144.選択
凍夜の秘密の場所にて。
桃の甘い芳香が漂う、温度が少しぬるめの温泉から、空の色を彩り薄く水が張った塩田に変わってしまった中。
足の裏で塩がざらつき、足首まで水を浸からせては、共に立っていた凍夜と栞太は少しの間、無言で見つめ合っていたが、やおら口を開いた凍夜がこの沈黙を破った。
「説明してなかったね。これは君の九尾の妖狐にかけられたポメガバースの呪いを解く為の道具だから、安心して斬られていいんだよ」
「はい、知っています。万葉桃ですよね。万葉桃を使えば、凍夜殿のポメガバースの呪いは解けるとも教えてもらいました。俺が凍夜殿の真の相棒であったら、呪いを解けると」
「………そう。これが呪いを解く万葉桃だって知ってたなら、何で防ぐの?」
凍夜は栞太の目から、栞太が万葉桃を真剣白刃取りをしている両の手をちらと一瞥してのち、また栞太の目へと視線を戻した。
(仙人に戻った僕の剣裁きを防げるなんて信じられない、けど。短い間だけど、燧乎と一緒に修行をしていたなら、ただの人間のこの子でも、できない事はない、か)
「凍夜殿の呪いは解けると九尾の妖狐殿は言っていましたが、俺の呪いは解けるとは九尾の妖狐殿は言っていなかったですし、それにこういう呪いを解く類の物は、一度使ったら消滅するとか、そんな感じの物が多いので、凍夜殿の呪いを解くべきだと思います!」
「九尾の妖狐が僕の呪いが解けると言って、君の呪いが解けると言わなかったのは、単に言い忘れだろうし。確かに、呪いを解く道具の使用限度は一度きりかもしれないって考えは同意できるし。だから君の呪いを解くよ」
「俺を真の相棒だと認めているって事ですか!?」
「………そんなに嬉しそうな顔を向けないで。君を真の相棒だなんて思ってないから。九尾の妖狐の言葉は話半分に聞きなさい。真の相棒じゃなくても、万葉桃は力を発揮するから」
「………そう、ですか。それ、でも。だったら。やっぱり、凍夜殿の呪いを解くべきです!」
「いいや。絶対に君の呪いを解く。そして、まっさらな状態で君は選ぶんだ」
「選ぶって、何をですか?」
「仙界に残るか、残らないか」
(2024.4.23)