【緩和する心/罪悪感による手助け】
宮廷道化師として、サポートを行い。自分らしく活動ができて、約二百年の月日が経った。 この約二百年。振り返れば、多くの学びを。経験を。幸福を得ることができた。 歓喜に満ち。悲哀に暮れ。驚愕の声を上げ。激怒する。そんな、様々な感情をここ約二百年、表に出せた日々。 自分の存在を認めて愛してくれる者。誰かの為に自己犠牲をする優しい者。家族の為に嫌われ者に徹底する者。 弟妹を想い、自分を見つめ直す者。自他ともに肯定し甘やかす者。自他ともに厳しく否定する者。 立ち直り、自分を信じて。人生を変えようとする者。それぞれ、自分の色辞典を貫き通す者達と出会い、共に過ごす日常。
これは、自分にとって。かけがえのないものの一つとなった。
過去の事など、思い出すことも無くなる程。とても幸福な世界であり、更に自分を変えるきっかけとなった。 自分は、俺は、ワタクシは――変わった。
青紫と虹色の光が常に差し込む程に人生を輝かしいものに変えたのだ。
過去の栄光よりも。過去の頂点よりも。過去の一位よりも。過去の一番よりも。 遥かに高く上で素敵な頂点を、舞台を手に入れ。心の底から固執を楽しんでいる。 そう、道化師として。
自分も周囲も、笑顔になれる、楽しむことが出来る道化師として。
ワタクシは、ワタクシ、冠化 一依は。心が緩和して生まれ変わったのだ。
もう転落なんてしない。
自分らしく生きて、心の底から楽しめる固執の舞台で、好きに踊る。
好きに踊って、今度は自分が導こう。助けよう。救おう。楽しませようと。
心に誓って、実現させるべく。今日も道化師として、舞台で踊っていく。
目の前に居る相手を、自ら転落させないためにも――。
「明日ではなく、今日という予定変更をしたとだけ告げておく。どっかの誰かさんのせいで、大幅にズレたからな」
だが、緩和する心は。誰かを傷つける材料にしかならなかった。
引き留める言葉が見つからない。負の連鎖を阻止することが出来ない。裏切ってしまった自分には。 まだ転落をさせない力は無かった。
罪悪感が全身に走る。
自分のせいで、氷結との衝突を生み。自分のせいで、氷結は狡猾へと変貌しドライアイスに――。 責任は取らなくてはならない。最悪の結末だけは阻止しなくてはならない。しかし、どうすれば。 いや、それならば。手助けをしよう。彼の、氷結の、蕾努 彗亜の復讐劇を。サポートを。
―――
城の内部は徐々に凍てつき、冷え込んだ空気が流れていく。
寒さや冷えが苦手な自分にとっては、極寒地獄のような世界だった。
しかし、足元を凍らせている場合ではない。最悪の結末を阻止するべく、氷を溶かさなければ。
「彗亜さんは一体、何処へ? 」
「行かない方がいい。死ぬよ」
「凍死という転落はしませんよ。教えてください、彗亜さんを助けたいのです」
「……夜仲が後を追ったから。今は、夜仲の所に居るんじゃないかな」
最愛する者の想いを無視して進み、また次なる氷を溶かすべく問いを繰り返す。
「彗亜さんは今、何処に? 」
「彗亜の元には、いかないで……」
「彗亜の居場所は分からないけど。愛も動き出したから、微かに流れる熱気を辿っていけば。会えるかも」
「世明…! 」
「一依、彗亜を絶対に砕いてよね! 逆に砕かれたら、承知しないんだから! 」
「………ぐ。一依、絶対に砕かないで。砕いたら、二度と目覚めないよう。魂を凍らせるから! 」
恋心を抱く者の想いを完全無視し、兄を想う者の言葉を半分だけ承諾して進む。
そして、ようやく。目的の相手と出会えれば。
一時的に味方も裏切り、魔法で少しばかり傷つけながら、突如として現れる。
背後から、高らかで不気味な笑い声を出して。青い二本の角を輝かせて。
「――随分と、楽しそうな事をしているじゃありませんか。是非とも、ワタクシも参加させてほしいものです」
冷え切り、戸惑いに満ちる舞台を更に盛り上げる。
仕舞いには、一瞬にして姿を消したように魅せ。目的の相手を誘導させ、相手もまた姿が消えたのを確認すれば。 すぐさま、お手製、特製の魔法薬を使って。氷を溶かし、傷を癒していく。一時的に裏切った理由と手助けをする計画を話しながら。
だが、味方の一人は。誰よりも熱く火花を散らして怒号した。
「兄上の手助け? 馬鹿な事を実行しないでちょうだい! あんな凍てついた裏切り者を救おうだなんて…、 復讐劇を阻止するために、敢えて手助けするなんて…、見損なったわよ。一依ちゃん」
「しかし、手助けをしなければ。最悪の結末を生むことになります。彗亜さんにとっても。愛さん達にとっても」
「構わない。そもそも、最悪かどうかは。貴方が決めることじゃないわ。もう、どうでもいいのよ」
「本当に? 以前のように後悔をしませんか? 」
「どうでもいいって言っているでしょう…! これ以上、言動を続けるのなら。焼き尽くすわよ、空に昇るまで」
完全に頭に血が上っている。
今、説得しても。火種が増えて、余計な不運を生むだけだ。此処は、彼女が冷静になるのを待ってから。 もう一度、――もしかしたら終わった後になるかもしれないが。説明するしかない。
一旦、彼女の言う事を聞くふりをして。当たり障りなく立ち去る。
まだまだ溶かしきれないまま続く、氷の道を進んでいき。目的の相手の手助けをするため――、
『『対等な存在として、変に気を遣わず。自分らしく接触する事。第三者の介入として、彼の本当の姿を認める事が。 ストレスになりにくい』』
『『これは。より慎重に接触しなければならない。
些細な油断が、彼に多大なストレスを与えることになるから――、』』
『『一依。俺、必ず無効化を使いこなせて魅せるよ』』
『『……最低だな。凍えてしまう程に。自分だけはいいと思っているとは。
でも、責任は取るべきだ。俺に復讐させるきっかけを作ったのはお前なんだから』』
『『全てがどうでもいい』』
いつしか、思考していた自分の言葉と。いつしかのモノと少し前の目的の相手の言葉が脳内に響き渡って蘇る。 本当に罪悪感による手助けは正しいのかと――問うように。責め立てるように。 本当の彼の姿をお前は認めていたのかと。視ていたのかと。突きつけるように。 何もしていなかった嘘を、何も出来なかった心を、何も気づけなかった目を、何も知らずにいた逃げを。 見透かすように、呆れ返られたように凍り付かせる。
表面しか確かめなかった代償だと、犠牲だと、生贄だと――。
表面の傷は見抜いていたのに。
裏側は。真実は。現実を。見抜けず確かめることをしなかった。
ただ表面にあるネガティブな情報だけを信じ込み、思い込み、逃避した。
彼は、唯一、自分だけに心を開いて。訴えてくれていたのに。教えてくれていたのに。信じてくれたのに――。
自分は、訴えに気づかず。教えを見ておらず。踊るだけで何もしていない上、彼の心の叫びに耳を傾けなかった。 彼は、自分だけを頼りに。自分だけに甘えて。自分だけを信じて。自分だけに協力を求めたのに。 自分は何一つ、手助けをしてやれなかった。サポートなんてこと、一つも出来ていない。いい方面には何もかも。
ただ自分は彼を悪い方面に連れて行っただけ。導いただけ。弄んだだけ。
裏切れた時、裏切ってしまった時、彼の心はどれだけ悲痛を浴びていたのか。
彼が不信に。彼が諦観を。彼が失望に。彼が復讐を。彼が黒い色に染まったのは、自分のせい。 自分が彼を、彗亜を生き地獄に堕とし込んだのだ。
「あぁ、結局。ワタクシは死生の道化師にしかならないのですね……」
罪悪感による手助けは、ただ独善で自己満足でしかない。
彼、彗亜にとっては。ただの生き地獄でしかならない。死の要因と引き金にしかならない。 自分は――、殺戮を繰り返す。死生の道化師にしか踊れない。演じられない。見せられない。
『『お主の場合は、断ち切れる力を持っている。自分が死んだ後も、せいぜい楽しませてくれよ』』
何処からか、声が聞こえてくる。
正体を確かめるため、周囲を見渡すが誰もいない。ただの幻聴だったのだろうか――。
『『どんな結末になろうと。どうせ自分はと、自分に失望して、諦観して、見捨てては。 本当に誰も救えなくなる。ただ氷結の舞台が虚しく出来上がるだけだ』』
また何処からか、声が聞こえる。
しかし、声の正体は何処にもいない。ただ今度ばかりは幻聴ではなさそうだ――。
『『お主の色辞典は、死の色を生むために記載されてはなかろう。
恩を仇にするほど、ひねくれてはなかろう。愛を無駄にするほど、やさぐれてはなかろう。 今宵も、夜中も、夜明けも、深夜も。深海にまで沈めるほど、厳しくはなかろう。 復讐に満ちていた時、お主がどうしてほしかったのか。よく思い出せ。それが、お主のやるべきことだ』』
何処からか聞こえる声は奮い立たせるように続いていく。
自分がどうしてほしかったのか――。
そんなの――、
「彗亜――! 」
ただひたすらに高速で前へと進む。
彗亜を見つけるために、探すために、視るために、ただひたすらに向かう。
彗亜を完全に、完璧に、確実に、絶対に、必ず、救える自信は無い。
それでも、彗亜が欲しかったモノを与えなければ。
彗亜は、賢くて優しい努力家かつ頑張り屋な、とても優れた氷結の使い手で魅入ってしまう程のお化け。 彗亜は、麵類全般と水が好物で。いつも幸せそうに、美味しそうに食べる、飲む姿は実に愛らしいお化け。 彗亜は、キリっとした瞳をしたお化け。色が水色なのも相まって、美しく。つい見惚れてしまう者もいるほど綺麗。 彗亜は、落ち着いた低い声をしたお化け。聞いていて、こちらも心が落ち着き、安らいでいくほど聞き心地がいい。 彗亜は、俺を信じて。俺を見捨てず。俺を待っていてくれた、健気で温厚な、本当に心優しいお化けだ。
彗亜は、俺にとって。大切な友人だと、敬愛する仲間だと、素敵な魅力あるお化けだと。
そう、ちゃんと表に出して。心の奥底からの気持ちを伝えなければ。
彗亜が、自分を信じてくれたように。俺も、彗亜を止めなければ。
舞台が砕かれ壊れて、最悪な結末を迎える前に――。
ようやく見つけた影に手を伸ばして、
『「――許さない。絶対に転落させてやる。確実に凍結させてやる」』
完全に冷え切った声が背筋にまで響き渡る。
そして、伸ばした手を振り払い。酷く冷めた目で憎しみを紡ぐ。
『「――気が完全に冷え切った。もうどうでもいい。お前なんか、凍えてしまえ」』
「待ってください。一分でいいです。ワタクシの話を……」
『「――もう、待たない」』
視界が白く濁る。
全身が震え、寒く痛みを感じ。徐々に立っていられなくなり、その場にしゃがみ込む。
徐々に息が苦しくなる。
段々と意識が遠のいていく。
なんとか、もう一度。手を伸ばそうとする。更に立ち上がろうとする。
彗亜に想いを伝えるために。
力を振り絞る。少しずつ、冷えと寒さで重くなる身体を無理矢理に動かす。
唇を噛み締めて、閉じそうな瞼の動きに抗うように開いて。
手を伸ばして、掴み取る。
『「――ふっ、無能で悪かったなァ? 」』
嘲笑う声と共に影は砂煙のように消えていく。
掴み取ろうとしたが、触れることさえできなかった。
それもそのはず、影は幻影でしかなかったのだから。
寒さに耐えかねて、幻覚を見ていなかったに過ぎないのだから。
本物の彗亜ではないのだから、当然だ。
では、本物の彗亜が居るところは何処だ。
きっと、流れ的に有栖花の元だ。有栖花に復讐しようと、有栖花の自室に居るはず。 冷えや寒さに負けてなんかいられない。身体が完全におかしくなる前に。最悪な結末を迎える前に。進まなければ。
進まなければ――、
自分の意志とは正反対に邪魔をする脳の混乱に苛まれながらも、有栖花の自室へと辿り着き。 ドアノブにゆっくりと手をかけ、扉を引く。
目の前の景色が凍り付いていないことを信じて。
自分と彗亜を信じて。想いを伝えようと口開く――、
「――――」
思わず、息を呑み。言葉を失って、瞬きを繰り返す。
有り得ない、想像もしていなかった事に。小さく、ショックを受ける。
受け、追い打ちをかけるように。止めを刺すように。
『『――時間切れだ。伝えるのが、あと一歩、遅かったようだ。有栖花のせいで』』
破裂音を響かせるように立てて、淡々とした現実を示し、知らせる。
そして――、
『『兄という者は、存在は。いつも行く手を阻むな。ああ、実に可哀想で滑稽な事だ』』
慈悲の無い嘲笑う声が後を引くように告げる。
目の前に現れた――、今宵、愛しい存在に戸惑う自分に。
罪悪感による始めた手助けは、自分が想定していた最悪な結末よりも酷で厳格な結末だった。




