19.敬愛 と 20.合縁奇縁
「九尾の妖狐様」
仙人でもあり妖怪でもある男は、奏でるように敬愛する主の名を紡いだ。
「本当にあの異世界の少年を、凍夜様の相棒にとお考えなのですか?」
絶世の美男と謳われる九尾の妖狐は寝転んだ状態のまま、細い青色の帯を編み込んだ、やわく緩やかな男の銀色の三つ編みを軽く持ち上げてのち、うっそりと微笑んだのであった。
(2024.3.15)
姜芳が燧乎に栞太を預けて、一週間が経った頃。
姜芳は燧乎を招いた。
水墨画のように黒と白の濃淡の色しかなく、殺風景な姜芳の岩へと。
姜芳の岩に足を踏み入れれば、身体や衣服、身に着けている物なども黒と白の濃淡の色でしか表現されなくなるのだ。
「どうですか?栞太少年は?」
庵の中にて。
円卓に座っていた姜芳は己の宝貝、万花衣で身体を大きくさせた燧乎と真向かいに座りながら、黒豆茶を出しながら尋ねた。
「あの重力場のままで三日間様子を見たが、寝転んだままだった」
「まあ。そうでしょうね。只の人間ですから」
「そうだ。だから最も軽い重力場にした。それでようやっと、起き上がれるようになって、今はようやっと歩けるようになった」
「わたくしたちにはわかりませんが、栞太少年にとってはすごく苦しく辛い環境のはず。もう止めたいと泣き言を口にしましたか?」
「いいや。してないな」
「そうですか」
「紅鶴の報告によれば、栞太は大仙人様の宝貝、導香によって、やる気が引きずり出されたんだっけか?」
「ええ。そのようですね」
「ふ~ん」
「紛い物のやる気でも見放さないんですね?」
「引きずり出されている状態なわけだろ。紛い物じゃねえよ。あいつのもんだ」
「ふふ。やはり、あなたにお任せして正解でした」
「只の人間にやけに親切だな、姜芳。何か思惑があるのか?」
「まあ………大仙人様が強引に釣り上げたとはいえ、この仙界に来たのです。これも合縁奇縁。只の人間でも、前途有望な若者を応援するのも、仙人の責務かと思いましてね」
「………まああっしは、やる気があれば、何でもいい。一緒に修行するだけだ」
「はい。黒豆茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しますが、お代わりはいかがですか?」
「いや。そろそろ、帰る。お目付け役を置いてきたが、面倒を見ると決めたんだ。なるべく傍に居てやりたい」
「わかりました。ではまた」
「ああ。またな」
燧乎は冷めた黒豆茶を一気に飲み干してのち、席から立ち上がった。
「よろしくお願いしますね」
姜芳は宝貝、亀雲に乗って去って行った燧乎を庵から出て見送ってのち、黒豆茶を飲み直そうと庵へと戻って行ったのであった。
(2024.3.16)