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【厳しい教育の末】

代々、この世界の王の側近として仕えてきた家柄に生まれた俺は。

この世界の王の側近にさせるために赤子の時から虐待とも表せるほどの教育を受けていた。


「何をしているの!さっさと、背筋を伸ばし!顔を上げて歩く!遅い!それじゃあ、王を護れない! 」


「もう一週間も経っているというのに。こんなに立ち上がるのが遅いとは、私達に泥を塗る気かい? 」


生後間もない赤子に立てと、歩けと、罵るように命令してくる。

生後間もない赤子にそんなこと出来るわけがないのに。王の側近にさせるために、誰よりも早くと急かす。 急かし、無理に立つこと、歩くことを覚えさせては。次の段階へと強引に歩ませていく。 食事、勉学、作法、家事、戦闘の全てを赤子の時に覚えさせようと躾、教育し。 上手くいかなければ、背くようなことをすれば、逆らうようなことをすれば、命令に従うことができなければ。 罵声を浴びせ、一日中、休むことなく。より厳しく躾ける。そんな生活を過ごしてきたせいか、まだ赤子であるのに。立場の違い、命令厳守、現実の厳しさを知ることになってしまった。


―――


それから、数年が立ち。赤子から幼少、少年となり、年齢が上がるに連れて求められるスペック、罵るような命令はより酷いものとなっていった。食事や衣服、生活習慣は勿論の事。友人関係、夢を縛られ奪われて、生きている時間の全てを側近になるために尽くし制限させられる。


そんな逃れられない生き方に酷く苦しんだが、どう足掻いても閉ざされてしまうのなら致し方ないと諦めて。心を捨てて、思考することをやめて放棄し、ただ両親と家柄の為に踊り続けた。


自分が望む未来なんて、自分が願う幸福なんて、自分が欲する時間なんて、永遠に訪れないと失望して。


そのお陰か、幼いながらこの世界でトップクラスに入るほど成績優秀、世間の評価も称賛ばかりで信頼も得ており。この世界に栄光と安泰を齎す未来の英雄として称されていた。


しかし、両親はこの地位では認めず。より更なる上である一位に、完璧にならなければ、価値は無いものとして見ていた。そのため――、


「え…、見つからないように抹消するのですか? 」


「ああ、敵数は一切いない方がいい。だから、この道具で情報を操作しろ。お前なら、確実に出来るよな? 」


「一応、念には念をということで。これらの道具も渡しておくわ。上手く敵を全滅させるのよ、快輝」


「……了解いたしました」


情報操作や暗躍という卑怯で汚い手に染めることにも躊躇しなかった。

勝ち上がるには犠牲と生贄が必要とでも言うかのように、完璧になるのであれば赤子や幼い子供はどうでもいいと。酷く冷めた目をして俺に全てを押し付けてきた。


今回も断りたくとも出来ない状況に縛られて、俺は両親の意向のまま。両親が望むままに、影でも命令を実行した。その結果、ああ、勿論。俺は完璧な一位へと成り上がった。不自然さなどなく、完膚無きである完璧な一位に。これには両親も満面の笑みを浮かべて、ようやく価値があるモノになったと認めてくれた。これからも王の側近になるために地位をキープし、励み続けろと背中を押す形で相変わらず厳しく育てる。全てを奪って、全てを消して、全てを押し付け、俺に尊大な期待を寄せてくる。


俺はそんな光景に。


罪悪感も躊躇もない両親に。知りもせず、気にも留めない世間に。命令に踊らされる自分自身に。尊重もない教育に、卑怯な不正に、表向きでしか評価のない現実に。



「ああああああああああああああああああああああ! 」



気が狂ったように叫んだ。

これほどまで、酷い話は無い。

全てを奪われた結果、全てを奪うことになってしまうとは悲劇にも程がある。

今更ながら何故、俺はこの世界に、俺はこの家柄に、俺はこの両親の元に生まれてきてしまったのだろうと思う。 両親と家柄に怯えて、誰かの人生を奪ってしまうなんて。自分自身の生き方を奪ってしまうなんて。 英雄でも何でもなく、ただの陰湿な野郎だ。怯えずに生きれば、心を捨てなければ、思考することを放棄しなければ――。


「あのー、それ以上、壁に頭を打ち付けることはやめた方がいいですよ。

下手したら、出血多量とかで…死んでしまうと思いますので」


「――――」


「悩みがあるのなら、自分でよければ聞きますよ。なんか意外と他人に話した方がいいと言いますし……」


恐る恐る話しかける声に制止及び阻止させられて、意識が一瞬して冷静となる。

しかし、冷静になったと同時に頭蓋までに鋭い痛みが走り、痛みに耐えきれずにその場で――、倒れることはなかった。柔らかく温かい手に受け止められ、支えられて。その手の主の身体に寄りかかったことで倒れずには済んだのだ。そして――、


「おっと…、危なかった。ええと、大丈夫ですか?

うーん…、血だらけのせいで。何処の誰なのかは分からないけど……

と、とりあえず。病院に着くまではこれ以上、血が流れないためにも。私の顔隠しの布を被せますね」


今度は厳しい両親ではなく、優しい声音と手の思うままに動かされて病院へと連れ出された。


―――


「徹底的に調べたところ…、本当にただの善意で行った一般人のようだな。

はぁ…、大変、失礼な事をしてしまったことにお詫びと共にお礼をしよう。

疑ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。私達に出来ることがあれば、何でもお申し付けください。 このような無礼は二度と起こしはしません」


「い、いえ。頭を上げてください。疑われて当然ですし、助けるのは当たり前のことですから……」


「なんと有難いお言葉。なんと寛容な心。私達も見習わなくては。

それにしても快輝、彩舞 色様が手を差し伸べてくれたからよかったものの。醜態を晒すなんてどういうつもりですの? 」


「き、きっと、疲労が溜まっていたのですよ。

誰でも限界が来たら、気が狂ってしまうことはありますし。咎めないであげてください」


「そうね…、確かに彩舞 色様のお言葉にも一理ある。いいわ、今回の事は見逃してあげるけど。 次回は無いと思いなさい。疲労を完全に回復したら、すぐに業務に戻ること。いいわね? それじゃあ、私達は会議があるから席を離れてしまうけれど。ごゆっくりなさってください 彩舞 色様」


「何かありましたら、こちらのベルを鳴らしてお呼びください。すぐに駆けつけますので。それでは」


「は、はい」


「――――」


一連の流れを見聞きしながら、自分がしでかした事の重さに冷や汗をかく。

気が狂ったように叫んで、油断し醜態を晒した結果、一般人を巻き込んでしまうという事態を招いてしまった。今回は何事もなく、俺を救った恩人として、もてなされたからよかったものの。万が一、少しでも疑わしいところがあれば、敵対者として処理されていただろうから。そしてまた、今回の事でより自分という存在が誰かの生死を左右することになると理解する。この家柄に生まれた以上は本当に自分の言動には気を付けなければならない。怯えすぎても、逆らい過ぎてもいけない。境目をちゃんと見極めて、出来るだけ誰かの人生を奪わぬように。自分自身の生き方を――、


「あ、あの…、ええと。快輝様。あの時も言いましたが、悩みとかあるのなら。自分でよければ、聞きますよ。 大変失礼な事を言いますが、今は厳格なご両親もいらっしゃらないですし…、ああ、嫌なら。別に無理しなくてもいいので…」


思考するのを遮るように、恐る恐る小さく声をかけられ、心配そうにこちらを見つめてくる。 その声と瞳に対し、俺が思うことはただ一つ。あの時は気がつかなかったが。結構――、


「綺麗だよなぁ…、」


「え? 」


「めっちゃ…、俺の好み」


「は…、何の話ですか? 」


首を傾げるような仕草をして疑問符を浮かべる姿も実に可愛らしい。

俺のような陰湿な野郎も救ってくれる いいお化けで、声も丁度いい低さで落ち着いているし、瞳も七色の虹色に染まっていて綺麗だ――と先程まで思考していた内容を忘れてしまうほど、場違いな事を思っていた。


吊り橋効果というのもあるのかもしれないが。

何せ、目の前の恩人に心を奪われてしまっており、もうどうにも場違いな事しか思い浮かばない。 もういっそ、このまま。時間を忘れて、何もかも忘れて、このお化けと――、


「か、快輝様。何のことかはさっぱり、分かりませんが。

やっぱり、頭をぶつけたせいで。何処かおかしくなったのでは…? 病院に戻って。もう一度、検査してもらった方が」


「――頭がおかしいのは元からだから平気だ」


「そ、そうなんですか? 」


「そう…、こんな馬鹿みたいに厳しい両親の元で育ってしまったのなら。おかしくなり、偏ってしまうんだよ」


再び、声にかけられてことにより、場違いな思いに浸っていたところから目を覚まし。 何回目かの自分の生き方について考え直すことも踏まえて、悩みを無償で聞いてくれるそうなので。 お言葉に甘えて悩みを打ち明けることにした。


―――


「えー、まとめますと…。それは、心理的にも。肉体的にも。虐待…とも言えるような事をされてきたと」


「ああ、やっぱり。これは虐待とかだよなぁ…」


「そして、誰かの人生を奪うのは勿論。自分自身の生き方さえも奪ってきたと…」


「うん、そう。俺、自分も皆も奪ってきたんだ。取り返すチャンスはいくらでもあったのに」


「そうですね……」


悩みを打ち明けた反応は何処か冷めているようだった。

やはり、虐待があったからとはいえ。誰かの人生を奪うような生き方はダメなのだろう。 ああ、結局。改めて自分は陰湿な野郎なのだと強く自覚する。出来るだけ奪わぬようにとも思ったが、出来るだけじゃダメなんだ。確実に奪わぬようにしなければ、生き方を変えられない。しかし、そうは言っても現実は非情で。この家柄に生まれた以上は逃れられない。俺という存在がいる限りには。


――じゃあ、どうすればいい。どうすれば、誰かの人生を奪わずに自分の望むままに生きられる。


――この家柄に生まれた以上は、この生活を逃れられない。どうすれば。どうしたら。


――あれは、でも、だけど、それでも、違う、ああ、俺は、いや、嫌、俺はただ。



「――ぁぁああああ!嫌だ!俺、もうこんな生活は嫌だ!もう、もう誰かの人生を奪うことも。自分自身の生き方を奪うこともしたくない! 普通の…、一般的な生活がしたい!罵るような厳しい躾、教育なんかうんざりだ! でも、でも…!逃れられない!変えられない!切れない!ああ、ただ俺は望みを叶えたいだけなのに…、」


「快輝様…、落ち着いて。最後まで私の話を聞いてください」


再び、狂ったように叫ぶ。しかし、またそれを優しい声で制止及び阻止させられる。 そしてその優しい声は続けて、真剣な眼差しでこちらを見つめながら。淡々と口にする。


「快輝様、生きていくためには。誰かの人生を奪うのは致し方のない必要不可欠な事ですから。そこまで、気にする必要はないと思いますよ」


誰かの人生を奪うことは致し方のない事だと慰め、どうしてそれが致し方のない事になるのか、例を一つ上げて説明し。


「だって、生きていくための一つである食事には。

家畜と呼ばれる生き物や育てた植物、野菜達などの人生を奪わなければいけませんし。 誰かの人生を奪うのは致し方のないことです。 自分が幸福を得る生き方をするためには誰かを土台にして歩かなければ、不幸へと真っ逆さま。 不幸になって、生き地獄を味わうくらいなら。卑怯なやり方でも幸せを味わった方がいい。 この世で生きていくには罪悪感なんて気にしてはいられませんよ。どちらにしろ、後悔するのは遅すぎますから」


罪悪感を持つ必要はないと呆れたように述べ、卑怯でなければこの世界では幸せになれないと告げる。 何故、そう言えるのかは詳しくは分からない。しかし、そう言えてしまうほど現実を知り、体験してしまった事だけは真剣な眼差しから読み取れる。きっと、このお化けは。俺とは違う嫌な現実を知っているのだろう。だから――、


「と、まぁ。私はそう思うのですけど。それに、一番の元凶って。この世界の王だと思いますよ。 表向きの評価しか視ないで、面倒事に目を背け。悪人や快輝様のご両親を罰することをしない。被害者や貴方に全てを押し付けて、逃避し続けているのですから」


だから――、痛みを知っているからこそ、俺自身を責め立てることはしないのだろう。

だから――、出会って間もないのに俺はこのお化けに惹かれたのだろう。

だから――、俺に。


「快輝様。罪悪感なんか捨てて、貴方の望むままに生きてください。

不幸中の幸い、貴方は今の地位やスペックを逆に利用することができる。私という人生を捨てたお化けがいる。 今からでも遅くはありませんよ。貴方が望んでいる生き方を実現しましょう」


手を差し伸べ、奪われても構わないと優しく寄り添ってくれるのだろう。


しかし、心の奥底では失敗した場合の結果に怯え、不安と恐怖に満ちているのか。なかなかその手を取ることができない。 出会った時とは対照的に、今度は自分が恐る恐る声をかける。


「ねぇ…、本当にその手を取ってもいいのかな? 」


「あはは!今更、何を。というか、血だらけで顔がわからなかったとはいえ…。

狂ったように叫び、壁に頭を打ち付けている者に近寄るなんて。

偽善者か、人生を捨てた者、又は余程の死にたがりじゃないとしませんよ」


「だけど…、」


「抵抗があるのなら、私への恩返しということでやればいい。

不満に、苦痛に、地獄に思っているのは貴方だけじゃない。他にも沢山います、そのうちの一人が私ですから」


目を細めて不敵に笑う姿に、一瞬で心の奥底にあった不安と恐怖が消え去り、熱で燃え上がるように弾む。 本当の意味で心の底からこのお化けに魅了され、今度は躊躇せずに伸ばされていた手を素早く取る。


先程まで、誰かの人生を奪うことに罪悪感を抱いていたはずなのに。

このお化けの言葉で、表情で、仕草で――いや、全てに魅了され、どうでもよくなってしまった。 こんなにも心変わりするとは非常に驚いた。こんなにも自分の心が弱いとは呆れ返る。 しかし、後悔はない。もう、このお化け――彩舞 色以外の事はどうでもよくなってしまったのだから。何より、俺の望みは変わり果ててしまったのだ。色と一緒に幸せに生きる事という望みに。




「じゃあ、快輝様の怪我が完治したら。始めましょうか」


「え、今からじゃないの? 」


「完治しなければ、望むままに動けませんからね。それに私も、流石に顔隠しの布が無いままは動けません」


「そっかー。うん、わかった。完治してからにしよう。

あー、あと。俺の事は「快輝様」じゃなくて、「快輝」って呼んで」


「分かりました。それでは、快輝。これから宜しくお願いしますね」


「ああ、こちらこそよろしく!色! 」




逃れられないと思っていた考えが消失することを告げて、厳しい教育の末に始まったのは二人の復讐劇だった――。

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