160.遠い目
三千歳草の仙界、弩九の岩にて。
調子が悪いとの震霆の申し出により点検を行っていた弩九は、どこにも異常はないと震霆に言った。
「ですが、全身のどこもかしこも痛いのです。時間をかけて点検を行ってくれませんか?」
雷岩を削ったりくり抜いたりして造られた、上部の蓋がない長方形の箱に寝かされていた震霆は上半身だけ起こすと、傍らで背を向けて作業をしていた弩九に点検のやり直しを訴えた。
「キミが納得いかないのならば、納得いくまで点検しても構わないがね。どれだけ時間をかけようが、点検方法を変えようが、結果は同じだと思うが、それでも点検するかね?」
「はい。お願いします」
弩九は震霆に背中を向けたままわかったと言うと、少し間を置いて言葉を紡いだ。
「凍夜が栞太少年を相棒にしたらしいね」
「はい。九尾の妖狐が出鱈目を吹聴しているのではないかと思い、凍夜に直接尋ねてみたところ、その通りだとの返答をもらいました」
「キミの不調はその時から発生したのではないかね?」
「………言われてみると、そう、かも、しれません、が、理由が、わかりません」
失恋したからだ。
言ってしまいたかったが、弩九は言わなかった。
(まあ、そもそも、相棒が恋に落ちた相手とは限らないからな。ゆえに、震霆が失恋したと断言はできない。恋が成就する可能性は残されているのだ。ここは今まで通り、見守るか)
「………キミを創造したのは、我だ。キミが納得するまで付き合おう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる震霆に寝るように言いながら、いつになったら震霆は己の気持ちに気付くのだろうかと遠い目になる弩九であった。
(2024.5.10)