【side 彗亜2】
あれから、どのくらいの時間が経過したのだろうか。
予定外の出来事が立て続けに起きて、死にたがりと快輝の対応に追われて、権限が書き換えられた即死のトラップに。 もう身体が完全に疲弊し、進む足取りは重く、あまり冷静にはいられず、些細な事でも苛立ちが立ってしまう始末だった。
「おい、大丈夫か?彗亜。
疲れているんだったら、休んでもいいぜ。流石に無理は良くねぇし。色は大事で大切だが、お前も大事で大切だからな」
『そうですね。無理矢理に消費しても得することはありません。此処は、一先ず。休むとしましょう』
こちらが、あまりにも弱っている姿を見れば。急に意気投合し話を合わせる。 最初からそうしてくれれば、こんなに消費も、消耗も、負荷も、負担もかからないというのに――。 そう、苛立つ感情が出る前に。口元を抑えて、心に留めておく。
二人の言う通り、ここは一旦休むことにして。
体力の回復を図り、冷静さを取り戻そうと床にしゃがみ込む。
本当に一体、何処から予定外の出来事が起きて。歯車が狂ってしまったのだろうか。 そもそも、どうやって。俺の事を――いいや、考えたってしょうがない。 今は、休むことに集中しよう。休めば、少しは頭が回る。少しは気持ちが落ち着くはず。
休むことに集中してきた途端に強い眠気に襲われる。
そういや、このデスゲームを開始してから碌に寝ていない。――いや、寝ていないだけじゃない。食事もまともに取っていないどころか。開始してから何日経過したのかも分からない状態だ。それは体力が無くなって、判断力も落ちても致し方ないと言える。表せる。
ああ、眠い。とても眠い。
しかし、ここで眠ってしまえば。二人が何をするのか分からず、止められない。 今、此処で睡魔に堕ちてしまえば。予定外の出来事が起きた時に、瞬時に処置や対応ができない。 眠らずに済む方法は何か無いのか。眠い。寝たくない。眠りたい。寝たらダメだ。眠いものは眠い――、
「さて、少しは寝るかな。多分、ざっと一年くらいは寝てない気がするし」
『そんなに経っているとは思えませんが。まぁ、寝られるなら寝た方がいいですよ。 再開しても、すぐには脱出できるとは思えませんので』
「はいはい。言われなくとも。 つーか、お前は寝ないの? 」
『寝たくても、寝られない。眠くとも、眠れない。厄介な体質なので、寝ません。 それに、誰か一人でも起きていないと。何かあった時、シルクを悲しませることになります』
「なるほどねー。そういえば、彗亜はもう寝たのか? 」
『ええ。私達が会話している間に』
「そっか。彗亜、一杯頑張ってくれていたもんなー。
じゃあ、俺も寝るわ。おやすみ」
『はい。おやすみなさい』
睡魔に誘われ、完全に眠りに落ちる頃には。
二人が実に平和的会話をしていたことにも気づかず、徐々に夢の中へと吸い込まれていく――。
「彗亜さん…、起きてください。カレーうどんが出来上がりましたよ」
透き通った高らかな声が聞こえて、瞼を開けると。
いつの間にか、椅子に座っており。テーブルの上には、カレーうどんが置かれていて。 右隣には、一依が。左隣には、色が席に座って。カレーうどんを食べていた。
寝起きのせいか。いまいち、この状況に理解ができない。
だが、このまま。カレーうどんを放置するのは、麵類全般好きな自分にとっていただけない。 状況は後で理解するとして、今はカレーうどんを食べよう。
カレーとうどん。両方が食べられる優れもの。
カレーの辛さと、うどんの甘味が上手く合わさり、永久的に食べられるほど美味しい。 そう、美味しいからこそ。気づいた時には、食べ終わっており、少し虚しさと物足りなさを抱く。 ああ、もっと食べていたい。そう思えば、そう思うほど、腹は空いて。おわかりがあれば、おかわりしようと要求する。
「おや、もう食べ終わってしまったのですか? いいですよ。すぐに持ってきますね。 …はい、どうぞ。あら、お早いこと。じゃあ、次はもっと多めに持ってきますね」
高らかな声に甘えて、カレーうどんをこれでもかとおかわりして食べ尽くす。 腹が一杯になってでも、次々と――。
「そんなに、カレーうどんが好きなんですか? じゃあ、次はもっと材料を買ってきますよ」
いつもよりも優しく穏やかな声で、色は口にする。
その言葉に思わず、全身から喜びが溢れ出る。またこの美味しいカレーうどんを食べられるなんて、夢のようだと。 それに――、
「ふふっ。沢山、食べて偉いですね。沢山、頑張って偉いですね。流石、努力家さんですね」
「彗亜さんは、何事にも一生懸命ですからねぇ。ワタクシ達と違って、とても偉いですよ」
偉いだのと褒め言葉をくれる。偽りのない心からの褒め言葉をくれる。
こんなに良い事があるなんて、今日はとても幸せだ。ずっと、この夢のような時間に浸っていたいくらいに、幸せだ。 ああ、幸せだ。カレーうどんは沢山食べられるし。一依と色の二人から、沢山褒めてもらえる。なんという幸せ。なんという――ことだろうか。色が褒め言葉を自分へ伝えるとは。
色の優しさで、この違和感に気がつき。ここはただの夢の世界なのだと理解する。
色は褒め言葉をくれるような優しさは持ち合わせていない。いや、正しくは表に出すほど堂々としたお化けではない。 いつも自分に送るのは。ひねくれたネガティブな言動、罵倒や非難だ。こんなに自分に優しくは――、
「どうかしました? そんなに怪訝そうな顔を浮かべて。
何か嫌な事でも思い出したのですか? 自分達で良ければ、話を聞きますよ」
「色は、そんなこと…、」
「ええ、色さんの言う通りですよ。ワタクシ達に話してください。一人で抱え込むのは良くありません」
「違う…! 」
「自分を責めないでくださいな。遠慮せず、お気軽にワタクシ達に話してください」
「大丈夫。私達は彗亜さんの味方で仲間ですから」
「違うッ…!違う違う違う! 色は、そんな優しく甘やかす言葉を直接的にすら言わない! 一依だって、嫌がっている相手に。無理を強いてまで、話させようとしない! お前らは違う!まやかしだ!本当の色はひねくれている!本当の一依はもっと優しい! 」
偽物の淡く甘い言葉を口にし続ける謎の影二つを吹き飛ばすように、逃れるために。勢いよく椅子から立ち上がって、冷気と共に振り払う。
すると、振り払ったお陰か。
謎の影二つは消えて、いつの間にか、意識は覚醒し。
『おはようございます、彗亜さん。お早いお目覚めですね』
現実世界へと戻ってきていた。
『ぐっすり気持ちよさそうに眠っているかと思えば、魘され始めたりして…。 その様子だと、少なくともいい夢は見ていないようですね』
「ああ、そうだな。とても失礼な悪夢だった。逆に疲労が蓄積しまったよ……」
死にたがりの心配する声に、確かに酷い悪夢だったと文句と愚痴をこぼす。
何故、あんな夢を見たのかは分からない。疲弊している故なのか、それとも一依と色が恋しいからか。 ――いや、恋しい? あの二人にそんな気持ちを抱くのはありえない。二人は確かに他の道化師達と比べれば、特別と言えば特別ではあるが。だからといって、恋しくはならない。ただの利害一致の関係だ。深い情など持っておらぬ。
全く、夢にまで予定外のことをされちゃあ、気が狂う。
権限を奪い取った犯人を見つけるまでは寝ないのに徹底するのみだ。
何処か重い頭を動かして、次の空間に行こうと立ち上がり、前へと歩みを進める。
「あっ…、」
「――おっと。危ねぇ。
まだ万全じゃないんだ。無理すんなよ、彗亜。ふぁあ~」
「ああ、そうだな……」
――が、自分の意志や思いとは反して。身体は無視するのか、利かないのか、前のめりに転びそうになり。 眠りから覚めた快輝が咄嗟に身体を支え、肩を貸してくれなければ、危うく顔面強打するところであった。
なんというか、情けない。
此処まで、手助けをされるほどに身体が疲弊しているなんて。
いや、とりあえず。思考は冷静に戻りつつある、油断せずに進もう。
『――見てください。こんなところに爆発装置がありますよ』
そう改めて考え直している間に。一歩、先へ進んでいた断刈が、爆発装置が壁に張り付いていると報告をする。 此処に爆発装置を仕掛けた覚えは全くないが、これも権限を奪い取った犯人の仕業なのだろうか。 どちらにせよ。即死効果があるのには間違いない。ここは慎重に動いて――、
『爆発させましょうか。どうせ、この先は行き止まりですからね』
「そうだな。爆発させるか。この先に色が居そうだしな」
「は? 」
『シルクが居るのなら。尚更、爆発させましょう』
「よし、俺に任せておけ!叩いて爆発させてやらァ! 死にたがり、彗亜を頼んだぞ! 」
「おい、ちょっと待て! 」
だが、二人は慎重に動くことなく。叩いて爆破させて、壁を取り壊そうとする。 流石にこれはまずい。色の粉塵爆発ならともかく、自分が設置した爆発装置ならともかく。いくら、行き止まりだとしても。色が居る可能性があっても。爆発威力、範囲が分からないモノを下手に叩いては。復讐劇も何もかも――。
「ほら、行くぜ――! 」
自分の身体が断刈に手渡しされて数秒もしないうちに、快輝は片手で勢いよく爆発装置を叩く。 制止や抵抗も虚しく、素早く流された俺は。衝撃により装置が爆発し、壁が崩れ吹き飛んでいくのを見守るしかなかった――。
だが、そんな予定外の道化師達の行動の代わりに。
行方不明となり、かなり危険な状況下に置かれていたのであろう色。
そして、突如の爆発に驚きを隠せずにいる一依。いつの間にやら、牢獄のような炎と氷の空間から脱獄した夢玖、綿枷の姿があった。
これで、一先ずは。予定外の出来事を覆せる――と素直に思いたいところだが。 自分を見るなり、険しいオーラを漂わせる綿枷と夢玖に何か嫌な予感が走る。 まるで、裏切った代償に。切り捨てた犠牲に。復讐をしようとするように――。




