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【草牙里 面堂】

――面倒事は御免だというのに。


視界の先は真っ黒で何も見えない。身を捨てて、魂だけがふわふわと浮いたような軽い感覚。 淀んで落ちてしまった気持ち。何も考えたくないと逃避を望む思考。そして、甘い匂いと共に重なってくる強い眠気。


それだけしか分からない自分を軽く嘲笑いながら、このまま強い眠気に身を任せてもいいのではないかと諦める。 だって、面倒事は尽きることは無く。いつまでも甘さに浸れない。自由気ままになんて過ごせないのだから。 生きていたって、意味はないだろう?


もう疲れたんだ、いいや、俺は面倒事に関わりたくないんだ。

どんなにやったって、どんなに愛を注いだって、どんなに友好を交わしたって、どんなに助言を告げたって。 誰も聞きやしないし。誰も助からず、俺には助けることができない。俺は英雄なんかになれない。 勇者なんか、できっこない。


――それ、なの、に。


逃げると、諦めたのに。面倒事は嫌だと、押し付けたのに。

どうして、心が満たされない。愛を捨て去ることができない。後悔、罪悪感、未練が消えることがない?


まさか、俺は英雄になりたい。勇者になりたい。いや、ならなくとも。なれなくとも。 大切にしていた者を救いたいとでも思っているのだろうか。もう、遅いというのに。助ける手段は無くなってしまったというのに。本当に、どうしようもない。救いようのない事なのに。


俺は、俺には――。



「面堂…? 」



聞き覚えのある愛しい声が頭に入った瞬間、一気に視界がクリアとなり――、


―――


聞き覚えのある愛しい声に誘われて、眠りから覚めてみれば。

美しい青空が見え――たかと思えば、覗き込むようにこちらを柔らかな笑みと共に見つめる、――蕾努 愛がいた。


「あ、愛…? 」


「あら、ようやく起きたのね。全く、お寝坊さんなんだから」


「いや…、その」


「いいのよ。いつもの事だから、貴方が約束を忘れて ぐうたらしているなんて」


「お、おう…、すまないな……」


突如として現れた愛の登場に驚きと焦りに満ちる声を上げ、寝転んでいた姿勢を真っ直ぐに上へと整え、勢いよく起き上がり、弁明をしようとするが。爽やかに遮られると共に少し恐怖感のある苛立ちをにこやかにぶつけられ、これは弁明どころか言い訳や甘い言葉すら通用しないと悟り、焦りに満ちた声のままだが、すぐさま謝罪をする。


「別に?謝ることなんてないわ。それよりも、今日も面倒な愛を紡ぎましょうよ」


が、今日に限っては謝罪すら通用しないようで。いや、上辺だけしか謝っていないということを悟られているのだろう。 だから、通用せず。さっさと、事を終わらせようとしてくるのだ。


「ああ、そうだな…しかし、言い方ってものがあるだろう? それだと、解釈によっては誤解を生み、勘違いされるぜ」


「うん?どういう意味かしら? そのまま、言葉にしただけなのに」


「いや、アイツだって一緒なんだろう? だったら、尚更。大袈裟じゃなくて、表現をもっと…、和やかにした方がいい」


「まぁ、そうね。でも、彼と私。貴方と私。彼と貴方の関係はそれぞれ違うでしょ? 」


「あー、ダメだこりゃ。何を言っても無駄だ」


これ以上、愛の機嫌を損ねて面倒事になるのは御免だと、確かにさっさと事を終わらせた方がいいと降参の手と言葉を上げつつも。愛の言い方が事実とは異なり、大袈裟に表していることが気になって、語弊を生むからやめといた方がいいと。訂正した方がいいと伝えるが。何処か、とぼけたような顔をして。そのままの意味だから問題はないと返されてしまい。今日は本当に何を言っても通用しないのだと、気持ちが沈んでいく。


しかし、元はといえば。俺が完全に約束を忘れて野原の上で、ぐっすりと眠っていたのが原因だ。 こうして、自ら面倒事を起こしてしまった以上は。致し方ないが、今日だけは面倒事を受け入れるしかない。 今後の自分自身の為と。自分の心をかき乱す、愛の為と。長い間、友好を続けている――、


「へぇー、随分と親しげな会話をしているじゃないか。此処は、身を引いた方が賢明か? 」


「ら、ライバ…、」


「あら、ライバは約束通りの時間ね」


「俺だけ、時間と場所が違うとは。これは妬けてしまうどころではないな? 」


――ライバ・スノーホワイト。

俺と愛の会話と対応の違いについて、笑いながらも何処か鋭い視線を送る、この雪だるまの怪物。 いや、俺以上に愛に心をかき乱されている者。そう、場合によっては恋敵にもなる者の為にも。


「だって、しょうがないじゃない。面堂がまた約束を忘れて、こんな野原で寝ていたのだから」


「はっ、それにしても酷いぜ。その間、仲間外れにされていたなんて、さ」


「あら、意外と寂しがり屋なのね。ライバは」


「ふん。そうだ、俺は寂しがり屋なんだ。もう少し、こっちにも構ってくれると有難いのだがな。

なぁ、アンタもそう思うだろう? 面堂」


「あ、ああ。そうだな」


今日だけは面倒事を受け入れて、忘れた約束を予定以上に果たすべきだ。



―――



「ふふふっ。今日は二人と一緒に此処で料理を作れるなんて、夢のようね」


「ああ、この夢にずっと浸っていたいくらいだ。で、隣の厨房を借りて魔法薬を作ってきたが、これでいいのか? 」


「ええ、勿論。それでいいわ。ライバ。 そこにある、サラダに満遍なくかけてちょうだい。 それと、面堂は。これ、鍋が爆発しないように。炎の揺らめきと熱の具合を見張っていて」


「鍋が爆発するって…、全くどんなものを煮込んでいるんだよ…、どんなに火加減が強くて熱がこもりやすいんだ……、」


忘れていた約束――。

それは、三人で一緒に料理を作ること。


それも、技術と真心を込めて作る、愛情たっぷりの料理を。


「…と、でも言えば。まだ誤解やらを招かないというのに」


「何か、言ったかしら? 」


「いや、何でもない…。たまに飛んで来る火の粉が熱いなと呟いただけさ」


自分にとって不快な事だけ地獄耳になる愛の疑惑のこもった質問に、咄嗟に飛び交う火の粉を理由に、呟いた愚痴を誤魔化す。


これ以上の面倒事は御免だ。愛の機嫌を損ねたら、火傷程度では済まない。鍋が爆発するほどでは済まない。 それと、少しでも自分の元から離れたら。こちらを嫉妬と凍えた眼で睨んでくるライバの心をかき乱さないためにも。 思わず、愚痴を外で呟かないように。強く口を閉じ、鍋も含めて二人が爆発しないように目の前にある炎と熱だけを見つめる。


それが、幸いしたのか。暫くすると、地獄耳による疑惑のこもった質問は続かず、嫉妬と凍えた視線は外れていった。


ああ、よかった。面倒事はこれ以上、増えない。

そう、思ったのも束の間。


「姉上、やはり兄上は自傷を……、って、貴方達。来ていたのですか」


とても厄介な面倒事がやってきてしまった。

雪だるまの怪物のライバよりも冷え込んだ瞳と鋭く辛辣な否定を重ねる愛の妹――、蕾努 厳という面倒事が。


「あ、ああ。料理を手伝いに、な…」


「……その血塗れのアイスピック。弟…いや、アンタらの場合は兄、か。

お兄さん、まだ自暴自棄になっているのかよ」


「おい、コラッ!ライバ、何を言っているんだ!? 」


冷え込んだ瞳とやってきてしまった面倒事に怯えながら、料理を手伝いに来たのだと偽ることはなく素直に伝え、この場を乗り切ろうとした自分の行動を。少し間を開けてから、厳が持つ血塗れのアイスピックを見ながら、一切触れないようにしていた兄の存在をライバは呆れたように咎めて無駄にする。


すかさず、何を言っているのだと。面倒かつデリケートな事に触れるんじゃないと制止をかけるが、ライバは止めることなく毒のある冷めた言葉を口に出して並べていき。


「いい加減、諦めたらいいのになァ。そんなことをやったって、一瞬の快楽を得るだけで、傷が増えるだけで無駄なのに。全く、困ったお兄様だなァ? 此処に素敵な愛が沢山あるというのに。何一つ、見えていない」


「……貴方には関係の無い事です」


「関係ない?違うだろう? 少なくとも俺は、愛の事を」


「しつこい方は嫌われますよ。いくら、姉上でも。うんざりするかと。

それと、兄上を侮辱するのは…、」


「否定と拷問ばかりするアンタが言うのか、それ」


「姉上。友人にする相手は選んだ方がいいと思いますよ」


「アハハッ。お前は、言葉遣いを選んだ方がいい。すぐ否定する癖を直した方がいいぜ、なァ、愛?面堂? 」


最後には、自分と愛に向けて同意を求めてくる。


ライバは愛が絡まなきゃ、普段は気さくでフレンドリーないい奴なのだが。

愛絡み、そう、少しでも愛にとって。いや、自分にとっても不幸や不利益になる要素があれば、俺も含め誰であろうと、相手が愛の兄妹関係なく突っかかり、冷たい毒を飛ばしていく悪い癖がある。


まだ俺だけに飛ばしてくるのならいいが、流石に相手が愛の兄妹。特に厳という一番の面倒事の塊を持ってくるような奴に飛ばすことはやめてほしい。この後、確実に起きる面倒事により、二、三日は動けなくなってしまうのだから。


「あら、ライバ。黙って聞いていれば、私の大切な妹に凍り付いた毒を投げ飛ばすなんて、悪い度胸しているじゃない」


「俺は愛の幸せを想って、毒に対して毒を返し飛ばしているだけだ。悪い本性を持っているのは、向こう。特に面堂の方だろ? 」


「おい、余計な面倒事を増やすな! お前だって、この後の展開を知っているはずだろ!? 」


「じゃあ…、二人にはお仕置きが必要よねェ? 厳、準備はいいかしら? 」


「はい、いつでも」


「待て待て!俺は――、」


「ああ、残念だったわ。久しぶりに仲良く過ごせると。料理を誰かと一緒に作れると。思っていたのに」


しかし、結局。制止なんてものは意味なく、ライバのせいで愛も静かに怒りへと満ちる。


そして、その怒りに満ちた、二人の言葉を聞いて、避けられないというのは分かっていながらも。 自分は違うと、命乞いの言葉を口に出そうとする。が、改めてやはり、確実に起きるお約束通りの面倒事には無意味。 いや、命乞いしたせいで。避けられないものが悪化したのだ。


「ええ、本当に残念。残念だわ。面倒で、時より雪が降って入り込む、愛と毒は…本当に嫌いよ」


ああ、やらかしてしまった。一瞬、鋭い瞳で見下した愛の姿を見て、避けられないものを自らの口で悪化させたのだと、気づき、後悔した。そう、とても遅い後悔を。


そうだ、後悔をして、これまた余計に少し後退りをした時だったか。

身体の周りに火傷しそうなほどの熱を纏いながら、微笑む愛と。

身体の周りに溶けそうなほどの猛毒を纏いながら、真顔の厳の姿を最後に見て。

自分の断末魔と共に城の中で爆発が発生し。たったの数秒で視界は真っ黒に染まり、眠りへと落ちたのは。


―――



「……おい、ライバ。愛以外に当たり強いのは、やめてくれよ」


「目覚めてからの第一声が、説教とか。実に冷めたことだな」


「実に冷めたことなのは、ライバの方だろう」


「おお、今日はいつも以上に口が回る。まるで、雪の塊を放り込みたいくらいだ」


「ああ、ダメだ。雪なのに、熱が通じねぇとは」


「ふふふっ。雪は雪でも、俺は雪だるまの怪物だからなァ」


柔らかなマットレスと掛け布団の感触に癒されると同時に隙間風のように何処からか訪れる冷気に肌寒さを感じ。 そして、目覚めて最初に映り込んだ、椅子に腰を掛けながら冷淡に嘲笑う雪に指摘を一つ入れるも。 やはり、言ったところで何も変わらず。面倒事になるだけだと、雪の返した開き直った態度に気持ちまでもが段々と冷める。


「おや、もう寝るのかい?さっきまで、寝込んでいたというのに」


「誰のせいだと思って…、もういい。面倒事は御免だ。寝る」


「うーん、無償で助けて、此処まで連れてきてやったのに。寝起きの機嫌は随分と悪いようだな」


「恩着せがましい、独善をどうもありがとうな。俺は寝るって決めたら、寝るんだ」


「ああ。…だが、やっぱり、これ以上、寝るのは やめといた方がいい。

此処は俺の家だからな。俺の家という事は、延長料金を払ってもらう…という事になるからな」


「…………」


冷めきった気持ちを――いや、肌寒さを打ち消すために。面倒事を回避するために。掛け布団を深く被り、瞼を重く閉じて深い眠りにつこうとする、も。冷淡に嘲笑う声のせいで、一寸すらできないのだと知り、身体も気持ちも更に冷え。もう、これは早々に自分の家に帰って。スープでも飲みながら、温まった方がマシだと、素早く起き上がってベッドから降り、出口へと向かう。


「おい、何処へ行くんだ。家に帰ったところで、お前の居場所は無いというのに」


「余計なお世話だよ。帰ると決めたら、帰るんだよ、俺は」


寝ることを諦め、出口へと向かう俺をからかい混じりに引き留めようと声をかける雪――ライバに少々、苛立ちを覚えながらも切り捨てるように、帰ると決めたら帰ると返事をする。


出口からライバの家を出るまでの間、引き留めるような からかう声が続いていたが、無視した。 仮に此処で構っていたら、ライバが飽きるまでの間、ずっと言葉で遊ばれ続けて家に帰ることすらできなくなる。 ただでさえ、肌寒く面倒なのに。これ以上は御免だ。だから、無視をした。回避した。


しかし、後に起きる面倒事を考えれば。少しは構っていた方がよかったかもしれない。 もう二度と会えないと知ることになるくらいなら。


―――


ライバの家を出てから、どれくらいの時間が経過しただろうか。

ゆっくりと帰路を歩いているせいで――いや、お化けに足なんて無いから、歩くという表現はおかしいかもしれないが。 まぁ、そのくらいの速度で帰路を進んでいると分かってもらえればいい。お化けの身体じゃ、説明は難しいからな。


さて、話を戻して。

本当にどれくらいの時間が経過しただろうか。

今日は地面にそれほど雪が積もっていないはずだから、ゆっくり帰路を進んでいても。家に到着するまで長時間にはならないと思っていたが。やはり、ゆっくりと帰路を進んでいるせいか。いつもより――いや、雪が積もりに積もっている時よりも長時間、かかっている。ただそれが時計等を持っていないため、正確な時間は分からない。ただそう、体感的に長時間は経過しているのは間違いないと――。いいや、そもそも愛と厳に吹き飛ばされてから、正確な日数すら分からない。経験上は二、三日であるが――いや、もう考えても仕方ない。それよりも、どんなに時間が経過しても家に着かないのが問題だ。


本当にどれくらいの時間が経過したのかは分からないが、流石に時間が経過しすぎている。 ライバの家から自分の家までの距離や今の周囲の環境を考えると。どんなにゆっくり進もうが。もう、とっくに家へ着いているというのに。


「――まさか、気づかぬうちに面倒事に巻き込まれたのか? 」


――おかしいと、今いる自分の状況に疑問が募り。お化けだから足は無いが足を止めるように、動かしていた身体をその場で停止させ。目線だけを動かして、周囲を見渡し、警戒する。気づかないうちに面倒事に巻き込まれでもしたのか、と。


いきなり、少しばかり過去の話となるが。

自分は昔から、いや、創られた時から面倒事に巻き込まれやすく。自ら、選択肢を間違えて面倒事を起こすという。 面倒事とは、名前も合わさって、本当に面倒な程に切っても切れない縁で繋がれている。


だから、ある程度は面倒事に巻き込まれた、巻き込んだ、起こした、起きている等といったのは分かる。 いや、誰であろうと。この状況になれば、面倒事になっていると気づくか――。


まぁ、そういうわけで。それと、結局のところ、経験と勘でしかなく、気づいたのも今だが。 今まさに、面倒事が起きている。巻き込まれた可能性が高いというのは分かるわけだ。


とにかく、面倒事に巻き込まれてしまっているのなら、なんとかして抜け出したい。 これ以上というのは回避したいところだが――、周囲にこれといって異常は見られない。空気もそれほど悪くない。 誰かがいるという気配もない。時間だけがおかしいというのを除けば、普通の光景にしかすぎない――。


「…はぁ。時間だけが狂わされている状況か、これ。だとしたら、厄介だぞ」


時間以外は普通。

時間だけは狂っている。


考えられることはいくつかあるが、これが自然的なモノであろうと。人為的なモノであろうと。 こちらから解くことや回避することは困難であるため、非常に厄介。 それに時間だけが狂っているのなら、来た道を戻ろうにも戻れず。助けを呼ぶことすら不可能に近い。


なんという、面倒事だ。

しかし、困難であって。不可能に近いだけであって。絶対や確実というわけではない。 愛や厳、ライバとかいう者の面倒な存在と比べれば、たいしたことはない。ヒントや答えを見つければ、抜け出せる。


とりあえず、まずはヒントを探すことから始めよう。

時空そのモノのお化けとかではない限り、自然だろうと、人為だろうと完璧に時間を狂わせることはできない。 何処か必ず、ヒントという隙があるはずだ。


もう一度、周囲を見渡し直して。見落としが無いか確認しよう。

そう思い、今度は目線だけではなく。身体もしっかり動かして見渡そうとした瞬間。


「――面堂さん」


背後から名前を出されて、驚くと共に反射的に振り返り、「誰だ!? 」と声を上げ、そうになったが。 映し出された声の主の正体に、驚きは変わらないが、少し安堵が満ち。安堵からか、素っ頓狂した時に近い変な声が出る。


「き、厳」


「面堂さん。どうして、こんなところに居るのですか? 」


声の主の正体は厳で。

いつも以上にこちらを鋭く冷めた瞳で真っ直ぐ睨み、いつも以上に否定的な低く唸ったような声音で疑問を口にしているが。厳が此処に居るというのは有難い。普段はとても面倒な存在だが、こういう時間が狂ったという状況等には助かる、頼りになる存在だ。自分がヒントなんか探さなくても、事情さえ説明すれば、勝手に解消解決させてくれる。面倒事が終わる――そう、安堵と喜びに満ちていき。疑問を答えずにいると。


「何故、答えないのです? もしかして、貴方は協力者なのですか? 」


珍しく、余裕が無いのか。痺れを切らしたのか。

厳は威嚇するように声を荒げて、疑問に答えなかったことを責め。強く憎むように新たな疑問を吐き出す。


そんないつもとは違う、珍しい厳の姿に。思わず、たじろいながらも。疑問に答えないと余計な面倒事が増えてしまうと察し、急いで疑問に対しての答えを口にする。


「ど、どうして、こんなところに居るのかって? 家に帰ろうと帰路を進んでいたら、いつの間にか時間が狂っていて、」


「いいです。もう、此処に居る理由なんて。それで?貴方は協力者なのですか? 」


「え、えっと、ん? 協力者?何の話だ? 俺は、面倒事は御免だから、その…、愛に頼まれない限りには。誰の協力者にもならないぞ」


「…本当に? 」


「ああ、本当だ。本当だよ…、俺が面倒事を避けまくっているのはお前さんもよく知っているだろう? 」


「……そうですか。いえ、そうですね。とんだ勘違いをして、疑いをかけてしまい、誠に申し訳ございません。 流石の面堂さんといえど。姉上を選択するでしょうし。冷静に考えてみれば、分かることでした」


疑問に答えたお陰か、余計な面倒事は増えることなく。むしろ、疑ってしまって申し訳ないと謝罪をされた。 とりあえず、増えなかったので一安心。と、いきたいところだが。よくよく考えてみれば、俺や愛ならともかく。厳が此処にいるのは何か変だ。


此処、俺とライバの家に行くための道に。厳が居るのは、そもそも通ることや来ることすら、ほぼない。 厳はライバの事を危険な香りがすると警戒していたし、姉である愛に誘われなければ、単独で来ることはない。 それなのに、此処に居るという事は。いや、俺の背後に居たということは。ライバの家から帰る途中という意味にもなる事から、余程の事が、何か面倒事が起きたと考えられる。それと、本当に時間が狂っているだけだとしたら。厳が自分の場所に来られるのはおかしい。何か偶然等が重ならない限り、此処で遭遇しないはずだ。


「なぁ、俺からも疑問をいいか? お前さんこそ、どうして此処に居る? 」


厳が此処に居る状況に意味があまり分からず、こちらも疑問を口にする。

すると、一つ溜息を吐いて。何処か呆れ混じりに。


「……此処に居る理由は、かつて侵入した殺人鬼。

いえ、殺人鬼を送り込んだ元凶である【ライバ・スノーホワイト】を捕らえるためですよ」


疑問に答えてくれた。

かつて、愛達の元に殺人鬼を送り込んだ元凶、ライバを捕らえるためだと――。


予期しない答えを出されて、身体が硬直し、絶句する。


かつて――、過去に――、あぁ、愛達の元に侵入した、送り込まれた、送り込んだ殺人鬼は雇われて、いや、雇われていたなんて、いいや、雇い主はライバ。ライバが送り込んでいたなんて――、辛い面倒な事実と現実に頭痛が起き、思考と心が困惑と疑問で一杯に満ちていく。


何故――、ライバが、何故――、愛を最愛していたというのに、そう答えを探る前、聞く前、尋ねる前に。 厳の方から淡々と、答えを出される。


「ライバ・スノーホワイトが殺人鬼を送り込んだのは、姉上に告白を断られたからです」


「…は? 」


「断られた事に逆上した結果、独り占めしようと、自分だけのモノにしようと、自分だけを見させる思考に陥り。 自分だけのモノにするためには、自分だけを見てもらうためには、救世主になるのが一番と判断したようで」


「は、え」


「殺人鬼を金銭で雇い、姉上以外の全員を殺害するように命じてから私達の元へ送り込み。 姉上以外の全員が殺害され、絶望に打ちひしがれているところを寄り添い、独占する。 それが、ライバ・スノーホワイトの作戦で本性だったようです」


「はぁあああああ!?」


答えは、告白を断れたことによる逆恨みとヤンデレのような強い独占欲によるもの。 これには、心の底から大きく驚愕の声を上げ、先程まで抱いていた困惑と疑問とはまた意味が違う、困惑と疑問が生まれて一杯になる。


なんてこった。面倒とか、そういうレベルじゃ――、いや、嘘であってほしいと願いたい。 確かにライバは一方的な面倒さで愛を最愛していたけども、告白を振られただけで、そんな闇落ちするような奴ではない。ああ、いや。多少、ショックを受けて。前よりも執着する可能性はあるけど、そこまで、そんなフィクションにあるヤンデレとかに変化するとか。変貌するとか。激重感情を増幅させるとか、そんなことはありえない――と思いたい。


ライバはそこまでするような奴じゃないと信じたいと、出された答えを頭の中で否定する。 しかし、否定など無意味。そう、真実と現実を淡々と厳しく伝えられる。


「本人に直接、聞き。本人自ら、悪気なく嘲笑いながら吐いていたので間違いないですよ」


「ああー!!? 聞きたくなかった、知りたくなかった、その真実と現実ぅー!!? 」


「まぁ、でも。結果的に誰も殺害できていませんし。こうして、元凶という事を見つけられているので。 殺人鬼も…まぁ、なんとか捕まえられたので。失敗に終わっていますが」


「ああああああ!!?ダメじゃねぇかぁあああ!!? 」


ライバ本人が自ら言っていたと、しかも悪気なく嘲笑いながら。

まさか、本当にライバが元凶だったなんて。振られたくらいで陥るなんて。

しかも、結果的に失敗してバレているとか。もう――、いや、失敗してよかったのだが。


突きつけられて伝えられた真実と現実に、衝撃のあまり、様々なネガティブな感情が混じって悲嘆に暮れる。 此処まで面倒事が起きるなんて、流石の自分でも耐えられない。もう、どうやってライバを見ていいのか分からない。


「おお、あぁ…、もう、こんな面倒事は……あ?ちょっと、待てよ」


そう、気持ちが沈みに沈んでいく中で、ある事に気がつく。いや、疑問がまた新たに浮かび、前の疑問が戻ってきたといった方が正しい。厳が此処に居る理由は、元凶であるライバを捕らえるためだと。しかし、厳が此処に来た方向から考えるに。厳がライバを前後左右にも連れておらず、衣服に血すらさっぱり付いていないことを見るに。恐らく、ライバは白状した後、逃亡を図ったと思われるが。


自分はライバの家を出てからはライバを一度も見かけていない。いや、見かけていないのは。ライバが雪だるまの怪物だから、雪があまり積もっていなくても、その辺の雪景色に溶け込むことは容易だからで。自分が居る此処の時間が狂っているせいもあるだろう。――そう、あるならば。


「入れ違いだったとしても、お前…、なんで俺と同じ場所に居られる?いや、来られたんだ? 俺が間違っていなきゃ、時間が狂っているはずだぜ。 もしかして、自力で時間を元に戻したのか? それとも…、お前、本当は厳じゃないとか? 時間を狂わした犯人だからか? 」


今、目の前にいるお化けは厳ではなくライバで。此処の時間を狂わしたのもライバ。 全ては逃亡を続けるために――。


ライバは雪だるまの怪物だから、その辺の雪景色に溶け込める上。実は魔法薬作りに関してはトップレベルの実力を持つ。この二つの点から、恐らく逃亡を続けるために。まず、雪景色に溶け込んで、姿を周囲の景色と一体化させつつ、魔法薬を使って厳に化けた後。更に時間を狂わせる魔法薬を使って、時間をあやふやな状態にし、何時間経過しても何処にも辿り着かないようにする、いや、自分が居る場所へ辿り着かないようにした。


――それが、本当の進んでも、経過しても、自分の家に到着しないという、巻き込まれた面倒事。


いいや――、巻き込むしかなかった、自分の存在により逃亡計画が狂ったのも正解か。 違う、もう一つの面倒事として、仮にこれが本当に当たっているのだとしたら、本当に自分と厳が入れ違いであったのなら。きっと逃亡中、自分がゆっくり進んでいたせいで、まだ家に到着していない姿を見て。このままだと、いずれ真実と現実を知った自分に邪魔されるだろうと思い。本来の逃亡計画を諦めて変えて、自分=いずれ訪れる逮捕協力者を潰すため、時間を狂わし、家にすら到着しないように此処に閉じ込めた。そして、厳に化けて、あえて真実と現実を話し、悲嘆に暮れた隙に、協力者となる前に殺害する。


それと、更に違う、もう一つの面倒事。

そもそも、俺がライバに運ばれて、ライバの家に居た時から既に巻き込まれていた。事前に時間を狂わされていたか――。


――どんな面倒事にせよ。ライバが厳に化けている。時間を狂わしたのだろう。

そうであるならば、説明がつく。そうでなければ、此処に居るのはおかしいから。


「で、本当のところは。どうなんだ? 」


気持ちは沈んだままのせいか、答えを聞くために出した言葉すら沈んでいて冷めている。 きっと、どんな面倒事だろうと気づきたくなかった、知りたくなかった。いや、否定をしてほしいのかもしれない。 違う、ただのお前の勘違いだと言ってほしかったのかもしれない。だから、どうも沈んで冷めてしまっているのだ。 しかし――、


「……はぁ、よくわかったなァ。お前は鈍感かと思ったが、意外と鋭いんだなァ? 」


――しかし、真実と現実はやはり面倒だった。

否定することなく、厳の姿と声のまま、何処か呆れ混じりに肯定した答えに。

心に鋭い痛みが走る。疑問がどんどん積み重なっていく。だけど、そんな苦痛は押し抑えて。


「戻れ。これ以上の過ちを繰り返す前に。大罪を重ね続けて、戻れなくなる前に」


正しい道に戻った方がいいと、告げる。


きっと、疑問を口にしたところで。解決はしないのだろう。だから、せめて、正しい道に戻って=おとなしく逮捕されてくれと告げる、懇願するのだ。


だが、懇願したところで。


「ハッ。勇者気取りかよ。正しい道に戻れだって?馬鹿馬鹿しい、実に冷めている。今の俺に説得がきくと思うのかよ」


変わらない。変わることはない。

そう、本人から断言されてしまえば。もうどうにもできなくなる。だけど、それでも俺は――。


「俺は――。俺は、お前といつでも怠慢な事をしていたんだよッ!

俺は、お前には面倒事を沢山かけられた。でも、それでも…かけてもいいから、俺はライバと友人でいたい。 遅いかも…しれねぇけど、やり直せないわけじゃない! なぁ、愛の事を最愛しているんだろう? しっかりと償えば、ちゃんと戻れば、冷めることはないはずだ!もう一度、温められるはずだ! 」


不可能と、無理だと、伝わりはしないと分かっていても、変わらないと理解していても、俺はライバを見捨てるなんて。 面倒事よりも面倒な事を避けることはできなかった。長い付き合いになる友好を築いてきた親友を諦めることは俺にはできない。愛を優先するのならば、尚更に――。


「俺は!ライバと愛には幸せになってもらいたいんだッ!二人が一緒に、共に生きてほしいんだよッ!!! 」


口調が段々と荒げながらも、普段は言わない面倒な想いをぶつける。

一方的には変わらないが、俺は。ライバと愛には幸せになってほしいから。だから、正しい道に戻ってほしいと願う。


だが、だけれど、やはり、いや――、


「ハッ…、何が幸せになってほしいだ。共に生きてほしいだ。

愛が最愛しているのは、一番に好意を抱いているのは、永遠を共にして幸せに生きたい相手は、お前だというのにッ! 面堂、お前なんだよッ!!! お前が好きだからという理由で、俺は心からの想いを!告白を断れて、振られたんだ!!! 」


本来の姿である雪だるまの怪物へと戻り、苦痛と苛立ち、強い憎しみと敵意を込められた表情と声音で叫ばれる。 断られて、振られた真実と現実は、俺、――草牙里 面堂が原因であると。 愛が本当に最愛している相手は、俺であることを悲しく告げられ、熱く伝えられた。



「愛が……、俺を? 」


「――ああ、そうだッ!!! 本当に愛しているのはお前だよッ!!!面堂ッ!!! 」


複雑な感情が大きく入り混じり、瞳にも、声音にも、言葉にも、表情にも、何でも全てにおいて動揺が過去最高に溢れ出す。そして、追撃するように。じわじわと、愛が心に重たくのしかかる。深く刺して傷つける。自分の面倒なモノを全て、かき乱す。


目の前で悲痛に暮れ、愛憎にかき乱された雪に大粒の涙を溢れさせた。

言いたくもないことを言わせた。覚えたくもない感情を覚えさせた。知りたくもなかった思考を知ってしまった。 悪い度胸と本性を生み、創らせてしまった。面倒事にしてしまった。俺という存在が、原因が。


「――なんでッ、お前なんだよッ!!?面堂!!? 」


「――――」


「お前じゃなきゃッ、違うやつだったら、諦めていたのにッ…! なんで、お前なんだよ……、」


「――――」


「俺だって、お前の友達でいたかったのに…。ずっと、一緒に遊んでいたかったのに…」


雪を、親友を、ライバを全てにおいて傷つけ壊してしまった――。


「……らい、ば」


「……俺達、互いに面倒な存在にしかならないなんて。世の中、本当に冷めているよな」


「…ライバ、俺は」


「分かっている。でも、俺は愛にも、お前にも選んでほしかった。俺だけを選んでほしかった。 俺に心と選択を譲ってほしかった。この世界で二つだけしかない、心から大切な存在だったから」


「ライバ」


「ゴメンな。面堂。

俺は…、お前みたいな英雄にはなれない。

俺は…、お前を裏切る悪役にしかなれない」


ライバは最後にと、悲観的な寂しさに包まれた笑みを浮かべれば。

俺に向かって、猛吹雪を放ち。全身を凍てつかせていく。


どうやら、俺達は英雄にはなれないようだ。

互いの人生の悪役になってしまうようだ。

互いが関係している限り、存在している限り。互いに面倒事を生み出す、原因となってしまうようだ。


――――。


――だけれど、俺は。せめてもの償いとして。親愛なる友の殺意と愛憎と復讐を受け入れた。 最愛する者を諦めた。その方が、自分も。互いのためにも。同じく愛していた存在にもいいと思ったから。


――――。


――だけど、そんな都合のいい展開と思考は打ち砕かれてしまった。

厳しくも家族想いの者に。


「――姉上の愛を一身に受けられるというに、面倒な憎しみに負けて捨てるなんて、非情にも程がありますよ。面堂さん」


いつの間にか、追いつき。ライバの背後に立っていた厳の姿を最後に。

俺は酷く重みと深さのある眠りにつき。その後、ライバとは、もう二度と会えない面倒な運命に入った。



―――



「「随分と、面倒な事になっちまったみたいだな」」


酷く凍てついた低い声と酷く透き通った高い声に。そう、憐れみの言葉をかけられて目が覚める。


「…………? 」


ゆっくりと瞼を開けた先には、本来なら此処には居ないはずの青系統の体色をしたお化けが覗き込むようにこちらを見守っていた。


起きて早々に疑問符が浮かぶとは。

そして、あの憐れみの言葉をかけた二つの声の正体がすぐに分かってしまうとは。


「流石に…、急展開と面倒事が過ぎる。と、言いたいようだな。面堂」


「謎に心を読む癖は相変わらずだな。有栖花さんよォ」


瞼を開けた先に居たお化けと二つの声の正体。それは――、蕾努 有栖花。愛と厳の兄ということに。


「全く…、人ん家で何しているんだ。お前さん、身体はそんなに良くないはずだろう? 」


「お前がライバと決別してから、家に引きこもって寝てばかりだと聞いたものでな。 少しでも気持ちが晴れるよう、一つ。演劇をしようかと思って」


「それで、その演劇やらが。逆にもっと引きこもらせる複雑なモノなのはどうなんだよ…」


「ふふっ。ここ最近はあまり彗亜と関わっていないのでな。彗亜なら、どんな声をかけるかなと」


「意味わからない理由で、俺を試すなよ…。正直、気味が悪い。有難迷惑だぜ」


どうやら、自分がライバの件でショックを受け。家に引きこもり、寝てばかりの生活を送っているのを。 何かしらの経緯などで愛から聞き。見兼ねて、お見舞い――という名の鬱憤晴らしを行いに。わざわざ、自分の家に不法侵入する形でやってきたようだ。


この兄妹は複雑で面倒事が絡み合った関係で、不満がなかなか解消できない環境とはいえ、ショックを受けて落ち込んでいる者に対して鬱憤晴らしを行うとは。しかも、有栖花に関してはある事情から身体があまり良くないというのに。逆効果。余計に気が滅入るどころではない。さっさと帰ってほしいものだが――。まだ一つ、疑問が残っているせいで追い返すことさえできない。


「なぁ、もう一つの声は…誰を真似したんだ? 俺は一度も聞いたことのない声なんだが」


残っている疑問。それは、もう一つの掛け声は誰を真似したのかということ。

忘れているとかではない限り、俺にとっては一度も聞いたことのない声。知らない声だ。 透き通った高い声は生きてきた中でいくつも聞いたことがある。しかし、有栖花が真似したこれだけは聞いたことなく知らない。


別にこんなこといちいち気にしたってしょうがない事で、普段の自分ならどうでもいいと片づけてしまうが。 有栖花が真似をするということは、それなりに心を許している相手だ。その相手が何処の誰なのか、気になってしょうがない。何故なら、有栖花は。自分は勿論、身内以外には決して心を許したことはないのに。身内以外に心を許すというのは――。


「気になるのは当然。と、いうことだね? 」


「だから、謎に心を読む癖、やめろよ。読心術は使えないのに、読める原理が分からなくて気味が悪いんだからさ…」


「経験で、考える事くらい分かるさ。…で、真似した相手は誰かって話だけど。

声は聞いた事は無くとも。寝てばかりだとしても、SNS等で噂くらいは見聞きしたはずだよ。かなり有名な相手だから」


「かなり有名?噂? なんでもいいからさっさと教えてくれよ…、」


「あれ?聞いたことない?それとも、面倒なだけ? まぁ、いいか…。

その真似した相手はな…、冠化 一依だ」


「冠化 一依…? ……冠化、一依!!? あの殺戮者!!? 」


「ああ、その冠化 一依だ。それと、冠化 一依は今現在、胡宵様のパートナーであり宮廷道化師だ」


「ぱ、ぱぱぱパートナー!!? 宮廷道化師!!? 正気か、お前ら!!? いや、それよりも……」


なんと、真似した相手は殺戮者として暴れ回っているという噂の冠化 一依だった――。 そして、さらりと。この世界の王のパートナー兼宮廷道化師であることを伝えられ、情報の多さに頭が爆発しそうになる。


真似した相手が冠化 一依であり、心を許していることに衝撃で一杯だというのに。 なんてことだ。この兄妹。いや、王までもが複雑な世界に飲まれすぎておかしくなってしまったというのか――。 殺戮者を――、殺戮者を。


「落ち着け。それ以上は、高熱を引き起こすぞ」


「――落ち着けるかッ!!? だって、あの殺戮者だぞ!!? 」


「最初は俺達も反対したさ。だけど…、もう許した。冠化 一依には敵わないって気づいてしまったからな」


「う、本人達が許したのなら…いや、なんでそうなったのか経緯が知りてェ…、いやいや、どうなって許したとしても」


「面堂。俺達だって、何処かの誰かさんからすれば殺戮者には変わりない。

それに、そもそも。冠化 一依は俺達を救おうと行動に移している。お前が危惧しているほど、根は危険な奴じゃない。 むしろ、優しすぎるくらいだ」


「…………」


情報の多さと複雑に回る気持ち、殺戮者という存在に動揺と混乱している自分を。 真剣な眼差しと凛とした真っ直ぐな声音で。殺戮者こと、冠化 一依は俺が思う印象等とは違うと否定される。 いや、教えられた。伝えられた。数秒ほど経過してからだが、気づかされた。


鬱憤晴らしとはいえ、いいや、これさえも今思えば、そんなネガティブな意味ではないのだろうが。 真似する相手として選ぶくらいには、心を許している。その相手がたとえ、殺戮者と噂されている、傍から見たら危険人物だとしても。有栖花にとって心を許している相手には変わりないという事実と現実。


身内でもない完全な部外者かつ殺戮者には、あの有栖花の心を許させてしまうほどの魅力・信念・親愛・寛容さがある。 この世界の王がパートナーとして愛するほど、宮廷道化師として否定の権利を与えるほど、誰だろうと救う力がある。 悪と善。裏と表。破壊と創造。それらを両方得ているほど、英雄として優れている。


俺には出来なかったことを。救えなかった者を。いい方向に変えられなかった未来を。 面倒なんてない、ハッピーエンドにできる。


そう、会ったことも。話したことも。ただ教えられただけで、伝えられただけで。

その者の性格と生き方に気づかされてしまうほど、冠化 一依は――。


「面倒なまでに優しい奴なんだな…、」


「…………」


「はぁ…、わかったよ。理解した。

もう面倒だ。疑問も解けたし、二度寝する。…お前も帰れよ。家族が心配しているだろうし」


疑問が解けると、強い眠気と疲労感、脱力感に襲われ。一気に身体が重くなり、自然と瞼が重く閉じていき、二度寝の準備に入る。


しかし、面倒事と面倒な奴というのは。なかなかに離れてくれないもの。

今回はこれで最後にすると見せかけて、新たに突如として重く多い情報を持って来る。


「そうか…、じゃあ、眠りについただろうから。今のうちに言っておこう。

冠化 一依は確かに英雄でもあるが。愛とお前の場合は違うかもしれぬ。

冠化 一依は世明様に邪魔をされて、ライバを救うことができなかったからな」


「――は? 」


「飛び起きると場合によっては危険らしいぞ」


「いや、そ、の言い方だと…、ライバは」


「ライバは…、死んだ。――いや、世明様によって殺害された。冠化 一依が救おうと手を差し伸べた瞬間に」


「え」


「とても心苦しく複雑だが…、冠化 一依は愛とお前の英雄にはなれなかった。世明様は理不尽な悪役になってしまった。 ただ、それだけだ」


「な…、」


「面堂。世明様は怨んでもいいが、冠化 一依は怨むなよ。

俺と彗亜と胡宵様の大切で数少ない心を許せる道化師だからな」


淡々と、何処か冷酷に、釘を刺すように、懇願するように告げられた面倒な現実に言葉を失い、心がかき乱される。


ライバが、死んでしまった。いや、この世界の王子の一人に殺害されてしまった。

冠化 一依は俺と愛の英雄にはなれなかった。救うことはできなかった。


いや、違う。


愛はどう思っているのか分からないが。俺にとって、英雄には変わりない。

邪魔される瞬間まで、救おうと手を差し伸べたのだから。冠化 一依は悪くない。


それよりも、許せない。許すことができない。怨んでしまう。

この世界の王子の一人、世明という名のお化けを。

面倒だからと、ライバを少しも構えなかった自分を。

ライバとは、もう二度と会えない面倒な運命に入って選んでしまった俺自身を。

俺という俺を消したくて、生かしたくなくて、死を与えたくて、たまらなかった。



ああ、消したい。生きたくない。死にたい。



こんな面倒事しか起こさない。俺なんて――、



要らない。必要ない。逃避する不適合者は、面倒で役に立たない問題は、この世界から追放するべきだ。





――――。






その後、俺はどうしていたのか覚えていない。分からない。知らない。

だけど、きっと。何かやらかしてしまったのは間違いない。俺は間違ったおかしな顔を浮かべていたに違いない。 立ち去った有栖花の表情が、立ち去る前に見た有栖花の表情が複雑そうに沈んでいて良くなかったから。 ただただ、「それと、自身も怨むなよ」と宥めるように、慰めるように、立ち去る最後まで何度も唱えていたから。



ああ、今日は眠れそうにない。一睡もできそうにない。面倒だな。

面倒事は早く始末しないとダメだな。なぁ、そうだろ? ライバ、愛。

俺はお前たちだけを選んでいればいいんだから。





―――



あれから、どのくらい時間が経過しただろうか。

準備は慎重に念入りに。計画は練りに練って抜け穴が無いように。周囲と状況の確認を怠らず観察し続け。 最後に自分の決意と意志がしっかりと固まったかを何度も確かめた結果。


全て満たし完成した頃には、どのくらいの時間が経過したのか分からないくらいに。 ある事を進めていた。


完璧を目指すと、やはり時間をかなり食ってしまうようだ。が、そんなこと今はどうでもいい事だ。


今、何よりも大事なのは、これを成功する事。達成させる事。

結果さえ、計画通りであれば問題ない。だから、どうでもいい。いや、どうでもよかった。



しかし、後になって、その思考と感情が間違っていた。遅かったことに気づくのは。 なんというか、悲しさに暮れるものだ。



それほどまで自分が死に縋っていた事。親愛なる友を無慈悲に殺害した者への復讐心で溢れていた故。 別の意味で。別の形で。先を越されていたことに。――本当に、気がつかないなんて。


観察が足りなかったなんて。全て満たしていなかったなんて。完成なんて無くて。 面倒事を避けるための慎重が仇となるなんて。


結局、自分が何もしなくても。今じゃなくても。いずれ、終わりが来るなんて。

別の凍てついた復讐劇によって、間接的にも果たされてしまうなんていうのは。


悲しさに暮れてしまう。



「は…、城が…凍てついていやがる。いや、城なんかよりも、もう氷漬けにされている……」



復讐と自死をするために訪れた場所、この世界の王と復讐対象の王子の一人が住む城を見てみれば。 薄っすらと霧や蒸気のようなモノが城全体を囲むように立ち込め。城の一部の壁等は氷のようなモノに張り付くように覆われ凍てつていた。


そして、何より。

悲嘆にくれる声がこちらにまで響いていた。


そう、城の状態と声が響いていたせいで。

今、復讐対象の王子の一人どころか。この世界の王、復讐対象ではないもう一人の王子。 最愛する者の兄妹、最愛する者がどうなってしまったのか――理解に近いほど分かってしまった。


お化けに足なんてないが、全速力で城の内部へと駆け込んで。

響いている声を頼りに必死になって探す。

最悪な状況の中でも、どうにか、最愛する者だけは生き残ってほしいと我儘に祈りながら――。



「――愛!!! ……ぁ、え? は、あぁ、おい」



最愛する者の名前を叫ぶ形で呼びながら辿り着けば、状況を目の当たりにした途端。 一瞬にして、言葉が上手く出なくなり、ただ理解しようと尋ねることしかできなかった。 想像していた状況とは、少しばかり違っていたから。


この状況を起こしたであろう者が気配一つ無く、居なかったから。


「……おい、彗亜は」


「兄上は、少しばかり復讐劇をした後。出て行ったわ、此処から」


「…じゃあ、」


「ふふっ。復讐劇なんて、貴方に起こしてほしかったわ。面堂」


寂しそうな微笑みを浮かべて、最愛する者は短く答えを告げる。

この状況を起こし、俺とは違う意味と形で素早く前に復讐劇を行った者――、蕾努 彗亜。 最愛する者の兄によって、間接的にも果たされてしまったことを。


そして、重ねて続けるように。


「ねぇ、面堂。これから、今まで以上に忙しくて面倒な事になりそうだわ」


「…………」


「そうなると、貴方に会える時間すらも減ってしまうわね」


「…………」


「ねぇ、面堂。黙っていないで少しは答えたらどうかしら? 愛する相手が消えそうなのに、黙っているなんて」


「…………」


「ここで今、復讐することも。駆け落ちをすることも。なーんにも、できないなんて。 復讐劇をした兄上よりも無能だわ」


「…………」


「出て行って。今すぐに。この複雑な怒りの矢先が、真っ赤に燃え盛る炎の手が貴方の元へと向かい。 八つ当たりする前に」


兄より前に復讐できなかったこと。いや、この状況の中、何も出来ずにいる無能な自分を責め。 最後には警告の意味も込めて、何も出来ずにいる無能な自分へ指示を出し。


「あーあ、これなら、利用されていなくなった道化師ちゃんの方がよかったわ」


優しく、悲しく、距離を置かれた。

俺は親愛なる友の時と同じく。最愛する者も選ぶことができなかった。

復讐心に溢れていた時は、ちゃんと選ぶと、今度こそ選ぶと誓っていたはずなのに。


面倒なまでに距離を置かれてしまった。



―――



「振られた、ただそれだけでしょう。何をカッコつけているのですか」


「いや、別にそんなことは…、というか、お前さんもあの場に居たんだから、分かるだろう? 」


「分かりたくありませんね。それで、私に頼み事とは一体、何でしょう? 」


「…お前さん、相変わらず厳格だよな」


最愛する者に距離を置かれてから、何日か経過した頃。

あの時の状況が悲しさに暮れてしまうほどだった故に、復讐心は何処かへと消え失せ。 ただ言葉では表せない、説明しにくい複雑な気持ちと死に縋る心だけが残った。


親愛なる友を失い、最愛する者からは距離を置かれてしまった今。

俺には何もない。出来る事すらない。それならば、この世界にいつまで居たってしょうがない。 そう死生観に到り、せめて最後ぐらいは面倒事をなくしたいと決め、最愛する者の双子の妹、厳にある事を頼みに自宅へと来てもらい。本題に入る前に少し話を聞いてもらったのだが、名前の通り厳しい者には共感や同情等といったことはしてもらえなかった。それどころか、そんなことよりも本題に入れと軽く叱られてしまった。


もう少し話を聞いてほしかったが。叱られてしまった以上は本題へと入るしかない。 此処で渋って、変な面倒事を自ら引き起こしては。本題がスムーズにいきそうにないだろうから。


本題――厳に頼み事をするため。真剣さが伝わるように。少し、声のトーンを下げてから入る。


「……お前に頼みたい事、それはな。致死率が一番、高い毒液をこの瓶に入れてほしいんだ」


「面堂さん。死にたいからって、安易に毒液をくれと頼むものじゃないですよ」


「却下ということか? 」


「当たり前です。振られたぐらいで死のうとする者に毒液なんて――、

いえ、戦闘や致し方ない状況等ではない限り、何の理由があろうと毒液を渡すことなんてしませんよ」


「致し方ない状況は今だと思うが? 」


「全くもって違いますよ」


「はぁ…、相変わらず厳格な頭をしているな」


「溜息を吐きたいのは、こちらの方ですがね」


しかし、いや、流石にというべきか。

ちょっと、本題に入っただけで。どういう目的で使用するか説明をしていないのにも関わらず。 すぐさま、使用目的を見抜いたようで。淡々とした物言いで却下し否定する。


まぁ、普通に考えれば。却下し否定するのは当然。

だが、今回に関しては。自分の事に関しては。どんなに却下されようが、否定をされようが。 そう簡単には引き下がることはできない。


「でもよォ、壁にすら役に立たない無芸無能を生かしていたって、負担になるだけで面倒だろう? だったら、早々に排除するべきだと思わないか? 」


「そうですね、確かに何もかもダメな者は必要性を感じませんが。わざわざ排除するほど、労力を使う必要性もないです。 何もかもダメだとしても、性格や行動に問題がなければ、そのままでも構いません。大した負担にはなりません」


「はっ。随分と考えが柔らかくなっているな。じゃあ、性格や行動にも問題がある無芸無能だったら、どうする? 負担どころか、この世界に危機を齎すかもしれないぜ? 」


「…場合によっては排除対象にはなるでしょう。ですが、」


「じゃあ、さっさと俺に毒液を渡すべきだろう。排除対象に満たしているんだからさ」


「お断りします」


「非効率じゃないか? 王が、王子二人が、兄達が、姉が更なる生き地獄に遭い、殺害されてもいいのか? 」


「いい加減にしなさい。今日の貴方、過去最高に面倒ですよ」


「面倒なら、さっさと片づければいいのに。少しは未来を見据えようぜ」


「…本当に今日は面倒ですね。

はぁ…、どうやら話が噛み合わず、通じないようなので帰ります」


「ああ、そうやって逃げるのか。お前も。

誰も救えず救われないまま、兄に面倒な因縁と呪いをかけた時と同じ過ちを繰り返すんだな。あー、呆れる」


だが、何を考えているのか。向こうも簡単に引き下がることはしなかったため。

互いに譲らず、下りず、折れず。却下し否定を長々と繰り返し続けた。

結果、これ以上は時間の無駄。相手にならない。そう、判断したのか。逃げ去るように否定を述べ、会話を切ろうとした。いや、行動としても。こちらに背を向け、出入り口へと向かっている辺り。本当に逃げ去ろうとしている。――実に滑稽で弱弱しい。これでは、過去と同じく誰も救えず救われない。 だから、チャンスと言わんばかりに。止めを刺してやろうという風に。最後に、と。自分にとっての都合の悪い事は、相手に押し付けて逃げるのだと非難した。



――――。



それが、効いたのか。届いたのか。図星だったのか。癪に障ったのか。

変わらず背は向けたままだが、出入り口へ向かっていた足を止めて、四角く綺麗に整った石のようにその場で暫く固まり。



「完璧に救う方法も。救われる事もこの世界には存在しません。

生まれつきの無芸無能が役に立つことも無いといえるでしょう。

この後、大悲劇を生むもの者がいれば。先に排除するのが最適。


…しかし。私は…、私は。私にとっては、いえ、私らしくなく。使用人としても。お化けとしても失格でしょうけど。 あの道化師のお化けみたいには、なれませんが…、なれませんけど。貴方ほど、誰かの想いを踏みにじって面倒事に変えはしませんよ。 救うのも、救わすのも、向き合うものだって、簡単な事じゃないっ、から…、こそ。…いえ、とにかく。


私は、私を愛してくれた方々を。私が愛した方々を。過去がどんな形であれ、最良の幸せに導きたい。


だから、貴方みたいに。いつまでも悲観的に暮れていられない。

同じ過ちを繰り返すから、どうとか。何もせず、口ばかりで動かないでいるとかしません。 どうにかして、どうにかさせて、面倒事を断ち切りますよッ…! 」



暫くの間だけ、言葉を流した。



背を向けたままでいるから、どんな表情で言ったのか分からない。

だが、いつもとは違って、荒い息遣いが混じり、何処か震えている声音に。

彼女は精神的苦痛が限界に近いと思われる。いや、限界に近いからこそ。それが突破して動けなくなる前に。 どうかしようと思考を巡らし、動き続けているのだろう。


そして、結果。今現在、辿り着いた最良の幸せは俺という面倒な存在。

だから、いつもの業務みたいに事前に排除する毒は与えない――。


「はぁ…、随分と長い暫くの間だな」


一気に鬱々しさが引くと同時に。酷く、心が前を向こうとする。

俺にできることはないのに。俺にはできないのに。どうして、か。


「……まぁ、でも考えても無駄で面倒か。

しょうがない。アンタらお馬鹿四兄妹が完全消滅するまでは生きといてやるよ。

忙しい王様たちの代わりに色々と後処理や後始末をしなくちゃいけないからな」


腑に落ちない。が、考えても考えなくても面倒事には変わりない上。

結局のところ、同情や共感が勝ってしまったんだ。変に勇気を貰ってしまったんだ。

色と性格といった細かなところが違った、似ている者の姿と言動に。


だから、少しばかり延長することにした。


「はぁーあ。全く、似ているってのは厄介だ」


「ありがとうございます。面堂さん。これで、少しは姉上も見直してくれると思いますよ」


「んー、なぁんか、お前の一言は癪に障るんだよなぁ……」


「本気でそう思っていますよ。……それでは、この後、仕事があるので。そろそろ失礼いたします」


「おう、そうかよ。じゃあ、気をつけろよ」


「はい。面堂さんも」


顔を見られたくないのか、出入り口から帰るまで背を向けたままだったが。

声音を聞く限り、先程とは違い。いや、いつもとさえも違い。とても優しく柔らかなモノとなっていたから。 少なくとも、厳は救われたのだろう。


――――。


とはいえ、俺は――。

まだ、死にたいという気持ちや復讐心といった憎悪や敵意。他にもネガティブで面倒な感情や思考が消えたわけではない。救われてはいない。今はただ一時的なモノというだけで、すぐにこの温かくさっぱりした気持ちも消え失せるだろう。


しかし、口約束とはいえ。絶対ではないが。

もう少し、もう暫くは。延長すると決め、誓ったんだ。

今回のような面倒な事がこれ以上に起きないためにも、苦しいが。日々を過ごしていこう。



―――



あれから、いくつの年月が過ぎ去ったのかは分からず覚えていないが。

進展があったり、進展がなくなったり、失敗が続いたり、城が爆発したとかいう噂が流れたが。 特に変わらず。現状維持という感じだ。――いや、いくつか訂正する。


一つ目は、有栖花の病状が悪化したらしく。寝たきりでいることが増えたようだ。


二つ目は、何もすることなく部屋で 頬に片手を当てて、机の上に肘をついて、ぼーっとしていたら。 突如、玄関のチャイムも鳴らさずに不法侵入し、目の前に現れた仮面を被った謎のお化けに。 驚く間もなくして、顔へと思いっきり冷気を浴びせられ、あまりの冷たさに視界と体温を奪われたと思えば――。 いつの間にか、デスゲーム会場に置かれているという状況と状態に陥った。


全くもって意味不明な状況と状態だが、デスゲーム会場に置かれた以上は、どうにかしなくてはならない。 少しばかり騒がしく荒々しい、同じく置かれたお化け達と共に――。


――――。


――――――。


―――――――――。


―――――――――――――――――――――――。


「……ん? デスゲーム?


…………。


……おい、ちょっと待て」


デスゲームというモノに引っ掛かりが生じると同時に思考が現実へと引き戻される。 ――いや、思考以外は現実に戻されていないと表した方が正しいのかもしれない。


自分が見ていた景色は幻で、自分が話していた相手も幻覚に過ぎない。いいや、記憶から引っ張り出されて見せられたのだ。自分の考えが間違っていないのだとしたら、【夢として】。


今、目の前に映る デスゲーム会場によく似た景色をよく見れば。全体的に靄がかかってぼやけており、四隅が不安定に波を打って揺らいでいる。 そう景色が映るほど、俺の視力は悪くない。


それに、今まで目に映っていた景色や相手の事を思い出せば。

あれは全て過去に起きた出来事であって、あんなにも場面の移り変わりが激しくはない。 もう少し――、細かな部分があったはず。それなのに無い、覚えているのに無いということは。 俺の意思等に反して、最も強く記憶している場面だけを引っ張り出されて描写されたことになる。


そして、デスゲームというモノに引っ掛かりが生じ。その生じた引っ掛かりを一つ一つ、紐解いていけば――。 俺は、選択式のデスゲームをやっている最中に。突如、強烈な眠気に襲われて耐えきれず、そのまま真正面から倒れていったことを思い出す。 しかし、倒れた後、どうなったのかについては思い出せない――いや、記憶していないということを考えれば。上記の二つの事を足せば――、答えは出る。


まとめると、結論付けると、これは【夢】であるということだ。俺は今まで【夢を見ていた】ということになるのだ。 それも、どれほど時間が経過したのか分からないくらいには、随分と長く残酷な夢を――。


「はぁ…、随分と面倒な事になっちまったみたいだな」


自分が居る場所が夢であることを確信し、自覚し。今、置かれている状況と状態を把握すれば、自然と溜息が出る。


夢は時に過去の記憶から引っ張り出されるように生まれると見聞きしたことがあったが。 いざ、体験してみれば。まるで悪夢のような残酷さがある。 ああ、何故かと問われれば、簡単な事さ。だって、これ。死択に当てはまる相手との関係や情を思い出させる記憶だからだ。


夢とはいえ、こんなのを見れば。決まっていた選択と覚悟が揺らぐというもの。


それと、今。自分が夢を見ていると自覚したところで明晰夢として自由にできたとしても。 先に残酷な方を見ていれば、動かす気など無くなる。


それを更に追加で自覚して、自らの力では夢から覚めることはできない状況と状態になってしまえば。 ――置かれてしまえば、自然と溜息が出てしまうのも当然といえる。ああ、本当に面倒な事だと。


しかし、だからといって。完全に希望を捨てたわけでもなく、諦めたわけでもない。 俺が死択を選ぶ権利を持っている以上は、覚めることはできなくとも、どうにかしなくてはならない。 短い関係ではあったが、少しでも世話になった以上は。残された彩舞達を前に、一歩でも出口に進ませてやらなくては。


「さて…、どうにかしなきゃいけねぇが。とりあえず、目の前に映っているのはデスゲームの会場に似たやつ。 ……正直、これに関しては確信すらないし。いくら、この世界がファンタジーだからって、都合よく展開されるかは。 いや、どっちにしろ。明晰夢としては動かせないんだ。やるだけ、やるしかない」


ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、どうにかなることを信じて思いついた策を実行する。


「なぁ、マスターさんよォ。俺には考え付かない、なんらかの神秘的で摩訶不思議な方法で様子を見ているんだろう? なら、ちょいと。此処で選択をさせてはくれないか? 俺は、夢から醒めることができない状況と状態になってしまったからよォ。だから、どうにか頼むぜ。融通を利かせてくれ。互いの為にも」


今、目の前にある景色はデスゲーム会場に似た場所。

似ているのであれば、いや、それ以前に。詳しい事は分からないが、フィクションやファンタジーな世界だと。 デスゲームのマスターは参加者の夢すら見ていることがあるらしい。それが仮に本当だとすれば、俺の夢を見て、俺の様子を観察しているに違いない。観察して見ているからこそ、俺が夢から醒めることは無いのだと気づいているはずだ。


それならば、と進めた上で。此処は交渉のような形で、懇願する。

此処で死択を選ばせてくれと。その代わりにお前の思うとおりに好きなように俺へ死のカウントを与えればいいと。


「どうぜ、目覚めないんだ。死ぬ前の願いとして、きいてくれよ」


――――。


――――――。


―――――――――。


――――――――――――――。


返答はない。

――外れたか。そう、実行した策が失敗に終わったと、心が暗く。


「……!? な、なんだ!? 」


なりかけた瞬間、大きな揺れとノイズ混じりに景色が歪んでいき。

この状況を飲み込めず、ただ驚愕するだけで何もできないまま立ち尽くしていると、蝕むように景色が真っ黒な世界へと塗り替わり。数秒ほど、時間をかけて。人魂のような形をした四色の炎が均等に横一列に立ち並ぶ。


そして、何処か落ち着いた声で問われる。


「『どれを選ぶ…? どれと共に命を捧げる…? 』」


四色の炎=死択の中から、どれを選ぶのかを。


――――。


どうやら、上手くいったみたいだ。

しかし、上手くいったとしても。見ていた夢の事が心に根付いて揺らいでしまう。

どれを選んでも、面倒な事になるのは変わりないは勿論の事。最愛の者の事を考えれば――いや、それじゃあ親友の時と同じになる。


わかっていた。わかってはいた――、だけど、どうしても、だからこそ最愛の者ことを譲れなくて。 せめて、最愛の者だけでも、と。


だから、同じく面倒な事を起こして、面倒事を押し付けて、逃げて、復讐心に燃え、何処かへと去っていた氷結の事を選ぼうとした。 氷結なら、不本意ながらも、複雑な気持ちを抱きながらも、理解してくれると。


二人とも、最低だと言っても。笑って、許してくれると。面倒な感情を受け入れてくれると、信じているから。 悪く面倒な夢でも見ていいと、叶えていいと、諦めていいと、手を伸ばして――いや、手を伸ばさないでくれるから。 押し付けないで、これ以上、俺を面倒な存在にさせてくれないから。


――――。


「でも…、それじゃ……ダメなんだよな。

はぁ…、想いを踏みにじって、いるのに。俺は助けられてばかりいる。…はぁ、とんでもなく恵まれた奴だ。 ライバだって、愛だって、有栖花だって、厳だって、誰だって、動けないでいる俺を助けてくれたのに。 結局、選べず、避けて、逃げて、死を求め、面倒事は御免だと、決意しないなんて――。そんな、」


心が暗闇に落ちる。

感情と思考が、一気にどんよりと重く沈んでいく。

ここまで来ても、過去を再び見ても、全く動かずにいる自分に悲しさで一杯になる。

分かっているのに。分かっていたのに。結局、自分は――、


「『クレームは聞きませんよ。私、言いましたよね? 目の前で死なれるのは嫌だと』」


だけど、そんな後悔は聞き飽きたというように優しく横入りされる。


「は、」


予期しない、予想してすらいなかった記憶に驚くと共に意味が分からないと息をこぼす。 しかし、戸惑う自分を置いて。続けざまに記憶は否定という名の導きをする。


「『え?忘れたの?此処はデスゲームの空間。僕らは元デスゲームのマスターの協力者みたいな存在だった…。 だから、言えるよ。権限はデスゲームのマスターにあるし、マスターはそもそも協力者であろうと全員を殺すつもりでいた。……これだけ言えば、もう分かるよね? 君に最初から決定権なんか無いくらいは』」


「はぁ…? 」


「『――選ばなくていいんじゃない? というか、選ばない方が誰も死なないと思うよ』」


そして、止めと言わんばかりに答えを教えてくれる。

どうすればいいのか、何が最良なのか、自分にどうしてほしいかを、自分がどうなってほしいかを。


「選ばなくていい…、いや、その前になんだ、この記憶。まるで俺に…、」


止まることなく届けられる記憶に戸惑うあまり、――いや、気づいてしまったあまり、声にかけて全身が震えていく。 こんなの、まるで、


「『確かに、必ずとは書かれてねぇし。選ばなくていいじゃないか? 色も、テメェも諦めなくて済むしよォ』」


「『うん。必ずじゃないんだから、押し通せるよ。いや、押し通せるって快輝が言ってた!だから、確実に押し通せる! 』」


――更に面倒な存在になれ。


更に面倒な存在になれと、

更なる面倒な存在になって、押し通して、狡猾に逃げろと、肯定してくるようで。

いや、俺自身が面倒な事には変わりないのに。それでも、これ以上に面倒な存在になってもいいと肯定した。


面倒な存在になるなと、面倒事を起こすなと、嫌がり、呆れ、溜息を吐いていたのにも関わらず。 肯定したのだ。手を差し伸べたのだ。


更なる面倒な存在になって、この忌まわしき死択を覆せと。

過去や相手という面倒事に縛られて、自分自身を必要以上に責める眠りから目覚めないでいるのをやめろと。


更なる面倒な存在=自分らしく活動しろ。


そう、避けて逃げろと笑った。


――――。


更なる面倒な存在になれと肯定されたことに――いや、更なる面倒な存在になった先にある未来がどうなっているのか、気づかされたこと。面倒事に縛られているということを教えられたことで。心や思考に埋め尽くされていた重い面倒な過去や相手という鎖が、硝子が割れたような音を立てて崩壊し消えていった。


消えていったことで、気分が大いに晴れ。心や思考もクリアとなり、清々しい。


「あぁ、避けて逃げ続けていたというのに。本当の意味では避けず逃げていなかったなんて、笑えるぜ。 で、それにしても。自分らしくねぇ…、まぁ、彩舞達らしいと言ったら、そうか」


自分自身は面倒事を起こす、まさに面倒な存在で。

面倒事を押し付けては、避けて、逃げ続けていた。――そう、自分では思っていたが。 実際は違ったらしい。どちらかといえば、面倒事を押し付けられて、過去や相手に縛られて、避ける事や逃げる事もできずにいたみたいだ。


今、振り返れば。確かに、面倒事を押し付けられていた。最愛の者にも。親愛なる友にも。関係ある者達にも。それ以外にも。俺は、英雄でも。勇者でも。救世主でもなく。ただの草牙里 面堂というお化けなのに。どちらかといえば、想いを踏みにじられているのはこちらなのに。


「全く…、面倒な奴らだぜ」


よく言えば、信用されているのだろう。しかし、自分たちが幸せじゃないからって押し付けすぎだ。 無意識に、無自覚に、理想を押し付けようとしないでほしい。俺は、平穏に、怠慢に過ごしたいのだから。


「とはいえ、今現在も最愛しているのも事実。親愛なる友として大切に思うのも本当。約束を破ることはしない。 だけど、もう面倒な事は受け付けないし、やらないかな」


変わらないモノは変わらず、それはこれからも大事にしていくが。

俺らしさを取り戻してしまった今、それ以上の面倒な事は受け付けず、放置することに決めた。


「だって、面倒だからなァ」


きっと、俺は悪いも超えた酷い顔をして。酷いことを言っているだろう。

だけど、もうどうでもよくなったんだ。今まで、押し付けられていたんだ。本当の意味で押し付け返したっていいだろう。わざわざ、勝手に記憶として飛び出してきてまで、教えてくれた面倒事代表の奴らに恩返ししたって構わないだろう。


「さて、随分と長々と時間を使ってしまったが。俺は、どれも全て選ばない」


――だって、面倒だからなァ!?





―――


草牙里 面堂は。

本当に心の底から大切にしたい者やモノを除き、自分を面倒に縛る過去と相手を捨てて。 更なる面倒な存在=自分らしさを取り戻した。


草牙里 面堂は面倒事を押し付けられ、救ってほしいと望まれ、求められる理想の英雄ではなく。 平穏に、怠慢に過ごしたい、普通のお化けとなった。だから、どれも選べず、どれも選ばなかったのだ。 平穏に、怠慢に過ごしたい、普通のお化けにとって。そんなこと、面倒でしかないから。 自分が損する最悪な選択=死択でしかないから。


―――





草牙里 面堂。

平穏に、怠慢に過ごしたい、活動したいという、普通で一般的なお化けとして創られた者で。 日常生活は勿論、戦闘においての能力値が高く、特に石や岩、地面に関する魔法や術は得意。 しかし、平穏や怠慢を重視しているためか、それを発揮することは少なく。それゆえ、面倒事を苦手としているが。


以前までは、いいや正確には過去や相手という縛られた眠りから目覚める前は、面堂の意思関係なく面倒事を押し付けられ、理想の英雄になって救ってほしいと望まれており。それを成し遂げようと動き続けた結果、ストレスが蓄積されて、何処か諦観した思考に陥り、怠慢に見えるくらいの不愛想な態度や言動が目立つほど、平穏に、怠慢に過ごしたい、活動したいという本来の自分を押し殺し、抑えるようになってしまい。自分は面倒事そのものだと=ダメな存在だと思い込むようになってしまっていた。


しかし、良くも悪くも。いや、不幸中の幸いか。

デスゲームという場所に連れ去られた事、デスゲームの中で荒々しく自分らしく生きる者達と出会った事、デスゲームの仕様から思い出させる形で夢の中に吸い込まれた結果。本来の自分=更なる面倒な存在を取り戻すことができ。過去や相手、理想の英雄像から断ち切り、逃げきれた。――だがそれでも、一度、愛してしまった者や友好を交わした者に対しての情は変わらず、約束も守っていく等、どうも変わらない部分もあるが。


――いいや、確かにどうにも変わらない部分はあるが。

理想の英雄像を断ち切り、本来の自分を取り戻した事で接し方や環境、事態、関係性、結末が変わるのもかもしれない。


――少し脱線してしまったような気がするが。

とにかく、もうこれで、彼が理想の英雄像として活動することはないだろう。

本当の自分を取り戻した今、彼は本当の意味で怠慢に動くだろう。自分の為にと。


そして、本当の自分を取り戻した事で目覚めた決意を使って、自分が望む平穏を作るために前に進むだろう。立ち向かうだろう。そうだ、自分という更なる面倒な存在を諦めていた彼はもういないのだから、ありのままに自由に戦えるだろう。たとえ、夢の中だとしても。


選ばなかった事で姿を現した、目の前に立ち塞ぐ強敵。

デスゲームのマスター、の幻影に。



――――。



それにしても――、本当に面倒事から避けて逃げていたのは誰であろうか?


思い返せば、よく見れば、仮に多少のモノはあったとしても。彼は避けて逃げていたというよりは一番に向き合っていた。 誰よりも親身に。本来の自分という更なる面倒な存在を抑えて。理想の英雄像を成し遂げようと尽くし演じていた。


――だとすれば、答えは出る。


本当に面倒事から避けて逃げていたのは、二人の気持ちを弄び、蔑ろにして衝突を繰り返し生み出した蕾努 愛。

続けて、向き合おうとせず、ただ期待だけを押し付けて、欲望に自ら支配されていたライバ・スノーホワイト。

自分は避けて逃げてはいないと偽りの言動をし、気取っていた蕾努 有栖花と蕾努 厳。そして、それを取り囲み、傍観していく野次馬である周囲の者達。――ではないだろうか。


いや、確実にそうだ。

奴らは本当に面倒事から避けて、逃げて、押し付けていたのだから。

そんな欲深い自分勝手な奴らであったから、そうだろう。


相手には完璧を求めるくせに、自分達は完璧ではなくそれ相応の事をしていない、持ち合わせていてない。 彼よりも少し優秀だからと自画自賛し酔いしれているだけの、ただの生き物でしかない。 ただの、欲に塗れた無力で怠惰なモノでしかないのだ。


だから、だからこそ、確実にそうだといえる。


「彼は、貴方達の為に変わったのに。貴方達は、何一つ変わっていない」


「だから、何も成功せず。上手くいかず。報われない。幸せが訪れない。復讐者を生み、デスゲームを呼び起こしてしまった…というわけじゃな? 」


「ええ、そういうことになるわね」


「フフフッ。相変わらず、滑稽で面白い奴らだ。

前世や封印された過去の物語等とは違って、ただ闇に誘い、闇に落ちていくだけのキャラクターにしかなれないとは」


「ふふっ。本当にねぇ。哀れで、面白いほどに滑稽だわ」


――書き込んだページを見ながら、そう嘲笑う。


きっかけや奇跡が起きたとはいえ、理想の英雄像から更なる面倒な存在である本来の自分を取り戻した草牙里 面堂とは違い。何も変わらず、ただ飢えて求めるだけで動くことはせず、それ相応にならず、完璧とは程遠い偽りの者達に。


――酷く面白がった言葉で片づけ、酷く冷めた目で見た、二人は。


あっという間に飽きてしまったのか、次なるデスゲームに関しての作業を進めていく。

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