第一章 遺作
初めまして。ナナシと申します。
つたない文章だと思いますがよろしくお願いします。
第一章 遺作
痛みには種類があると思う。
鋭い痛み、鈍い痛み、激しい痛み、緩い痛み、体の痛み、そして心の痛み。
私はそれなりに痛みを体感している方だと思う。
私は毒親のもとで生まれた。暴力、暴言は当たり前。そんなことなら私のことなんか生まないでくれよと思う。
今日も変わらなかった。殴られた。暴言を吐かれた。ご飯なんてなかった。
父親は私の教育以外何も興味がない。私の態度が気に食わなかったら暴力を振るい、私の成績が悪かったら暴言。そんな生活が続いて気分がすぐれなかったある日、私はご飯が食べれなかった。そんな私に対して父は
「誰の金で飯が食えていると思ってる!食え!」
という怒声が私の耳を貫く。私の心は確実に病んでいった。
母親は父親の奴隷のようだった。ご飯を作り、家事をする。まるでアンドロイドだ。
アンドロイドと父は当然会話をすることなんてなく、父親の言うことを忠実に聞いている。
この二人は完全に主従関係が出来上がっている。だが、その主従関係の枠外で一番下にいるのは私だ。
この関係が出来上がったのはある日の出来事がきっかけだった。
私のテストの点数が悪く、母親は呆れて父親は私のことを怒鳴りつけていた。その頃はまだ、主従関係ではなくお互いに無関心といった感じだった。
母親は私に呆れていて気分を悪くしていたのか、怒鳴る父親に対して
「声のボリューム落として」
と言ったら怒りの矛先が母親に向かい、父親の拳が母親に向かって伸びていった。その一件から母親は父親の奴隷になり下がった。
私は普通の夫婦がわからなくなった。
私はこんな教育を受けてきた影響で望んでいなかったが頭がよかった。難しい文章も読めるし因果関係や伏線を張り巡らせている本も好きだった。
その中でも
「人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。」
この文章は格別に好きだった。その通りだと感銘を受けた。私にとっては両親は鬼のようなもので人間には思えなかった。私が住んでいる家は鬼二人が作ったとても住みにくい世界だった。
文章を読んでいくうちに私は文学が好きになっていった。
家に帰ってもいいことはなかった私は学校の図書館に入り浸った。学校で勉強してから帰っていることにすれば父親は何も言ってこなかった。
図書館は、はっきり言って天国だった。うるさい声もしなければ、うっとうしい人の影もない。なにをとっても満足な空間だった。
だが、いい時間というものはあっという間で毎回図書館の先生の
「そろそろ時間だよ」
の声を聞いて地獄に帰るのが日課になっていた。
文学が好きになってから、私は自分でも文章や小説を書き始めた。
読むことをずっとしていた私が書くことを始めたきっかけは覚えていない。覚えていないということはきっと些細なものだったのだろう。
初めて作った小説はひどいのものだったと思う。
それでも私は文章を、小背を書くことを心地よく思っていた。
ずっと小説を書いていた私はある日、コンテストに参加することにした。書籍化などの大きな景品はついておらず、少額のお金が景品の小さいコンテストだった。結果から言うと、私はそのコンテストで銀賞をもらった。
確か内容は、警察官の彼氏を殺害で亡くしてしまった彼女が時を戻って彼氏を救う物語。
この物語の内容は忘れっぽい私でも覚えている。この作品で私は万人受けを狙いに行って自分の好きな展開を採用しないで激しく後悔したからだ。
本当はこの物語は時間が戻っても彼氏が死んでしまい、世界に勝てなかったことを悲しんで彼女である主人公が後を追って終わりにしようと思っていた。
世界に負けてほしかったのだ。作者である私のように。世界に馬鹿にされるかのように惨めになって欲しかった。
それでも私は賞が欲しかったから万人受けしそうな愛情が世界に勝つストーリーを採用した。
だが、ゆがんだ過程で育った私は愛情なんてものを知らなかった。自分の両親は口を利かない。勉強ばかりで友達もいない。そんな私が美しい愛なんて書けるはずがなかった。
だから、いろいろな本を読んで勉強した。愛は何なのか、なぜ人を愛すのか、人に嫌われながら人を愛し生きる理由はなんなのか。
そうして、出来上がったのが私の第一作品目『愛情聴取』だった。
私は銀賞を受賞した瞬間は満足していた。その文字の通り満たされてた。私の作品が、私の愛情に対する解釈が世界に認められたのだと。景品であったお金も通帳を持っていないということでギフト券に変更してもらい手に入った。
一番うれしかったのは、私の小説が別のサイトで掲載されたことだ。これも景品の一つで銅賞までの作品は別サイトで大きく掲載されることが決まっていた。
そこで私は考えてしまった。
金賞の作品はどのようなものなんだろう?
私は自分の一個上の評価をされている小説のURLを押した。
結果から言うと素晴らしかった。文書はきれいだし、文を見るだけでその時の情景が目の前に広がりそうなぐらい鮮明な文章だった。
だが、私の文章だって引けを取らないものだと、客観的に見ても思う。なにより、気に食わないのは終わり方だ。金賞の作品は私が捨てたバッドエンドの作品だった。万人受けを狙ったために捨てたエンドが、結果的に私の作品よりも万人が素晴らしいと評価したのだ。
その事実がとことん私の腹を立てた。
その日から私は万人に受ける小説ではなく、私が書きたい小説。私が面白いと思う物語を書き始めた。
しばらくすると小説の原稿が返ってきた。書籍化はされないコンテストだったから郵送で送った原稿が運営から送られてきたのだ。
私は普段厳しい父親も喜んでくれるんじゃないか。という少しの期待を胸に父親に原稿を渡して
「私が書いた小説です。小さいコンテスト出すが銀賞をもらいました」
父親は目線を小説に落として私の手から原稿をとって破り捨てた。
「小説なんて金にならないもの作ってないで勉強しろ」
その言葉が私の耳以上に心に突き刺さっていた。
私はあの後自分の部屋に戻ってひたすら泣いていた。悔しかったのだ。
自分の物語を捨てられたことが、自分の努力が一種の力で無にされたことが。
私はまた世界の理不尽の負けたのだ。
悔しくて悔しくてたまらなかった私は、書いていた小説をインターネットに投稿し始めた。コンテストの影響もあってか私のことを知っていて、すぐにフォローしてくれる人もいた。
父親は私が小説を書くことをよく思っていない。ということは母親も私が小説を書くことはよく思っていないだろうと考えて執筆は夜遅くに行うことにした。
私にとってインターネット小説は夢のような世界だった。コンテストよりも読んでくれた人の声は直接届くし、ダイレクトメッセージで応援してくれる人もいた。もちろん、対照的に誹謗中傷もあったが自分の両親の仕打ちに比べればなんてこともなかった。
小説に没頭している間も私は長い間、成績を落とすことはなかった。
この自由は私の成績と引き換えに存在するものだと本能的に理解していたのかもしれない。
なのに、私は成績を落としてしまった。本当に愚かなミスだったと思う。
理由はすごく単純でインターネット小説のコンテストとテスト期間が被った。私はコンテストの景品であった書籍化に目がくらんでしまった。
二兎を追う者は一兎をも得ずという諺の通りで、私はテストもコンテストも散々な結果で終わった。テストは一位以外を初めてとったし、コンテストでは普段読んでくれているファンの人たちも
「らしくない」
という声がとても多かった。期待を裏切るような小説になってしまって死んでしまいたかった。
父は仕事が終わった後に母親から私の成績が下がったことを聞かされた瞬間、通勤用の鞄が私の顔を襲った。私は衝撃で気絶したためぼんやりとしか覚えていないが確か大きく吹っ飛んだとは思う。
父親は私に対して何か怒鳴っていた。耳も少しマヒしていたのかうまく聞き取れなかった。唯一聞き取れた言葉は
「お前なんか死んでしまえ!この失敗作が!」
という、怒りに満ちた声だった。
そして今に至る。 私はこの短編もいいところのいや、遺書と読んだ方がふさわしいかもしれない『遺作』を最後にこの世を去る。
この作品は言わば、世界に敗北し続けた私を特定しようとしてくる人に託した悪あがきのようなものだ。
要するにこの作品は、私の人生そのものだ。私の人生の要約だ。
私の父親と母親をこの国の方で裁いてほしい。この世に負けてほしいと言う願いを詰め込んだものだ。
遺書でこんなものを書いてしまったら、きっと捨てられると考えた私は、拡散が容易なインターネットに垂れ流すことにした。
もしも、本当に父親と母親が裁かれる時、納得の行く裁きを下されなければ私は死してもなお、この世界に負けたのだろう。とても、とてもとても悔しいがその悔しいという感情さえも感じれなくなるような世界に私は行くのだろう。
それは人が作る世界か、はたまた人でなしや鬼が作る世界か、神が作った世界かは私は知らないが私は、そこで天命を全うした私のファンを待とうと思う。
私が生み出した叫びのような作品を、私の子供たちのことを愛してくれた人たちは私のように負けてほしくない。
だから天命を全うしたものだけを待つ。
最後に、私はこの作品を持ってこの世を去る。だが、作品は残り続ける。だから私の子供たちがこれからを生きる誰かの力になることを、ほんの少しだけ願っている。
本当に、本当にありがとうございました。
月乃 流花
カチッとクリック音が鳴る。
たった今、『遺作』を書き終わりインターネットに投稿した。正真正銘、この人生最後の小説、最後の執筆、最後の作品だ。
出来で言えば、そんなにいいものじゃないと思う。私の過去の作品を見れば『遺作』よりも綺麗な文章をしていたと思う。
それでも、私の中では最高傑作だった。万人受けを狙っていない私だけの言葉、私だけの文章。
こんなものが純文学とでも言うのだろうか。何て考えているとスマホが鳴った。
「最後か」
そんな言葉が口から出ていた。
いつ死ぬか。そんなことを考えながら生きてきてずっと先延ばしにしてきた私は『遺作』とともにこの世を去れるように執筆時からアラームをかけていた。このアラームが鳴ったら死ぬ。そう決めていたから早速自殺にとりかかった。
適当なホームセンターで買った縄を首吊りロープの形に結んで高いところに結びつける。その下に適当な台を置きその上に乗ってロープを首にかける。
死が足音を立てて私に近づいて来る感覚がする。
私は人生最後の深呼吸をして乗っていた台を蹴り飛ばした。
「ガコッ!」
と大きな音を立てて台がタンスにぶつかる。
私は宙釣りになり首が締まる。
息がどんどん苦しくなり意識がもうろうとしてくる。
「ギリギリ」
と音を立てて私の首が締まっていく。死の扉が目の前まで迫っているように感じた。
そしてついに私は意識を手放した。
まだまだ続きます。
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