145.ちょこんと
凍夜の秘密の場所にて。
よく考えてみて。
凍夜は栞太の目を確りと見つめて、言葉を紡いだ。
「一回、僕を癒してポメラニアンから仙人に戻すっていう大仙人様の任務は忘れて。もしも、何も任務も課せられなくて、自由に仙界で過ごしていいって言われたとしたら。君は仙界に残る?仙界に残らない?」
「………俺は、凍夜殿を癒して仙人に戻す為に、この仙界に連れて来られたんです。任務がない以上、俺が仙界に居る理由はありません。俺は俺の世界に戻ります」
「本当に君の世界に戻りたい?」
「はい。戻ります。俺の世界は仙界じゃありませんから」
「………そう。だったら、早く君の呪いを解いて、君は君の世界に帰らないといけない。僕の事は気にしなくていいから」
「いえ。そういうわけにはいきません。凍夜殿の呪いを解くまでは帰りません」
「大仙人様が僕の呪いを解いてって言ったの?」
「いえ。言っていません」
「だったらどうして僕の呪いを解くまで帰らないって決めたの?」
「俺なりに考えた結果です」
「………大仙人様に認めてもらう為に?」
「はい」
「………う~ん」
(呪いを解かなくていいって言っている僕の意思は丸無視なの、このわからずやって怒るところなんだろうけど。う~ん。これはもう、大仙人様を説得した方が早い、かな。う~ん)
「あのさ」
「はい」
「万葉桃を、僕と君、どっちが使うか。場所と時間を改めて話し合いたいと思うんだけど。それまでは僕が預かっておく。それでいい」
「………そう言って油断させて、俺の呪いを解く気じゃないですか?」
お、と、凍夜は思った。
愉快というか、嬉しいというか。
少しだけ、幼い、いや、栞太が見せたい栞太を見られたような気がしたからだ。
「信用ないなあ。そんな事はしないよ」
「………わかりました」
栞太は万葉桃の刀身を挟んで動きを止めていた両の手を離した。凍夜はありがとうと言って、万葉桃を己の中に隠した。
「よし。じゃあ、行こうか」
凍夜は少しだけ微笑んで、片手を栞太に差し出した。
栞太は少しだけ間を置いてのち、凍夜の片手に己の片手をちょこんと乗せたのであった。
(2024.4.24)