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11 終の家(上)

 レニを拾った翌々日、漸く空は晴れ渡った。

 朝御飯を食べて皆で片付けた後、ヴェスパはイーを外に連れ出して箱馬車の軛《軛》に繋いだ。

「んー、次に近い教会キァヒェは……」

 御者台に登ってヴェスパは地図を広げる。黒森之國くろもりのくには村があれば、ほぼ確実に教会がある。村単位よりも小さな集落には教会が無い場合もあるが、集会所には月の女神シルヴァーナの神像が置いてある。

「街道を横道に入ったところに教会があるな。半日くらい先かな? ここルッツの印があるなあ」

 ヴェスパの地図には、エンデュミオンに準〈柱〉の位置を、マヌエルには教会の位置を、テオとルッツにはギルドや集落の位置を書き込んで貰っている。ルッツが林檎アプフェルの絵を書きこんだ場所は、ルッツのお気に入りの場所らしい。

(教会に、お気に入りの場所?)

 はて、どういう事だろう。

「まあ、行ってみれば解るかー。行こう、イー」

「ウィウィ」

 手綱を持ってはいるものの、ヴェスパはイーに指示を出す時は話し掛ける。

 カラリ、と車輪が回りポクポクと言うイーの足音と共に箱馬車が進み始める。基本的に箱馬車を動かすのはヴェスパだ。アメリは箱馬車の中で家事をしていたり、御者台に来てみたりと好きに過ごす。これからはレニが居るので、暇になったりはしないだろう。

「apfel!」

「林檎だね。書き方はこうだよ」

 居間ではアメリがレニに文字を教え始めたようだ。アメリは文字を書く事が出来る。凹凸のない文字は肉球で読めないので、読む時には音読用の栞が必要だが。

「レニ上手く書けないよー」

「誰でも最初はそう。鉛筆の持ち方に前肢が慣れてないから。……うん、ちゃんと持ててるよ。ゆっくり書いていいんだよ」

「わう」

 リグハーヴスの妖精フェアリー達の中では、アメリもヴェスパも若い個体になる。レニの存在はなんだか弟のようだ。

 コトコトと轍に水溜りの残る街道を箱馬車が進む。イーは綺麗好きで汚れるのを好まないから、休憩の時には〈洗浄〉を掛けてあげた方が良さそうだ。

 両脇を木立に囲まれていた街道は二刻程走ると、左側の森がどんどん浅くなり、草原に変わった。黒森之國は圧倒的に森が多いが、上から見ると草原の中に大小の森が点在しているように見える。集落も、囲壁で囲まれているのは大きな街くらいで、小さな町や村になると、木立や森を防風林代わりにして集落を作っている。黒森之國は森の恵みと共に生活があるのだ。

「ヴェスパー、そろそろお昼御飯食べようよ」

 箱馬車から馭者台に出る戸口からレニが顔を出した。

「ヴ。あそこに停留所があるから停まるね。イー、あそこの空き地に入って」

「ウィウィ」

 休憩所よりは小さく、水場のない空き地は停留所と呼ばれる。ちなみに街や村で、行き先が決まっている馬車が集まっている場所も停留所と呼ばれる。

 イーが箱馬車を停留所に停めてから、ヴェスパは御者台から飛び降りた。カニンヒェンプーカのヴェスパにとって、この位の高さなら階段を出さなくても平気だ。

「ヒュヒン」

「今〈洗浄〉を掛けてあげるよ」

 不満そうに鳴いたイーに〈洗浄〉を掛けて、四肢の泥を落としてやる。餌台を出して、桶に精霊水を注ぎ、おやつの林檎を一口大に切って浮かべる。

「今日はここで食べようかな」

「わうー、風が気持ちいいー」

 アメリとレニが御者台に来ていた。身体が小さいので、三人が横に並んで座れる。

 今日のお昼御飯は横長のパンにカレー風味で炒めたキャベツとぷりぷりの腸詰肉ブルストを挟んだものだった。

「今日の恵みに」と食前の挨拶をしてから齧り付く。

「このパンも腸詰肉も美味しいー。レニ、こんなに美味しいの初めて食べた」

「パンは孝宏たかひろが作ったやつで、腸詰肉はアロイスのかな」

「うん」

 流石にパン類は箱馬車で頻繁に焼くのは大変なので、〈魔法鞄〉に送って貰っている。腸詰肉や生野菜もだ。普通の馬車よりも移動速度が遅いので、数日集落に辿り着かない事もある。過保護な〈Langueラング de() chat(シャ)〉の家族たちは、気が付くと相互用の〈魔法鞄〉にあれこれと送ってくれている。だから、ヴェスパとアメリは、旅先で見付けた目新しいものに手紙を付けて送り返している。

 マグカップのアイスティーをストローでごくりと飲んで、ヴェスパは草原の奥にある木立を見詰めた。木立の奥に建物が見える。だがヴェスパの座る位置からは、太い木と重なっていて良く見えない。

「レニの場所からあの建物見える?」

「わうー、あれ教会。天辺に三日月と星があるもん」

「じゃああれが次の目的地かな。ルッツのお気に入りの場所みたいなんだけど」

「ルッツ?」

「錆柄のケットシーだよ。〈暁の旅団(モルゲンロート)〉の次代じだいに憑いているんだ。その内遊びに来ると思うよ」

 ルッツは永遠の幼児だが、〈転移〉が出来る魔法使い (ウィザード)スキルと隠密スキルがある。生きている年数もヴェスパよりも上だ。年中あちこちを旅しているから、場数が違う。

「食べたら行こうか」

「にゃ。どんな教会かなあ」

「集落じゃなくて、教会と付属の建物しかないみたいだけど」

 残りのパンを口に入れ、アイスティーで飲み込み、パン屑を集めて地面に落とす。小鳥が後で食べるだろう。

 おやつにロシュのシロップ煮を皆で二つずつ摘まんでから、イーの餌台を片付ける。

「イー、あそこに見える教会に行くぞ」

「ウィウィ」

 頷いてイーが歩き出す。木立に囲まれた教会はそれ程離れていなかった。四半時もせずに北街道から木立に向かう脇道が伸びていた。脇道へ入る場所には道しるべが立てられている。

「〈ついの家〉?」


 その教会は古びていたが、よく手入れがされていた。黒森之國ではお馴染みの、白い壁と赤茶色の屋根で、鐘楼もきちんとあるが小さな礼拝堂の教会だ。教会の裏手には墓地が見えるが、こちらもきちんと手入れされている。

 礼拝堂の左手側には二階建ての建物がある。礼拝堂よりも遥かに大きい。リグハーヴスの女神教会にもこういった建物があるが孤児院だった。こちらは多分、その逆といったところだろう。

 二階建ての建物の近くには畑と井戸があり、井戸の側に黒い修道服を着た麦藁色の髪の人狼が居た。作業で汚れた手を洗っていたのか、帯に引っ掛けていた手拭いで手を拭きながらこちらを見ていた。

「こんちわー!」

 ヴェスパが声を掛けて前肢を振ると、手を振り返してくれた。近付いてみると、人狼の聖職者は青年だった。ぱたぱたと麦藁色の尻尾を左右に振っているので、歓迎されているらしい。

「こんにちは。ここは〈終の家〉ですよ」

「教会あるよね?」

「ええ。教会と付属して〈終の家〉があります。身寄りがなかったり、家族と離れて暮らす高齢者が住んでいます。お知り合いがいらっしゃいますか?」

「ううん。教会に巡礼に来たんだ。次代、ええと軽量配達屋のテオとルッツに教えてもらった」

 ヴェスパの答えに、青年の笑顔が深くなる。

「あのお二人ですか。時々配達に来てくださるので、皆楽しみにしているんですよ。お時間があれば、お茶をいかがですか?」

有難う(ダンケ)。どこに箱馬車を置けばいいかな。森驢馬もりろばも連れて入っていいか?」

「ふふ、滅多にお客は来ないので、どこに置かれても大丈夫ですよ。森驢馬も大歓迎です。馬や森驢馬を育てていた入居者が居るので喜びます」

 そうは言われても邪魔になると困るので、教会前の広場の教会よりの端に停めた。

「よいしょ」

 ヴェスパが御者台から飛び降り、階段を引き出す。

「アメリ、階段だよ」

「にゃ」

 アメリの前肢を引いて御者台から下ろす。レニも危なげなく下りてくる。当然レニの頭上には熊蜂の編みぐるみのツィロがふよふよと付いて来ていた。

 箱馬車から離れた場所に二人を待たせてから、ヴェスパはイーを軛から外した。

「イー、おいで」

 イーの手綱を引いて二人の元へと行く。

「改めてカニンヒェンプーカのヴェスパとケットシーのアメリ、コボルトのレニだ。森驢馬はイー、この飛んでいるのが熊蜂のツィロ」

司祭プファラーのラインハルトです。僕は人狼ですが、ここに暮らしているのは殆どが採掘族です」

「ここはハイエルンだものな。アメリのあるじが人狼だし、それにリグハーヴスから来たから、採掘族にも慣れている」

 黒森之國は各領で暮らしている人種が偏っている。王都とフィッツェンドルフなら平原族、ハイエルンなら採掘族、ヴァイツェアなら森林族、〈暁の砂漠〉なら〈暁の旅団〉といったように。唯一リグハーヴスだけが人種がごちゃ混ぜで妖精も多い。

「主持ちなのに、旅に出て大丈夫なんですか?」

「ハシェと時々会うから大丈夫なの」

 主と離れていると聞いて、ラインハルトが意外そうな表情になった。当然と言えば当然かもしれない。主に憑いている妖精は、殆どが離れずに一緒にいるものだ。

 アメリの場合は、時々〈転移〉が出来るエンデュミオンや双子コボルトが、ハシェを連れて来てくれる事になっている。漂泊の民への偏見が完全になくなった訳ではないので、ハシェはリグハーヴス以外には出歩かない方が無難なのだ。箱馬車の中では安全だ。

「ヴェスパも主が居るが、遠出する許可を貰っているぞ」

 憑いていないとはいえ、ヴェスパはテオの臣である。大魔法使い(マイスター)なので政治には関わらないが。

「そもそも妖精が単独で領を越えるとなると煩いからな。ちゃんと越境許可証を貰っているぞ、司教ビショフフォンゼルから」

「司教!?」

 驚くラインハルトにヴェスパは頷く。

「ヴ。ヴェスパの師匠ししょーが知り合いで」

「……ええと、どなたが師匠が聞いても?」

「エンデュミオン」

「あの?」

「ヴ。エンデュミオンはこの國に一人だけ」

「あれ? ヴェスパ……? もしかして大魔法使いヴェスパ!? 銀鈴ぎんれいの大魔法使い!?」

 漸く思い当たったらしいヴェスパの正体に、ラインハルトが大きな声を上げる。

「ヴ」

 頷くヴェスパの胸元で、団栗どんぐり型の銀鈴がちりんと鳴った。


レニを拾ってから初めての巡礼です。

〈終の家〉がどうしてルッツのお気に入りなのか。ルッツ、お年寄りにとても可愛がられるからです。


ヴェスパの大魔法使いとしての二つ名は『銀鈴』。

エンデュミオンは『伝説』や『災厄』と言われていますが、正式な二つ名は『翡翠』です。

翡翠色の木竜グリューネヴァルトを連れているからですね。 

誰も呼ばないし、殆ど知られていなさそう……。孝宏はちゃんと教えてもらっています。


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