【宮廷道化師と有能の聖水と無能の氷結】
「そんなに絶望に満ちた顔をして、どうした? 」
「いや、何もする事ないのは逆にキツいんだよ。俺にとっては」
「ほう…、それは随分と毒されているなぁ。尚更、休んだ方がいいと思うが」
「心配してくれるのは感謝だが、何かやることをくれ。暇は嫌なんだよ」
「うーん…、難しい事を頼むものだな。お前は」
自分の目の前に立ち、顎に手を添え、心配混じりに苦笑を浮かべて話す――胡宵の側近の使用人である有栖花こと、今回のサポート相手。
今回から有栖花のサポートする予定となっていたのだが。
どうやら、自分が他のサポートに回っている間に。仕事を終わらせていたらしく、今は長期休暇に入っているのだという。
なんということだ。
することが何もなく、暇な時間が続くなんて。ただの地獄にしかならない――、
自分も長期休暇に入っていいということだが、流石にそれは長すぎる。
ただでさえ、普通の休日だってやることがなくて。寝ているしかない上に。有栖花のサポートをすると決まっている以上は、他のサポートは今できないのに。これは、なんとしてでも。何が何でも。有栖花から作業を貰うしかない。
暇を恐れ、何でもいいからサポートさせてほしいと頼み乞う。
だが、休みまでサポートさせるわけにはいかないと有栖花も引き下がらない。
それでも自分も諦めることはせず、必死に頼み乞う。
その後、何度断られても。頼み乞いて、一時間ほど経過した頃。ついに押しに押し負けたのか、ゆっくりとながらも口を開く――。
「それじゃあ…、相談に乗ってもらおうか。
ずっと、誰にも話せず悩んでいたことだし。お前は意外と口が堅いらしいから、安全だろう」
――相談に乗って欲しいと。
相談――、あまり悩み、相談事は得意ではないが、暇が潰せるのなら乗ってやろう。 そう、思い。暇が無くなったことの嬉しさが隠せず。高らかに声を上げ、胸を張って、任せてほしいと、何でも話してくれと粋がりながらも話を聞く態勢を取る。
そんな自分に姿に、また少し苦笑しながらも何処か安心した様子を見せ。 一度、咳払いを済ませると。悩んでいる事について話し始めた。
「……何でもできる反面、何でも弟の邪魔をする兄のことって。一依、お前はどう思う? 」
「へっ? 」
「弟の立場であったお前の意見が聞きたい。正直、どう思っているのか。話してほしい」
意外な悩み事に驚愕し、彼らが三兄妹でない事実に困惑し、此処で弟の視点を話すことになり、複雑な気持ちが入り混じる。
「ど、どうって……」
「躊躇う必要はない。どんな意見でも受け入れるさ。構わず、話してくれ」
声だけではなく、全身にまで複雑な感情が表に出ていたのか。
躊躇う必要はないと、宥めの声をかけられる。
宥められたことにより、気持ちが少しは落ち着くものの。
複雑であることに変わりない。だが――、話してほしいと言われているのなら。乞いに答えてくれたのだから。 ここは躊躇わずに、言葉を選ばずに、ありのままに話すことにした。
「どう思っているかって、そりゃあ……地獄のような気分だよ。
尊敬できる…けど、邪魔でもあるのなら、ただ憎くて、悲しくて寂しくてしょうがない。 どんなに努力したって、どんなに兄を越しても、心の奥底に溜まったネガティブな感情や欲望は満たされないのだから。 生きていてもいいことない。まじないすら気休めにもならない。希望を抱いても、夢を見ても、意味ないって思う。 自分の事をちゃんと見てくれないのなら、尚更な」
「そうか。じゃあ、お前は兄の事は嫌いなんだな? 」
「ああ、嫌いだよ。大っ嫌いさ。死んでもなお、憎い相手だ」
「なるほど。では、仮に兄から家族愛、兄弟愛を告げられ。ちゃんと見てくれていたら、どうだった? 」
「……たぶん、関係が修復できてやり直せたと思う。仲良く、毎日パーティーでもしていたんじゃない? 」
「ほう。それでは、最後に聞こう。――一依は、俺の事をどう思う? 」
「え。アンタのこと?
うーん…、そうだな。アンタと本格的に対面したのは今日だし。まだ分からない。どう思うかまでいってないが…、 強いて言うのなら、胡宵達の話を聞くに。掃除や工芸制作等が得意っていう印象と。高低差の激しい王子二人と。肯定と否定を交互にしてくる妹二人に挟まれ、囲まれて大変だなぁ……と、思うよ。俺よりも身近な存在となっているだろうからね」
「……そうだったのか。ありがとう。ようやく、少しは自分の愚かさが分かった気がするよ」
「うん。どういたしまして……」
それとなく返事をし合った後。
話を聞いて、話をして、お互いに何処か安心したように、悲哀に暮れるように小さく息を零す。 きっと、お互い複雑な気持ち――主に悲哀と苦痛、安堵が交互に渦巻いているのだろう。 俺はありのままに話した。だが、本当にこれでよかったのかと今更ながらに思う。だが、いつの間にか、続いていた沈黙を打ち破って。見せた、聞かせた彼の微笑みと声は――、
「ああ、俺は最低で無能な兄だ。愛していたというのに、ちゃんと見てやれなかった。視なかった。 和解する機会を自分で消してしまう程に、俺は愚かだ。――本当に、遅すぎるな」
悲しみを謳いながらも優しさに満ちていて。
「俺がいなくなれば。アイツは、少しは幸せになれる。少しは負担が減る。なのに…、ああ、俺は。まだ死なないのか」
口からゆっくりと血を吐き、床へと落とすように流して。
「延命したって…、誰も喜ばないのに。
ふふ。だけど、せめて、最期は…す、……に。なんて、思ってしまう俺は。本当に、ほんとうに、」
「……! おい、しっかりしろ! アンタは、兄貴なんだろう? だったら、遅いなんて言わずに見ろよ! 死ぬ前に、手助けくらいしてやれ! 互いに未練が溜まったままじゃ、どうにかなる未来も救えない! 」
「…おろかだな、俺は。
道化師のお前に窘められてしまうなんて、ああ、でも…。そうだな、俺はす…あ、の兄貴だ。 何かあった時には、す…い、…の味方をしてやろう。俺は、たった一人しかいない兄なんだから」
そっと魂を抜くように瞼を閉じ、呼吸の音を小さく、遠くさせる。
そして、ゆっくりと真っ直ぐ後ろに倒れ込む――のを、寸前で受け止め、抱き止めて支える。 突如、起きた有栖花の身の異変に驚愕し、困惑して、焦燥が走る。どうして、血を吐き、何度も呼びかけても返事は無く、ただ徐々に息の音が遠ざかっていくのかが分からない。だが、どうにか、彼を救う方法を瞬時に考えて。近くあった部屋に飛び込んで。有栖花をソファーの上に寝かせると、すぐさま部屋を出て、自室に向かい、棚の引き出しから自作の回復治療魔法薬を取り出し、腕一杯に持って。素早く有栖花の所に戻る。そして、有栖花の全身に。乱雑ながらに魔法薬をかけて、浴びせる。副反応・副作用・後遺症の事など後先考えず、逆効果の可能性も考慮せずに、ただひたすらに助けたいという、死なせたくないという、心の何処かで改めている意思に反する手のひら返しの想いで。彼の延命したくないという気持ちを無視して。独善を続行する。後に、偶然にも通りかかった愛が来るまで。有栖花が眠りから覚めるまで、は――。
「――いい兄貴じゃねぇか。なのに…、夢見も、後味も悪くなるじゃねぇかよ」
―――
「…い。……一依。一依、起きろ。
……ああ、目が覚めたみたいだな。うん? 随分と、憔悴…いや、疲れ切った顔をしている。 そんなに俺の事を心配してくれていたのか。お前は優しいな、一依」
魅力のある落ち着いた低い声に呼ばれて、薄く瞼を開けて見上げると。
優しく微笑みながらも、からかったような声が降りかかり。ぼんやりとした景色をはっきとさせると共に。寝落ちしていたことを気づかせ。目の前にある、ふかふかで柔らかそうな一人用のソファーに座るお化けの姿を示した。
吐血はしておらず、息遣いも安定しており、身体の何処を見ても傷や負担はなさそうで。 一見すると、無事に見える。
だが、身体の内側はどうなっているのかは分からない。
起きたばかりで大きく動かない口を、無理矢理に動かして。安否を問う。
「ぶ、無事か? 」
「ははっ、本当にお前は優しいな。 安心してくれ、外も内側も無事だ。お前が自作した魔法薬のお陰でな」
「そ、そう。それなら、よかった……」
内側も無事であったことに安堵し、肩の荷が下りる。
ライバの一件から、密かに回復治療魔法薬を制作していたのだが。
制作していてよかった。一命を取り留めることができ、副反応や後遺症もなく役に立てられるとは――、
「――全く。兄様ったら、勝手に自傷自滅して。事情を知らない 一依ちゃんからしたら、恐怖。トラウマでしかないわよ」
――完全に安堵している中で、有栖花を叱る声が横から飛んでくる。
声の主の方へ振り返ってみれば、愛が鋭い眼光を利かせながら仁王立ちしており、その姿に威圧を感じ。 叱られているのは自分ではないものの、冷や汗が出る。だが、有栖花は慣れているのか。割り切っているのか。開き直っているのか。俺とは対照的に悠々としており、「お前のその姿の方がトラウマものだな」と煽り返していた。すると、愛は自身に対しては肯定することなく。
「兄様のそういう悪癖は相変わらず素晴らしいわね」
鋭い眼光はそのままに、不気味な笑みを浮かべて、煽り返す形で有栖花を肯定する。 だが、有栖花は更に愛を煽り返し。――愛もまた有栖花を煽る形で肯定していく。 それを何分も。そして、いつの間にか、自分そっちのけで繰り返す。 そんなおかしな光景に言葉を失い、呆れ返るが。少し気になっていることを聞きたいのも相まって、火種を増やす可能性を考慮するのは忘れ、このまま傍観し放置していては、埒が明かず話も進まないと思い直し。一拍おいた後。咳払いから入って、煽り合戦はやめてくれと二人へ柔らかに伝えて気を逸らす。
「あの、ちょっと気になっていることがあるんですが。その…、有栖花さんって」
「ああ、俺は」
「そうよ、兄様は」
「「蘇生効果のある魔法薬によって、身体が衰弱していく病気を患い。日に日に弱っている」」
「お。聞く前に、綺麗に揃えて答えるとは……、さっきまで気が合っていなかったのに。 つーか、そこまでは……って、蘇生効果のある魔法薬!? それに衰弱だと!? 」
聞く前に答えられた言葉に驚愕の声が上がる。
自分の予想としては、有栖花は多大なストレス等で身体を壊してしまったのかと考えていたが。 現実は予想外であり、もっと危険な状態で恐ろしく信じ難いことだった。
蘇生効果のある魔法薬を制作することも、使用することも禁じられており、普通は手に入らない代物。 だが、有栖花は側近の使用人。その主は胡宵であることを考えれば、禁じ手を破る事など可能で。そう考えれば、腑に落ちる。副反応・副作用・後遺症等として、日に日に衰弱していく病気にかかってしまうのも。禁じられているものだからこそ、効果がとんでもない分、ありえる話だ。
しかし、一度。有栖花が死んでいるというのは信じ難い話だ。
側近の使用人という立場であれば、頻繁に外出やメディアへの露出はしているだろうから。 死亡したとなれば、少なくとも一度は何らかの方法で報道されるはず。 なのに、その報道は一度も見聞きしたことはない。自分が見逃しをしていなければの話だが――。
一度は有栖花が死んでいることに関しては腑に落ちず。疑問が積み重ねっていくだけだった。 だが、それも。聞く前に答えられ、疑問が解消され――悲しくも腑に落ちる。
「【俺達】が死んだのは、胡宵様の側近の使用人になる前――、幼少期の頃。報道等をされていない理由はそういうことだ」
「幼少期…、なるほど。まだその頃は使用人ですら……ん?【俺達】って、」
「私達、四人兄妹――全員、一度は死んだ身であり、魔法薬によって蘇生した身であることよ」
答えは――、側近の使用人になる前の幼少期の頃。四人兄妹、全員。一度は死に、蘇生していたからであった。 だから、報道等はされなかった。
「兄様…兄さん以外は、良くも悪くも、逆効果になることや病気になることはなかった。 だから、お陰様で。色々と苦労したわね。全く…、兄さんは頼りにならないわ」
「ははっ。不便をかけて悪かったな。でも、そういうお前も意外と大雑把だかな」
「あらやだ。兄さんったら、ご冗談は火加減だけにしてくれないかしら? 」
にこやかに煽り返せる今を見れば――いや、見れば見るほど悲しさが募る。
きっと、胡宵のことだから。見兼ねて拾い、蘇生をさせたのだろう。
だが、現実は異様に冷たくて。
詳しい事情は分からず、本人達も詳しいことは答えたくないようだから、読心術は使わない。 そもそも、使用したところで。表面だけの文字で、ライバの時とは違って、悲劇の詳細が分かるはずがない。 厳の否定さから、ある程度は予測できたとしても。それは、俺の解釈であって。真実ではない。 大前提に。これ以上、踏み込むのはダメだろう。プライバシーの侵害以上の損害が出る。 だから、彼ら。有栖花、愛、厳、弟のことは分からないままでいい。知られたくないものを知って、傷つけるのは止そう。
「俺の家族事情より、複雑だろうな…。
……ああ、そうか。だから、厳は馬鹿馬鹿しいって。気味が悪いって。言ったのか。 そして、有栖花も…、延命しても誰も喜ばないと。 でも、愛は。愛する者達が生きていれば、どうでもいい……。 ……いや、止すことにしたんだ。やめよう。取り消しできないものは致し方ない。自分らしく生きることを徹底しよう」
――今日、見聞きした事は心の隅に封印しておくことにした。
次の日。
昨日の事があってか、目覚めがあまり良くないが。愛から頼みごとがあると言われたため、なんとか活気を入れて。 キッチンへ向かい――到着した途端、意味ありげな笑みを浮かべて。
「一依ちゃん。次から、兄様の回復治療の魔法薬を制作してほしいの。一日、八十個。制作してもらえると助かるわ。 それでね、出来上がったものは。兄様の部屋にあるクローゼットの専用のケースの中に入れて置いて」
「あ、ああ。まぁ、それぐらいならお安い御用だ」
「それとね、はい! このお食事をお兄ちゃん…兄上に。毎日、渡してほしいの」
「お、おう。いいけど…、いや、待て。兄上さんって……、そもそも、何処に……、」
早口で捲し立てるように頼み込む、愛。
そんな愛の様子も少し気になるが、それよりも遥かに気になる事があった。
魔法薬はともかくいいとして、兄上は――。
「兄上、彗亜お兄ちゃんは。真下の階の通路をずっーーーーーと、右に曲がった先の部屋にいるわよ」
「あ、ああ、そうですか。えっと…、」
「あっ、でも。最初、びっくりするかもしれないわね。兄上の部屋、牢屋みたいになっているから」
「え」
「前にも言ったけど。兄上、精神を崩壊しちゃって。より魔法がコントロールできなくなって。 牢屋に押し込められちゃったのよ。だから、こっちでは見かけないのだけれどね」
「より? 」
「まぁ、とにかく。お願いね。
今日から一依ちゃんは、――兄様の魔法薬作り担当と兄上のお世話係担当だから」
返事や断りをする隙と暇も無く、強引に決められる。
兄様こと――、有栖花の魔法薬作り。
そして、兄上こと。彗亜のお世話係を担当する事を――。
―――
彗亜の部屋の扉の前まで辿り着くと、隙間から異常な程の冷気が流れ出ており、全身が凍り付きそうなほどに寒い。 いや、寒いのは。この部屋に行くための通路からだったから、扉の前となると真冬の冷凍庫辺りの寒さか――。 いやいや、そんな表現の表し方など。どうでもいい。寒いのが苦手な自分には、寒いものは、寒いのだから。 それに、寒いだけではない。通路からもそうだったが、壁や床に血液らしきものが飛び散ったように付着しており、臭いはないものの、とても異様な景色と空気だ。
愛曰く、牢屋に近い部屋と言っていたことから。きっと内装も夥しいものだろうと予想する。 そして、肝心な彗亜本人だが――。
恐らく、自分と同じく。かなりひねくれているに違いない。
この世界の王である、胡宵。妙に優しいが、無口な夜仲。兄至上主義の世明。 有能な兄、有栖花。何でも肯定する妹、愛。何でも否定する妹、厳。 幼少期は分からないが、城で過ごす間はこの六人に挟まれて生きてきた上。 魔法がコントロールできず、牢屋に近い部屋に閉じ込められていれば、心身ともにストレスが大きいだろう。 余程のポジティブ思考の持ち主ではない限り、ひねくれていてもおかしくない。
ひねくれてしまっている以上は、特に自分と同じく、かなりの場合は。
あまり干渉せず、本人の気が済むまで自由に生きさせるか。誰か、心を確実に救ってくれるような第三者の介入を選択するのが、最適だが。自分は彼のお世話係としての担当。担当上、意図せずとも彗亜との接触は多い。彼にとって、見知らぬ。よく分からぬ。怪しい存在は、胡宵達や兄妹以上のストレスを抱えるだろう。 仮に、自分と接触したことで。過剰なストレスを抱え、溜めこんでしまい。自傷や死を選ぶことも――ありえる。それは、避けたい。自分のせいで、目の前の相手が死ぬのは――。家族がいるのに――。それならば、どう接すれば。彼にストレスを出来るだけ与えずに済むのか。
一度、自分に置き換えて考えれば――。
対等な存在かつ第三者の介入として接触するのがベストかもしれない。
先程からもそうだが、これは自分と同じく、かなりひねくれているていで進めると。 対等な存在として、変に気を遣わず。自分らしく接触する事。第三者の介入として、彼の本当の姿を認める事が。
ストレスになりにくい。
最初や一部はともかく。
夜仲、愛、有栖花は特に対等な存在として接触してくれた。
今思い返せば、これはとても嬉しかった。変に気を遣われず、極端に毒を飛ばすこともなく。自分らしく接してくれたことが。
そして、第三者の介入。
胡宵が自分の元へ現れ、自分の心を救ってくれた――自分の良い部分、悪い部分を見た上で。本当の姿を認めてくれた。 心の底から楽しめて幸せになれる固執の舞台に導いてくれた。それは何よりも嬉しいことだった。ようやく――っと。
正直、俺の場合が。彗亜に合っているのか分からない。
だが、ストレスを出来るだけ与えずに済むのはこれしかない。
結局、本番。一か八かだが――、やってみよう。
とはいえ、矛盾にはなるが。万が一の事も考えて。多少の演技はいれておこう。エンターテインメントとして。
お化けは度胸と本性。
俺は、彗亜を救って魅せる――。
冷たいドアノブに手をかけて開け、彗亜の元まで進んでいき――、
「はぁ…、なんで俺が。あっ、お前が兄上さんですか? 飯を届けに来ましたー」
目の前まで行けば。
棒読みと面倒くさそうな表情を浮かべる演技をして、食事を届けに来たと報告する。 枷に縛られ、牢屋に閉じ込められているお化け、蕾努 彗亜に――。
―――
蕾努 彗亜――。
彼の姿、性格は口振りと声音から見聞きしても、予想通り、かなりひねくれていて。外見だけの第一印象は痛々しく感じるものだった。 両腕、首元には。チェーンで天井と壁にまで繋がった重たい枷をかけられており、特に両腕には自傷の跡が無数に残っている。加え、恐らく精神を崩壊してしまった影響からか。有栖花と見比べると、良く言えば、クールで大人っぽい。悪く言えば、酷くとげとげしい。
頭の天辺にある炎の揺らめきみたいなモノは。有栖花は滑らかで柔らかいのに対し、彗亜は鋭く尖ってギザギザに逆立った形。目の吊り上げ具合は。有栖花は目尻が吊り上がってはいるが、全体的には丸みがあり、幼い印象を受けるのに対し。彗亜は全体的に鋭く細く吊り上がっており、冷たい印象を受ける。
体型は二人ともすっきりとしているが、有栖花は柔らかく華奢な感じであり、彗亜は引き締まったスレンダーな感じ。 体色と瞳の色は、有栖花は青色系統、彗亜は水色系統。身長は彗亜の方が五センチメートルほど高く、声質も彗亜の方が低く掠れていた。
能力だけではなく、外見まで兄と違うとなると。
これは、予想を上回るほど。ひねくれた――陰湿な鬱々とした性格になっている可能性がある。 失礼な話だが。有栖花と彗亜、どちらの方が第一印象として好印象かと聞かれれば。自分もそうだが、殆どのお化けが有栖花と答えるだろう。その上、側近の使用人としての立場も考えれば。何かしらの差別は受けていてもおかしくない。胡宵の口から、彗亜の名前が出てくることが無い時点で――。
とにかく、これは。より慎重に接触しなければならない。
些細な油断が、彼に多大なストレスを与えることになるから――、
「…ん? は、これって。加護? 」
冷気に混じって、彗亜の身体から何か異質な空気が流れ出ており、よく目を凝らして見てみると。 彼の持つ、加護の波動であった。それも、無効化の加護という、ありとあらゆる物事を無効化できる最強級の加護。 異質な空気の正体、彼の加護を知り――。
「……マジかよ。そんな…、だったら、全部!解消解決できるじゃねぇか! 」
彗亜の持つ加護に希望を持ち、心が歓喜に満ちる。
この加護を上手く使いこなせれば、彗亜の問題は全て解消解決できると確信する。 コントロールできないのも加護で無効化してしまえば、牢屋に閉じこめられる必要はない。 加え、仕事関係は勿論。些細な日常にだって、大いに役立つ。自分らしく生きることが可能だ。
「なんだ。簡単な事じゃないか。慎重にならなくたって、いい。全て幸せになれる、やり直しが利くんだから! 」
すなわち、ひねくれも完治するってわけだ。
憂鬱な気持ちも無効化すれば、自らの力で立ち直って前に進める。
それならば、何だってサポートしよう。なんだって教えよう。自分の力で自分を救えるまで。 彼――、蕾努 彗亜の未来は明るく幸福だ。
食事を届けるのを終え、出口へと向かっていた足を振り返らせ。
再び、牢屋。鉄格子の前に立ち。魔法で、一人のお化けが通り抜けられるくらいの幅に破壊し。続けざまに、彗亜が衝撃で怪我しないように細心の注意を払いながら、力づくで かけられていた枷を全て外す。
突如、自分の身勝手な行動に困惑の色を見せ、疑問符を沢山浮かべる彗亜に。 答えを出すと共に、凍てついた氷を溶かすように温かい日差しを向ける。
「俺の仕事を減らすついでに。三度目の人生、始めてみてはいかがですか? 」
―――
彗亜も変わりたいと希望を持ち、加護を自由自在に使いこなすため。
そして、加護を使いこなせる以外に。必要としているモノを教えるためのサポートする日々が始まった。 ちょっとしたトラブルはあったものの。順調であり、彗亜の凍っていた表情も明るくなって。日に日にいい方向に日差し向いていく。
そんな、ある日の事――、
「一体、何をしているのですか? 」
「……………」
「返事が無く。集中力の高い無意識、無自覚といったところか。これなら、記憶になくても納得だ」
今日もまた彗亜のサポートをしようと訪れてみては。
真っ二つに折れた先の鋭い手格子を使って、ただ単に無心に右腕を血の滲む横線を描いていた。 前々から、両腕共に新しい横線ができ、徐々に数を増やしていると気づき。原因が分からず、本人に心当たりがあるか聞いても無く謎で、疑問に思っていたが。 実際の様子を見て、ようやく理解し納得した。
彗亜は。呼びかける声が聞こえない程に、記憶が無い程に、集中力の高い無意識と無自覚、無心でするように。自己防衛のため、ストレスを癒すため、身体の機能に洗脳され支配されている状態になっている。だから、新しい横線が増えるわけだが。――困ったものだ。これを、言い方を悪くすれば。辞めさせる方法。言い方を良くすれば、治す方法は。本人の意思を取り戻し、本人の自らの力で終わらせるしかない。 こちらが、無理矢理に。強制的に。辞めさせれば、逆効果となり、余計に状態や症状を悪化させ。最悪の場合には、空に旅立つ選択を選んでしまうこともある。そのため、こちらから行動を起こすのは良くなく、下手な事はしない方がいい。それに、そもそも。これはストレスを癒すため、自分を護るため。正確には、心を護るための行動であり、辞めさせるのも。治すのも。ある意味、酷な話である。たとえ、辞めた、治したとしても。また違う事で同様の状態、症状に陥ることがあるので、難しい。とはいえ、微かに残った良心が痛み。矛盾するが。このまま放置というのも良くはない。このまま放置させていれば、傷をつけている肉体が機能しなくなってしまい、いずれ限界を突破して空に旅立ってしまう――。
「――本当に困ったものだよ」
とても難しい問題で、困ったものであることには変わりない。
何より、彼の場合。かなり古い横線もあるのだから。伝えたところで、無効化することもできない。 放置された分、放置した分。無理になっていく――。
だからこそ、本人の意思を取り戻し、本人の自らの力で終わらせない限り、身体の機能が済むまでは待つしかない。
「……ん? あれ、一依。いつからそこに居たんだ? 」
「十五分ほど、前からですかね」
「なんだ、起こしてくれればよかったのに」
「熟睡中を邪魔できませんよ。……それで、ゆっくり、ぐっすり眠れました? 」
「ああ、眠れていたと思うぜ。――夢を一つも見ていないからな」
何気ない会話。当たり障りのない自然な態度。
隠した上で物事を進める。
無能の氷結である身体の機能をこれ以上、無能にさせないために。
彗亜の心の幸福度をサポートする。これが、自分に出来る、抗える最善策だと信じて。
「一依。俺、必ず無効化を使いこなせて魅せるよ」
――いいや、きっと。大丈夫だろう。
彼は、彗亜は、自分の力で解いて。溶かして。無効化して。最高の幸福を得る。 鋭く美しく輝く水色の瞳が、意志を示しているのだから。




