140.三つの心臓
人間界の竹林にて。
「九尾の妖狐様」
「わかっておる」
心槍は、己の妖具、青丹に取り込んでいた凍夜と栞太が忽然と姿を消した事を伝えようとしたが、九尾の妖狐には無用だったと、口を噤んだのであった。
数時間前の事だ。
突如として、心槍の妖具、青丹から九尾の妖狐が出て来た時、心槍は口から心臓が飛び出すかと思った。
取り込んだ記憶が一切なかったからである。
そもそも取り込めるはずもないわけである。
力の差がありすぎて己の意思ではとてもとても取り込めないのである。
心臓が三つに増えて、内二つが耳の傍らに移動したのかと疑うほどに、心臓の音が身体を支配する中でも、心槍の耳は確かに九尾の妖狐の言葉を聞き入れていた。
曰く。
妾が合図を出すまでは決して凍夜と栞太を、妖具、青丹から取り出してはならない。
妖怪界の長である九尾の妖狐の命である。
心槍は瞬時に首を縦に振った。
(お、怒られなくて、よかった)
妖具、青丹から凍夜と栞太を逃した事を咎められると思っていた心槍はひそやかに安堵の溜息を吐き出しながら、九尾の妖狐から、こちらを見る灼蛍、琅青、八雲、そして、未だに眠っている來凱にちらと一瞥をくれてやってのち、また、九尾の妖狐に視線を戻した。
とても機嫌がよさそうだった。
よかった。
心槍は朝日を背負う九尾の妖狐を涙目で見つめた。
とても、眩しかった。
(2024.4.21)