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3 アメリは教会に行けるのか?

 ちりん。

 意図的に音を止めない限り、ヴェスパが動けば必ず胸に付けている団栗型の魔銀製の鈴が鳴る。アメリがヴェスパが何処にいるのか解るように付けているのだが、当然鈴の音が鳴れば、他の者にも聞こえる。

 ひょいと居間の戸口から真っ白で小さなコボルト(妖精犬)が出てきた。ヴェスパとアメリを見て、笑顔になったのは幸運妖精グリュックフェアリーシュネーバルだ。見掛けは小さいがシュネーバルはヴェスパと変わらない年齢で、アメリより年上だった。凍土の魔女ヴァルブルガの唯一の弟子で、自身も氷雪の魔女という二つ名がある。二人共氷魔法(アイス)が得意なのだ。

「ヴェスパ、アメリ、お帰りー」

「ただいま」

「にゃ」

 戻るシュネーバルと一緒にヴェスパとアメリも居間に入る。二階の居間には、このルリユール〈Langueラング de() chat(シャ)〉の店主で親方マイスターのイシュカと彼に憑いている魔女ケットシーのヴァルブルガ、大魔法使い(マイスター)ケットシーのエンデュミオンと織子おりこコボルトのヨナタンが居た。奥の台所にはエンデュミオンの主の孝宏たかひろと、ヨナタンの主カチヤが居て料理をしているようだ。後四人ほど、姿が見えない。

次代じだいとルッツは? フィリップとモーリッツも」

 挨拶の後、ヴェスパは居ない二人について問うと、モモンガ型の風の精霊(ウィンディ)ヴィントを肩に乗せたイシュカが答えてくれた。

「テオとルッツは〈暁の砂漠〉だよ。継承準備の勉強だって。フィリップとモーリッツは緑の冠岩に行ってるよ」

「そっかー。次代、砂漠に住めるのかな?」

 正直なところ、〈暁の旅団(モルゲンロート)〉の次期族長テオフィル・モルゲンロートは放浪癖がある。拠点をリグハーヴス公爵領の〈Langue de chat〉にしてはいるが、軽量配達屋としての仕事で留守にしている時も多いのだ。

 現族長ロルツィングの実子で義弟のユストゥスがいるのだから彼が族長になればいい、と常々テオは言っていたのだが、ロルツィングはテオを長男扱いしてはばからず、ユストゥスも雷竜ヤンティスを孵してテオの補佐になると表明してしまった。

 〈暁の旅団〉の族長は、兎型の木の妖精(エルム)ティルピッツと馬型の水の妖精(マイム)レヴィンに認められないとなれない。ティルピッツとレヴィンはテオを次代に選んでしまっているし、次期族長専属騎士のプラネルトもテオを主に選んでいる。回りから固められてしまっている状況だ。

「テオの放浪癖と、ルッツの熱中症問題があるからねえ」

 テオに憑いているルッツは暑さに弱い。何しろケットシーは黒森之國くろもりのくにの北生まれである。

「テオもルッツも体質だからどうしようもなかろう。ユストゥスを代官にして、テオが外交をするんだろう」

 エンデュミオンが黄緑色の瞳を半眼にして言った。

「次代、軽量配達屋やめられないよね」

「特殊な所ばかり顧客になっているからな。フェルゼンフォルト修道院なんか、誰が行くんだ?」

「ヴァー」

 同意すぎる。

 フェルゼンフォルト修道院とは、ヴァイツェア公爵領にある樹海の中にある巨岩の上に建つ修道院である。カニンヒェンプーカの居住地のご近所さんではあるが、超絶僻地である。

「もしテオが冒険者ギルドを辞めると言ったら、ギルド長が必死で止めるだろうさ」

 戦闘能力の高い〈暁の旅団〉のテオと、隠密系スキル持ちで〈転移〉が出来るケットシーのルッツの組み合わせは最強と言っても良い。うっかりすれば暗殺者になれそうなスキルである。軽量配達屋だが。

「アメリ、元気そうだね」

「にゃん! 孝宏も元気?」

「元気だよ」

 話している内に、孝宏が居間に来てアメリを撫でていた。赤ん坊の頃から知っているので、アメリは〈Langue de chat〉の住人の声と匂いを覚えている。

「ヴェスパとアメリ、お昼御飯は食べた?」

「まだだよ」

「二人共、オムライス食べるよね?」

「食べる」

「食べる」

 同時に答えていた。ヴェスパもアメリも、この家で食事を遠慮する必要はない。むしろ食べない方が孝宏ががっかりする。

 孝宏が作ってくれるオムライスは、ケチャップで味がついたチキンライスに、ふっくらとしたオムレツを乗せて、それをナイフで割るのだ。ふわとろの卵で覆われた上にトマトソースを掛けても良いが、ヴェスパとアメリは黒胡椒を軽くガリッと挽いてもらうのが好きだった。

 みんなと一緒に台所の食卓テーブルの子供用椅子に座らせてもらい、わくわくしながら孝宏が料理をする姿を眺める。

「アメリの正面にオムライスのお皿、右前肢の手前にスプーン、奥にアイスティー(アイステー)のコップあるよ。ストローも付いているからね」

「にゃ」

 皿の場所を教えてもらえば、アメリは自分で食事が出来る。特にアメリの皿は三つに区切られている特別なもので、おかずを探しやすくなっている。

「今日の恵みに」

 食前の祈りを唱えてスプーンを持つ。ふわふわの卵と甘酸っぱいチキンライスが美味しい。ヴァスパが作ると、卵はもう少し硬くなってしまう。

「うまー」

「おいし」

 いつも美味しい孝宏のご飯を堪能する。ヴェスパは孝宏と母親のグリューヴルムから料理を習ったのだが、まだまだだ。アメリに美味しいものを食べさせたいので頑張らねば。

「ヴェスパ、森の入口も吹雪だったか?」

 オムライスに添えられていたブロッコリーのおかか和えをスプーンで掬いつつ、エンデュミオンが聞いてきたので答える。

「あっちも凄く吹雪いてて、真っ白だったよ師匠ししょー。ラディスラウスが居てくれて助かる」

 火蜥蜴サラマンダーは家中の火元の管理をしてくれる。つまり冬でも暖炉の火がうっかり絶えるという事がない。料理をすればオーブンの温度管理をしてくれる、非常に有難い存在だ。つまり料理が焦げない。この家にも孝宏と契約しているミヒェルという火蜥蜴が、オーブンに棲み付いている。

 アイスティーをストローで啜って口の中をすっきりさせてから、ヴェスパはエンデュミオンに顔を向けた。

「師匠、相談があるんだけど」

「なんだ?」

「アメリが教会に行ってみたいんだって。行っても大丈夫?」

「んー、昔なら兎も角、今なら大丈夫だろう。ヴェスパが一緒だし、防御の背守りを刺繍した服も着ていれば問題ないぞ。心配なら目の色が変わって見える魔道具を付けておけば、アメリを見て〈不死者メトセラ〉だと解る者は殆どいないさ。それ位ならエンデュミオンが作ってやろう」

有難う(ダンケ)、師匠!」

 料理はボンボンしか作れないし、裁縫も苦手だが、それ以外は大抵の事は器用にこなすエンデュミオンは、簡単な魔道具ならあっさりと作れた。

 昼食の後、エンデュミオンはシュネーバルに小さな幸運魔石を作ってもらい、その魔石の中に瞳の色を変える魔法陣マギラッドを刻み込んだ。それを透かし彫りのある木製の鳥籠型ブローチの中に、精霊魔法で収めた。

「ほら出来た。幸運魔石で作ったから、より解り難くなったぞ」

「ヴー、ヴェスパはまだこんなに小さな魔石に刻印出来ない」

「経験の差だ。冒険者ギルドに卸す程度の護符アミュレットでいいから、作って練習するといい。錬金術師アルケミストグラッツェルが卸しているものと被らない護符にすればいいだろう。魔力微回復や体力微回復なんかが初級冒険者に喜ばれるぞ」

 中級以上の冒険者はそれなりに資金を手に入れている筈なので、金を払って錬金術師や魔導具師に注文すればいいのだ、とエンデュミオンは言う。

 リグハーヴス公爵領の冒険者ギルドは、初級冒険者育成に力を入れている。

「魔法陣刻印の練習になるし、お小遣いも手に入るぞ」

「ヴ」

 それは一寸ちょっと楽しみだ。

「これからエンデュミオンも一緒に、リグハーヴス女神教会に行ってやろう。この天気だから、礼拝に来ている住民は居ないと思うがな」

「礼拝堂は冷えているかもしれないから、外套着ていくんだよ」

 孝宏がエンデュミオンの頭巾付きの外套を壁のフックから取りあげた。ヴェスパも〈時空鞄〉から自分とアメリの分の外套を引っ張りだした。

 エンデュミオンとヴェスパの外套は深い緑色で、背守りと左胸にメダル大の大きさの〈精霊樹と眠る竜〉の刺繍が銀糸で入れてある。アメリの外套は濃い青で、刺繍は〈狼と雀蜂〉だ。これはアメリの主の人狼ハシェとヴェスパを現している。

 アメリの外套の胸に、先程エンデュミオンが作った鳥籠の形のブローチを付けると、特徴的な底光りする蒼い瞳が、澄んだ水色に変わった。

「エンディ、教会にお菓子持って行ってね」

「解った」

 孝宏がエンデュミオンに菓子の入った紙袋を持たせている。〈Langue de chat〉の住人はリグハーヴス女神教会の司祭プファラー達と仲が良い。彼らはヴェスパにもとてもよくしてくれる。

「行くぞー」

 エンデュミオンは杖もなしに転移陣を展開し、リグハーヴス女神教会へと〈転移〉したのだった。

シュネーバル……幸運妖精(北方コボルト)。氷雪の魔女。怒らせたら凍らせちゃうぞ~。


イシュカ・ヴァイツェア……平原族。〈Langue de chat〉の親方。ヴァイツェア公爵第二位継承者。


ヴァルブルガ……ケットシー。凍土の魔女。イシュカが主。怒らせたら全てを凍らせちゃうぞ~。


カチヤ……平原族。〈Langue de chat〉の職人。ヨナタンの主。イシュカの養子。


ヨナタン……北方コボルト。織子。カチヤが主。無自覚に國一番の織子。


フィリップ……ケットシー。上級魔法使い。エンデュミオンとグラッフェンの実父。息子達が超可愛い。


モーリッツ……ケットシー。魔導具師。薬草師ラルスと司祭シュヴァルツシルトの実父。子守以外の生活能力が皆無のポンコツで優秀な魔導具師。


クライネスヴィント(ヴィント)……モモンガ型の風の精霊。魔刀(ペーパーナイフ)。孝宏が所有者。いつでもウキウキの切れ味。


ロルツィング・モルゲンロート……〈暁の旅団〉の民。〈暁の砂漠〉の族長。息子達が超可愛い。


ユストゥス・モルゲンロート……〈暁の旅団〉の民。〈暁の砂漠〉の第二継承者。竜騎士。兄が大好き。


ヤンティス……雷竜。ユストゥスの契約竜。ユストゥスが大好き。


ティルピッツ……兎型の木の妖精。代々の族長を子守している翡翠色の兎(実はでかくなれる)。


レヴィン……馬型の水の妖精。代々の族長を子守している青い子馬(実はでかくなれる)。


プラネルト・モルゲンロート……〈暁の旅団〉の民。竜騎士。テオの専属騎士。テオの従兄でもある。


グリューヴルム……カニンヒェンプーカ。庭師・家事スキル持ち。ヴェスパの母。おっとりしているが強い。


ラディスラウス……アメリの火蜥蜴。いつでも笑っているような口元をしている。そしていつもご機嫌。


ミヒェル……孝宏の火蜥蜴。孝宏と一緒に料理をしているので、オーブン管理は大得意。


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