【縁切りの復讐劇】
「なんだ、その格好は。その格好で何処へ行く気だ」
「ああ、これですか?最近、プライベートで外出する際。父上や母上、僕の命を狙う者が増えてきましたので。正体を隠す為にわざとおかしくも素敵な格好をしようと思いまして…。色様にお願いして作ってもらったのです。 行くのは最近、話題のカフェです。庶民の皆様が好むものを把握しておくのも、側近になるために役立つと思ったのですが…ダメでしょうか? 」
「ふむ、そういうことであるのならば、許可しよう。
無様に殺されては恥。庶民の好むモノにも王は興味を持ち、お食べになることもある」
「ありがとうございます。それでは、行ってまいります」
隠し通せる小さくささやかな抵抗をようやく青年と呼ばれる歳になってから出来るようになった。 いつまでも怯えていては、より自分の生き方を奪うだけになってしまうから。とはいえ、油断するのは良くないので、常に気を張って疑いをかけている。昔とは少し違い、今は誰かの秘密を暴き、人生を奪おうと影で潜んでいるのだから。
「まぁ、でも。お陰様で、些細な事じゃあ。俺の敵にはならねぇんだがな」
厳しい教育の末――いいや、虐待とも表せる教育のお陰で。敵対者に遭遇しても傷一つ負うことなく退治している。何より、押し付けられたことによって蓄積されたこのスペックが。徐々に仇となっていることに――、
「快輝」
愛しい声に呼ばれて、その先の事を考えるのを一時的に停止させる。
愛しい声の方へと足は無いが急ぎ足で向かい、こちらも名前を呼びながら待たせたことに謝罪をする。
「おー、色。すまない、待たせちゃって。結構、親父の視線がうるさくてよォ。言い訳するのに時間かかったわ」
「大丈夫。私も今来たところですから。ところで、サイズとか合ってました? 」
「勿論、合ってたぜ!緩くもきつくもなく、バッチリ!
居心地も最高だし、何より、色の手作りだもの!不満なんて一つもない! 」
愛しい者が作り、造って、創るものに不満に思うことなど一切なく。
今、着用しているこの仮面も。この服も。このマントも。どれも素晴らしいものばかりで欠点など存在しない。むしろ、俺のために全てを費やし尽くしてくれることに感謝しきれないほどだ。 だからこそ――、
「それならよかった…、じゃあ、最終チェックしに行きましょうか」
「ああ…!時間がかなり費やしてしまったけど。その分、爽快できる演出になっているからな! 」
今まで、虐待という教育によって蓄積されたスペックを愛しい者に全てを注ぎ尽くす。 それが恩返しであり、何より互いが互いに幸せになれる導きになるのなら、時間をかけてでも躊躇はしない。とはいえ、完成するのに青年と呼ばれる歳を迎えるほど時間がかかってしまったが。――いや、結果がよければ全て無問題。俺の悩みも解決でき、愛しい者の人生を取り戻すことができるのだから。
―――
「エンターキーを押せば、全て終わると……」
「ああ。いざ、実行するとなると緊張が走るけど…。色と一緒なら、たとえミスを犯しても無問題だ。すぐに解決できる」
「最期に言う台詞がそれですか? 」
「最期じゃあねぇんだけどなァ。じゃあ、色はどうなんだよ」
「そうですね…、私も同意見と言ったところですかね」
「ははっ、なんだよそれ。ウケる。……じゃあ、押すぜ」
「ええ、どうぞ。お構いなく」
最終チェックと他愛のない会話も終わり。いよいよ、復讐を実行する時が来た。
エンターキーを押せば、俺達の復讐は完了する。家柄の秘密、とある界隈の闇を暴きつつも、情報操作で世間を支配するという卑怯な手で。口に出した通り、緊張が走るものの。愛しい者と一緒なら、ミスを犯しても無問題だ。 だから、躊躇なく。勢いよく、エンターキーを押すことができる――。
「カチッ」と小さく音を立てて、復讐が実行される。
一瞬にして、家柄の秘密と界隈の闇が暴かれ、世界を混乱と批判へと巻き込んでいく。 こちらが何もしなくても秘密が次々と運ばれて拡散していき、息子が不憫な被害者として崇められ。 こちらが何もしなくても勝手に争い、互いを互いに潰し合い、愛しい者の生き地獄が薄れて消えていく。 二つの大騒動が重なり、思考も心も追いつかない中で。皮肉にも、優しくも、手を差し伸べられる。 嘘も本当も入り混じった新しい情報が現れ、世間を納得させて更なる騒動へと発展させていき。 家柄を地の底へと叩き落し、界隈を最初から無かったことになるまで消し去っていく。 そのスピードには目が追い付かないほど、積み上げてきたものも。積み重ねてきたものも。全て塵と化して抹消する。
だが――、何人かが不審に思い。この騒動には裏があると指摘し、真犯人を探るべく、血眼になって漁り始める。 真犯人を地獄に突き落とそうと、自分達の界隈を取り戻そうと、家柄を立て直そうと、必死になって奮闘する。 しかし、それは無意味で無駄でより悪化するものとなった。
真犯人の方が上手だった。用意周到とも表せるほど、そうなることを事前に予測し想定し、いつでも対応できるように頭を働かせていたのだから。
結局、その何人かも真犯人の掌の上で踊り操られていたのだから。
何をしても無意味で無駄になり、より事態を、騒動を、評価を悪化させるだけだった。 収束なんて言葉が見つからないほど、自分達で火の種を撒いて、火の粉を飛び散らせ、炎の渦を巻き起こしていくだけ。敵も味方も分からない酷く荒れた戦場を自らの手で次々と生み、地獄の底へと足を踏み入れ、即座に落ちていくだけ。それを昼夜問わず、何度も炎を燃え広がらせ、何度も繰り返して。何度も生み悪化させ。何度も血や死を出させて。
たったの一週間で焼け野原となり、家柄も界隈も誰一人残らず、空へと消え去ってしまった。 いいや、誰一人ではない。二人だけ残して、空へと消え去ってしまったのだ。 そう、真犯人である二人に負けて、空へと消え去ってしまったのだ。真犯人に、元凶に、復讐者に、俺と愛しい者に縁を切られる形で支配されてしまったのだ。 その結果に思わず――、
「あれまぁ…、手こずることもなく、意外とすんなりと果たせちゃったねぇ」
呆気にとられてしまうほど、家柄にも。界隈にも。世間にも。改めて、酷く失望したのだった。 それに対し、愛しい者は。
「それほど、貴方のスペックが素晴らしかったのですよ」
優しい声音と穏やかな微笑みで褒めたのだった。
―――
「とりあえず、俺達は被害者ってことで。色々と支援されるように仕向けることができたけど… このままってわけにはいかないよなぁ。何処か、将来的に永久的に安全で自由に暮らせるところを探さないと……」
「そうですね。ここだと、噂の生き残りの経験値稼ぎに狙われる可能性が高いですし。将来的に考えると、友好的だと称される街に住むしかなさそうですね」
「まぁ、結論としてはそうなるよなぁ。今は殺人鬼もいないみたいだし…、いやぁ、でも万が一の事を考えると」
「――それなら、俺達と一緒に暮らしてみるのはどうだ? 」
復讐が無事に完了し、跡形もない景色を眺めながら、これからの事について話し合う中で。 背後から落ち着いた低い声が聞こえ、警戒心を高めつつ、愛しい者を護る形で振り返ると――、 何処かで見た事のある風貌が映った。
その風貌に嫌な予感がして、喉が引きつりながらもなんとか声を出して。
嫌な予感が外れることを祈りながら、名前を尋ねる――。
「アンタ――、」
「――俺は蕾努 彗亜。この世界の王の元側近の使用人さ」
――尋ねようする前に答えを口に出され、嫌な予感を的中させたのだった。