163.オレンジジュース
栞太が住む世界の栞太の家にて。
どうぞ。
栞太は九尾の妖狐の前に円卓を置くと、まだ冷蔵庫で冷やしていなかったオレンジジュースの缶をお盆ごとその円卓に置いた。何故か、所望していない水のペットボトルも一緒に。
うむ、感謝する。
九尾の妖狐はオレンジジュースの缶を手に取ると、ステイオンタブを音を立てて開いては、オレンジジュースを飲み干してそっとお盆に乗せ、馳走であったと言った。
「うむ。粒々入りだのう」
「もしよかったら、お水もどうぞ。常温です」
「うむ。至れり尽くせり。もしや、凍夜の保護者特別待遇かのう?」
「いえ。この家に来た人たち全員待遇です」
「はは。この家に来た者たちは幸せだのう。凍夜も来ればよかったのじゃ」
「凍夜殿は来ませんよ」
「断言か?」
「はい」
「では、逢瀬はどこで果たすのかのう?そなたが仙界に来るのかのう?」
「いえ。俺も仙界には行きません。大仙人様の任務はもう果たしましたので」
「ふむ。確かに、凍夜とは相棒にはなれたが、万葉桃を使って呪いを解いたそなたとは違い、凍夜のポメガバースの呪いはまだかかったままじゃ。相棒として癒し続ける必要があるのではないかのう?そ、れ、と、も。そなたが相棒となったので、呪いはかかったままではあるものの、もう凍夜はポメラニアンにならぬという自信があるのかのう?」
「はい。と言いたいですけど、多分、この先も凍夜殿は疲れたりしたら、ポメラニアンになると思います。でも、凍夜殿を癒す方は大勢居ますので。九尾の妖狐殿も居ますし」
「妾は凍夜を癒せぬが?」
「いつかは癒せるんじゃないですか?」
「………そうかのう?」
「はい」
「………そなたは凍夜に会いたくないのか?」
「会いたいですよ」
「だが、仙界には行かぬ。と言うのか?」
「はい」
「凍夜もそなたの世界に来ぬと断言しておる」
「はい」
「会えぬのう」
「はい。会えませんね」
「夢の中での逢瀬を期待しておるのかのう?」
「いいえ」
「悲壮感がまったくないのう」
「はい。だって、凍夜殿と俺は相棒ですから。例えばこの先一生会えなくても問題ないです」
「ふむ。会いたいので仙界に連れて行ってくれという言葉を期待したのがのう」
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
「はは。言うのう」
九尾の妖狐と栞太は顔を見合わせては、笑い合ったのであった。
(2024.5.13)