139.子ども体温
人間界の竹林。
心槍の妖具、青丹の中にて。
このまま押し通せば呪いを解けるだろうか。
栞太にやわく抱きしめられている凍夜は考えた。
両の手で万葉桃の柄を掴んだまま、抱きしめられている今、刃先が栞太の身体に当たっている状態だった。
このまま万葉桃を押し通せば、呪いを解く事が。
(………できる、かな?)
栞太が竹林に下りてくる前の話である。
淡雪筍を探していた凍夜は、琅青に言われたのだ。
万葉桃を使って呪いを解く為には、対象者に向かって振り下ろさなければならない。
当てるだけではだめなのだ。
突き貫いてもだめなのだ。
振り下ろさなければならないのだ。
(押し通すのは止めよう。呪いを解く道具の使い道を誤ったら、変な作用が生じるかもしれないし)
凍夜は万葉桃を両の手で挟んだまま、栞太に抱きしめられている今の状況を、さてどうしようかと考えた。
(赤子をあやすみたいに、ぽんぽん背中を優しく叩いているし。たくさん動いて疲れたでしょうおやすみなさいって言いたいのかな?まあ、その通りだけど。万葉桃を両の手で挟んで振り下ろし続けたから、手と腕だけじゃなくて、全身がもう疲れたし。このまま眠らせて………は、だめ。万葉桃を隠さないと。その為に、この子には手を離してほしいんだけど)
栞太もまた、片腕で凍夜を抱きしめたまま、まだ万葉桃の柄を片手で掴んでいる状態であった。
凍夜が力を使って物を隠すには、凍夜だけがその物に触れている状態にしていなければならなかったのだ。
(子ども体温って、言うんだっけ?)
栞太に万葉桃の柄から手を離してもらうにはどうすればいいのか。
その答えを考えようとした凍夜であったが、まどろみのせいで、うまく働かせる事ができなかった。
思考の働きを邪魔するのは、栞太の体温である。
凍夜が寝転がった栞太の胸に乗っかった時は、心臓の音と、圧死させるのではないかとの危惧から、まったく感じる事はなかったのだが、ぽかぽかしているのだ。とても。
子ども体温というやつだ、と凍夜は思った。
眠気を上昇させる、ぽかぽか体温に抗う事はできるのか。さらに、ぽんぽん叩きに抗う事ができるのか。
否。
疲労で堪えている、しかもポメラニアンの姿では、抗う事など。
(………しょうがない)
栞太と自分ごと、万葉桃を隠そう。
(2024.4.21)