【焦燥ある固執 すれ違う、届かぬ想いと愛】
いつまで待てばいい――。
いつまで待てば、自分は報われるのだろうと悩み考えていた。
いつまで待てば、自分は助かるのだろうかと悲哀に暮れていた。
いつまで待てば、自分は救われるのだろうと苦痛に苛まれていた。
いつまで待てば、相手は自分を見てくれるのだろうと不安になる。
いつまで待てば、一族は自分を認めてくれるのだろうと苛立ちが沸く。
いつまで待てば、兄達は自分に振り向いて、心の底から褒めてくれるだろうと寂しさに包まれる。 いつまで待てば、両親は自分に想いを向けて、愛情を注いでくれるのだろうと孤独を抱く。
本当に。いつまで待てばいいのだろうか。
一日。一週間。一ヶ月。一年。三年。五年。七年。十年。十五年。二十年。五十年。百年。数百年。千年。 どのくらい、待てば。どれだけ、待てば。いつまで、待てば。
自分の願いは叶い、目標は達成し、夢は現実になるのか。
幸せというモノは手に入るのか。
本当にいつまで待てばいいのか。
自分に与えられている時間は、猶予は、月日は残り少なくなってきている。
数秒、針が進むにつれて。自分よりも優秀なお化けが目覚めてきている。
一番から突き落とそうと。一位から引き摺り下ろそうと。頂点を奪いに来ている。
せっかく頑張って、努力して、積み重ねてきたのに。
せっかく命と寿命を削って、積み上げてきたのに。
何も報われないまま、奪われてたまるか。此処で、転落するわけにはいかない。
だから――、あといつまで待てばいいのか。誰か、教えてくれ。
この座を誰にも譲る気はない。何一つ、報われていないのなら尚更。
だから、お願い。待っている間は、奪わないで――。
此処で崩れ落ちるのは御免だ。新しい優秀な波に飲まれたくない。
しかし、体力や心が持ちそうにない。現実の流れに耐えきれそうにない。
本当にいつまで待てば――。
「趣味ならともかく。二、三年続けても無いなら、さっさと辞めろよ」
酷く無責任な言葉の槍が遮って心を貫こうとするが、寸前で受け止め、耐えきる。
大器晩成型もある故、そんな大して理解力の無い軽率な態度で挫け折れるほど弱ってはいない。 そんな酷く無責任な言葉を口に出来るほど、自分は落ちぶれてはいない。 だから、時が来るまで。待ち続ける。諦めるという選択肢は自らしたくは――。
「いやぁー、まぁね? 確かに、努力し続けた事は普通に凄いし。才能もあるかもしれないよ。 でもさ、ハッキリ言って。向いていねぇな。似たような奴らは沢山いるし。今現在、機械や魔法の発達が進んでいるから。正直ねぇー。だから、現実に目を向けて。諦めた方が最適って感じよ」
確かに。自分の必要性を感じないほどに良くも悪くも進んできているが。だからこそ、踏ん張って。今なお、努力を怠らない。欠かさず、頂点を維持している。
だから――、誰になんと言われようが、追い詰められようが、苦しみに苛まれたとしても。 自ら転落するような真似は決して――。
「どうせ、生き残れはしない。報われも、救われることもない。時には諦める選択も重要。 だから、待つのをやめなよ。金銭も。時間も。努力も。何もかも全て。無駄だから。 無駄じゃないは甘え。この競争社会で努力が勝てると思うのも甘え。全部、甘い。 世の中、そんな都合のいい甘い世界じゃないよ。大体、お前は何が出来んだよ? 」
頂点に立つためならば、些細な物事から取得が難しい権利や資格を取ってきた。
だから、何もかも出来る。だから、卑劣な言葉には屈しない。だから、待つのは――。
「いつまで待てばいいも無い。お前が待ち望んでいるモノは叶わない。お前は――、俺には勝てないから」
綺麗に生えそろった歯を見せる嘲笑いを最後に吐いて。
いつまで待てばいいと焦燥する固執に囚われていた自分を軽く蹴落とす。
底の見えない二位という立場へと――。
「なんと、あの毒舌の炎で有名な……エトワール・ストロング・ストレートが!
千年近く、頂点を維持してきた冠化 一依の結果を遥かに飛び越えて、座を奪いました――! 」
次の大会に向けて描いていた絵が完成して、ようやく休憩できると何気なくテレビを付けた時のことだった。 テレビに映されたニュース番組に、緊急速報として流れきたのは。エトワール・ストロング・ストレートという名のお化けが自分から頂点の座を全て奪ったという情報であり、遂に新世代の創造者が現れたと報じられ、インタビューは驚きと期待、歓喜で賑わっていた。
突如として――、いや、恐れていた事が現実となり、一瞬にして心が砕け散って絶望と喪失感に堕ちていく。 まだ何一つ、報われてすらいないというのに。転落してしまうとは。なんとも滑稽な事か。 結局、自分の努力は全て転落してしまうだけなのだと。報われる事は一切ないと気づけば気づくほどに。 砕け散った心は真っ黒な色に吸い込まれて、自分にも。相手にも。全てにも、憎悪と殺意の感情が浮かび。
もう何もかも全てどうでもいいと自暴自棄に嘆いて、悔やんで、涙を零して――。
今度は自分の魔法で全身を斬り付けて、二度目の自殺を図った。
しかし、頂点の座を維持するために努力した身体は。
一度目の時のように上手く意識を失うことができず、血液もそれほど流れ落ちることもなかった。 まさか此処で、努力した事が裏目に出るとは。本当に滑稽で最悪だ。 このままでは、死ぬことができない。それならば、選択肢はただ一つ。
今度は死ぬ努力をすればいいだけ。
死ぬ瞬間が来るまで。一日中、死に徹底すればいい。
この世の全てが凶器である。徹底していれば、いずれは死に向かう。頂点の座を維持し続けるよりも簡単な事。 手始めに。この――、
「何をする気かしら? 一依」
「アンタ、自ら転落するような真似は決してしないじゃなかったの? 」
何処かで聞き覚えのある声が背後から聞こえて振り返ると――。
仁王立ちで佇む、兄達の姿が映った。
いつの間にか、自室に侵入していることに驚くも。すぐさま、何しに来たのかと尋ねる。 用も無しにわざわざ、自室に侵入してくることはない。恐らく、二位に陥った事をからかうついでに――、
「アンタ、また自殺しようとしたのね? 勝手に死ぬだなんて、許さないわよ」
「ええ、一灼の言う通り。勝手に死ぬことは許さない」
「一依は生きなくちゃいけないの。だから、こんなくだらない事で死ぬのは やめなさい」
「この程度の事で生きることを諦めてはダメ。一依には、未来があるのだから」
――予想とは少し違って、死ぬのは許さないと否定され、くだらないと片付けられる。 そんな酷く軽率で想いや愛の無い兄達の態度に、自分でも不気味な程に掠れた笑い声が零れて。憎悪と殺意の感情が復讐心へと変わっていく。
あの時と同じく、人生の終末を決めることさえ許されず報われないのならば。 結局、兄達には届かず、変わらないのであるのならば。努力なんて、何一つ、報われないのであるならば。 自分も。兄達も。両親も。一族も。存在価値などない。大切に、固執する必要性は全くもって無い。 それならば、消滅させてしまおう。邪魔者を排除してしまおう。嫌な物事は早く片付けた方がいいに限る。
――どうせ、俺の求める救いは来ないのだから。
声を上げる隙もなく、たった一つの呪術で兄達を形の無い肉塊へと変え。自室を赤黒く染め上げる。 たった一つの呪術で殺害できたことに驚きつつも、あまりにも呆気なく殺害された姿には酷く乾いた笑みが浮かぶ。 昔は返り討ちをさせないほど、心に深い傷を負わせていたというのに。たった一つで死んでしまうとは。所詮、口先だけか。それとも、努力の結果や本当は自分の方が強かったのか。何にせよ、兄達の実力がこの程度のモノでしかないのならば。両親や一族はどれほど弱いのか見当がつく。これでは、復讐を楽しめそうにない。せっかく、いい舞台なのに。踊ることができないとは。――いや、意図的に手加減して。今度は両親や一族を躍らせ。道化師にする相手を見誤った事を心の底まで刻み込ませて。反攻に怯え、あたふたと威厳が崩れ落ちる様を見て嗤い、楽しみ。
――一族の頂点の座に立とう。今度は俺が王様だと、思い直させて。
―――
兄達が過ちに気づいたのは、アーティスト兼エンターテイナーの仕事を始めてからだった。 格差による虐め。報われることのない努力。才能を持つ狡猾な者だけが生き残る世界。存在価値までを否定する他者からの誹謗中傷。それが、どれだけの生き地獄であるかを痛感し現実を知った兄達は。弟に対して、取り返しのつかない過ちした事に気がつき、後悔と罪悪感に満ち。弟が自らの力であらゆる才能を開花させる度に募っていた。
何故、自分達は。少し違うだけで、存在価値の無いモノと見なし。罵倒を繰り返したのか。 何故、自分達は。弟の才能に気がつかず、失敗作と決めつけたのか。 そもそも、失敗作という発言してはならない事を口にしたのか。
しかし、どんなに後悔と罪悪感に満ちたところで。取り返しのつかない過ち。
それならば、せめて。自分達も含めて、両親も含めて、一族全員をこの世界から抹殺した方がいい。
「――いっそ。この世界から抹殺した方が良くないか? 」
「ええ。確かに、他の世界なら。一依を役立たせてくれるかもしれないわねぇ」
「もうさ。俺達は一依の邪魔にしかならず、楽になりたいだろうから」
「それなら、この世界だけではなく。魂諸共、抹消するの。その方が手っ取り早いじゃない? 」
「なるほど、その手があったか。実に名案だ、一魅。――ああ、何で今まで気づかなかったんだろうな…、本当」
自分達そのものがいない世界であるのならば、弟は自由に生きて、自分にとって役に立つ事を更に身に付けられる環境になるだろう。そう、弟の幸せを願って行動を起こそうとした――だから、弟の辛さを軽減しようと同じ傷跡を付けた。頂点から転落したという情報を知ってすぐに、自殺を止めるために自室へと訪れた。だが、その想いと愛は弟に届かず、すれ違うだけという逆効果を引き起こしてしまい。復讐心に満ちた弟に――。
最期まで、形だけの和解すらできぬまま。互いの想いと愛、努力は。すれ違い、届くことはなかった。




