132.万葉桃
時が遡る。
栞太が人間界の竹林で淡雪筍を探す凍夜と琅青の元に行く前。
仙界の燧乎の岩の小さな家で、修行に励んだ結果、夕刻という時間帯ではあるが早めに眠っていた栞太の元に、身体を掌の大きさまで小さくした九尾の妖狐が現れたのだ。
小さな家の中に入り込んだ九尾の妖狐は栞太を一声で起こすや、座を正した栞太に言ったのだ。
凍夜のポメガバースの呪いを解く、万葉桃を授けよう。
『妾は九尾の妖狐。凍夜の真の相棒であるそなたであれば、万葉桃を使いこなせるであろう。凍夜の真の相棒であるのならば』
何故呪いをかけたのに、呪いを解く万葉桃を与えようとするのか。
初対面である九尾の妖狐ではあるものの、大仙人から凍夜にポメガバースの呪いをかけた張本狐だと聞かされていた栞太は、けれど、その疑問をぶつける事はしなかった。
九尾の妖狐の妖力にあてられては恐縮し疑問をぶつけられなかったわけではなく。
その疑問をぶつけるよりも、違う疑問をぶつけたかったからだ。
『あなたは、凍夜殿を愛していますか?』
大仙人の仙力で動いている宝貝、仙羽衣が微動だにしない事から、危険ではないと判断した事。
燧乎から、凍夜が九尾の妖狐に拾われた時から九尾の妖狐の後継者として接せられていて、それが嫌で、仙界に逃げていると聞かされた事。
知らない事、わからない事だらけの中、凍夜を癒す唯一無二の相棒になれとの大仙人から課せられた任務を全うする為に、今は、凍夜と九尾の妖狐の関係を聞いてみたかった。
九尾の妖狐が凍夜を愛しているか、知りたかった。
栞太の真面目な顔を受けては、真面目な顔をしていた九尾の妖狐は、やおら微笑を湛えた。
『愛しておる。ゆえに、そなたを、凍夜の相棒に選んだのじゃ』
ゆるり、ゆっくり、ゆったりと。
赤子を優しく寝かしつける親のように。
九尾の妖狐は栞太に話した。
『大仙人が異世界から釣り上げたゆえに。か弱き存在である人間であるがゆえに。そして』
愛情を注がれながらも、愛情を感じながらも、愛情を信じられぬ、愛情が抜け落ちる、そなたであるがゆえに。
『さびしいと、誰にも言えぬ、そなたであるがゆえに』
(2024.4.17)