142.秘密の場所
桃の甘い芳香が漂う温度が少しぬるめの温泉だった。
荒波が次から次へと押し寄せてくる大海原だった。
緑茶のほろ苦くも爽やかな芳香が漂う少し熱めの温泉だった。
洞窟の中の鍾乳石が織り成す棚田のような光景の、百枚皿に浸かったとても浅く冷たく水だった。
流れが緩やかで浅く少しぬくい川だった。
石積みの壁で囲まれた深く凍りつくような冷たい井戸だった。
風景がぼやけたかと思えば見えなくなるほどに濃い霧の中だった。
急降下の水量が激しい滝だった。
打たせ湯の少し熱い温泉だった。
温泉に癒されたり、海に溺れかけたり、温泉に癒されたり、光景に癒されたり、水流と温度に癒されたり、冷水と深度に凍りついたり、見えぬ光景に不安になったり、ジェットコースターみたいで少し楽しかったり、肩と背中凝りに効いて癒されたり。
目まぐるしく変わる景色に状況に状態。
すべてが水関連。
今はまた、桃の甘い芳香が漂う、温度が少しぬるめの温泉だった。
栞太は後ろの丸く平べったい石に頭を預けては、学ランを着たまま全身を温泉に浸からせていた。
凍夜は仰向けになって温泉で浮いていた。
ここは凍夜だけが知り、凍夜だけが行ける秘密の場所であった。
(2024.4.22)