146.ふわりぷかりちゃぷん
凍夜の秘密の場所にて。
ふわりぷかりちゃぷん、ふわりぷかりちゃぷん。
川底が深く流れが静かな瀞のような、桃の甘い芳香が漂う、温度が少しぬるめの温泉で、凍夜と栞太は手を繋いだまま、仰向けになって、静かな水の流れに身を委ねて漂っていたが、栞太が度々、ゆっくりと静かに沈みそうになるので、凍夜がゆっくりと水面へと引き上げて、水面に浮かせて、共に漂っていた。
ふわりぷかりちゃぷん、ふわりぷかりちゃぷん。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて、浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
静かだった。
凍夜も栞太も一言も声を発そうとはしなかった。
ふわりぷかりちゃぷん。
ふわりぷかりちゃぷん。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
静かだった。
とても、とても、静かだった。
ふわりぷかりちゃぷん。
ふわりぷかりちゃぷん。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
へただなあ。
凍夜は声を発さず、笑みを口の端を上げるだけに留めた。
力を抜くのがどへたくそ。
常に力を籠めているから温泉の中に沈んでしまう栞太はしかし、驚きの声を一つも上げようとしない。
ただ静かに、沈んでいく。
わかっているのだろうか。
凍夜が必ず引き上げてくれる事を。
いや、もしくは仙羽衣が必ず引き上げてくれると思っているのか。
もしくは、自力で引き上げられると思っているのか。
ふわりぷかりちゃぷん。
ふわりぷかりちゃぷん。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
それとも、このまま沈んでいいと、思っているのだろうか。
ふわりぷかりちゃぷん。
ふわりぷかりちゃぷん。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
もしも、この手を離したら。
凍夜は思った。
もしもこの手を離したら、慌てて掴み直しに来るだろうか。
それとも、ただ静かに沈んでいくのだろうか。
もしくは、元気いっぱいに、仙羽衣が引き上げてくれるのだろうか。
元気いっぱいに、自力で引き上がるのだろうか。
ふわりぷかりちゃぷん。
ふわりぷかりちゃぷん。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
浮いて、漂って、沈んで、引き上げて。
ああ、静かだなあ。
凍夜はそっと、目を瞑った。
(2024.4.25)