128.静か
人間界の竹林。
心槍の妖具、青丹の中にて。
本当にこのまま栞太を異世界に帰していいのか。
誕生しては、少しずつ膨らみ続ける疑問は、しかし、捨て置けばいいと思っていた凍夜であったが。
少し整理してみよう。
凍夜は順序立ててこの疑問に向き合ってみようと思った。
(もしも本当に、この子がさびしい気持ちを持っていたとして。今のこの子にとって、そのさびしさを失くしてくれるのが、大仙人様。精神的、または肉体的疲労が増した時にポメラニアン化する呪いは解けそうにないから、この子にとってポメラニアンから人間に戻す為に必要な生物である大仙人様も一緒に、この子の世界に戻そうと思っている。大仙人様にはこの子の寿命を終えた時に帰ってくるように言い含めて)
よしこれで万事解決だ。
栞太がポメラニアン化しても、大仙人が癒して人間に戻せば、それでいいだろう。さらに、九尾の妖狐の話を信じるのであれば、大仙人だけが栞太を癒して元に戻せるのではない。栞太が選んだ生物ならば、何でも可能なのだ。
つまり、栞太が己の世界で呪いを解いてくれる生物と出会って、事の説明をして、その生物に受け入れてもらえば、大仙人はお役御免になるというわけだ。大仙人は見守り態勢に入って、やはり栞太の寿命が尽きた時に、仙界に戻ってくればいい。
希望論だが、栞太にかけられた呪いは、時間経過により解けるかもしれない。
そうなれば本当の本当に、万事解決というわけである。
よし、やっぱり、栞太と大仙人を一緒に異世界に帰せばいい。
そう思おうとしたが、できなかった。
ちょっと待ってと、制止する己の囁き声が聞こえたのだ。
(そもそもな話。もしも、この子の世界が異端者に寛容でないとしたら?人間が犬に変化するなんて、通常だったらあり得ない現象だし。抹殺、もしくは、研究材料にされたり、とか?もしそうだったら、異世界には帰せない。それに、もしも、ずっと、大仙人様だけしか、呪いを解けなかったとしたら?癒してくれるのは大仙人様だけだって、この子は大仙人様に求婚するかもしれない。そして、大仙人様は罪悪感から求婚を受け入れるかもしれない………まあ、運命の相手だったという事で、いいのか、な。うん。大仙人様だって生物だしね。結婚しても変じゃないし。この子の世界に存在を取り組み事も可能だろうし。大仙人様だし………う~ん)
もしも、前者の仮定が事実だったとしたら、このままみすみす帰すわけにはいかない。
大仙人がどうにかしてくれそうだが。
(………そっか。大仙人様が全部どうにかしてくれる、か。記憶操作とかして。いや。もしもこの子の世界で大仙人様の仙力が通用しなかったとしたら?やっぱり、帰すわけにはいかなくて。やっぱり、呪いを解く方法を何とか見つけないといけなくて………)
凍夜は寝そべらせていた身体を立ち上がらせると、しっぽは胸に置いたまま、栞太を直視しては、静かだと、心中で呟いたのであった。
(2024.4.16)