族以外に褒められるのは慣れていないのだ。

 イージドール達司祭は普段聖務以外では、台所兼居間で過ごしている事が多い。

「いらっしゃい」

「こんにちはー」

 台所では司祭ベネディクトとモンデンキントが暖炉に薪を足していた。モンデンキントはクリーム色の波打つ毛並みに紫色の瞳という珍しいコボルト(妖精犬)だ。〈豊穣の瞳〉という他人の資質を増幅させる能力を持つが、現時点でモンデンキントは虚弱体質のベネディクトの体力向上にしか能力を使っていない。

「寒かったでしょう。お茶はいかがですか?」

「貰おうかな。孝宏から菓子を預かっているぞ」

 穏やかな笑みを向けるベネディクトに答え、エンデュミオンは慣れた様子でベンチに自分でよじ登ったが、ヴェスパとアメリはイージドールが座らせてくれた。

 アメリとモンデンキント、シュヴァルツシルトはエンデュミオンの温室でたまに会っているので顔見知りだ。

「ヒロのお菓子~」

 イージドールが皿に出したおもたせのフィナンシェとマカロンに、モンデンキントが嬉しそうに尻尾を振った。

 ベネディクトが淹れてくれたミルクティー(ミルヒテー)は、ケットシーに適温で美味しかった。カニンヒェンプーカ(妖精兎)にも適温だった。動物型妖精は大概熱いものは苦手だ。

「アメリ、教会に初めて来て嬉しかった」

 ふふ、とアメリが笑いながら身体を左右に揺らす。先が灰色の尻尾もご機嫌にピンと立っている。

「どうぞこれからもいらしてください」

「有難う、ベネディクト。あのね、アメリ色んな教会に行って聖歌歌いたいな。行ける?」

「私としては是非お願いしたいですが……エンデュミオン、アメリの守りとしてはどうなんですか?」

 ベネディクトがエンデュミオンに視線を向ける。エンデュミオンは持っていたカップをテーブルに置いた。

「ヴェスパも一緒に行くなら平気だろう。まあ巡礼に行く方法は考えないとならないがな」

「ヴ。大魔法使い(マイスター)でも、行った事ない場所に〈転移〉出来ない」

 ヴェスパもエンデュミオンに頷く。

「そうだぞ。昔エンデュミオンは、用事があって初めて王妃宮に〈転移〉で行った時、頭にティーポットを落とされて気絶したからな」

「何してるんですか、エンデュミオン!」

「ヴァアァー!」

(全くだよ、師匠ししょー!)

 イージドールの突っ込みに、ヴェスパは激しく同意してしまった。隣でベネディクトがお茶に噎せ、モンデンキントが慌ててその背中を擦っている。

 エンデュミオンがどこか遠くを見る眼差しになる。

「あれは不幸な事故だった。孝宏たかひろに心配させたし」

 大魔法使いがティーポットで気絶したらそれは心配するだろう。というか、エンデュミオンを気絶させた人は無事に済んだのだろうか。

「まあ、エンデュミオンが予告なしに行ったのがいけないからな。王妃宮の者達に悪い事をした」

 どうやら無事だったようだ。この師匠、時々思いもかけない事をやる。

「一応ベネディクトからフォンゼルに話を通しておいてくれるか? ケットシー(妖精猫)とカニンヒェンプーカが巡礼に回る予定だと。アメリに各地の教会で聖歌を歌って貰えると、〈柱〉の補強にもなる」

「解りました」

 フォンゼルとは現司教である。エンデュミオン自体も直接連絡を取れるが、巡礼の話なのでベネディクトに頼んだのだろう。

「アメリとヴェスパがどうやって巡礼に回るかは、〈Langue de chat〉に戻って考えるか。テオとルッツにも相談したいな」

「ヴ」

「にゃ」

 現役冒険者に訊くのは重要だ。ヴェスパとアメリは揃って首肯したのだった。

*『エンデュミオンと猫の舌』第75話『エンデュミオンと王妃様』参照



イージドール・モルゲンロート……〈暁の旅団〉の民。司祭。リグハーヴス女神教会副司祭。〈暁の砂漠〉族長継承権もち。〈女神の貢ぎ物〉であり、聖人ベネディクトの専属護衛でもあり、刃を潰したナイフを所持している。人種的にぐーで殴っても相当強い。


ベネディクト……平原族。司祭。リグハーヴス女神教会主席司祭。無自覚の聖人。ほぼ聖属性の塊。虚弱体質で、モンデンキントの能力と、エンデュミオンとラルスが渡している薬草茶が、本人の知らない所で寿命を延ばしている。


シュヴァルツシルト……ケットシー。司祭。ラルスの弟。ド近眼。イージドールが主。


モンデンキント……北方コボルト。司祭。〈豊穣の瞳〉。くりくりの癖毛は親譲り。名付け親はエンデュミオン。能力の大半はベネディクトの体力向上に振り切っている。


マヌエル……平原族。元司教。隠者。エンデュミオンの数少ない昔馴染みで友人。ケットシーに囲まれてうきうきの余生を過ごしている。魔熊の聖魔法使いエアネストを爆誕させた張本人。


シュトラール……南方コボルト。司祭だが修道女姿をしている。マヌエルの補佐をしている。地味に能力が高位の司祭。


フォンゼル……平原族。司教。元真偽官。マヌエルの弟子なので、リグハーヴス女神教会やエンデュミオンに友好的。猟師(罠師)コボルトのリットの主。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリの聖歌は神殿時代の聖歌なんですね 記憶はないのに覚えていたんでしょうか? これから、箱馬車の超絶魔改造が始まるのですね。 [一言] 欄外の人物紹介のフォンゼル司教が、「フォルゼン」に…
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