表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/70

【グレ・リスキー・キルティング】

騙された俺も俺だが、氷の野郎は酷い野郎だ。

出番なんて、話なんて、全て無かった事にした挙句。殺人鬼の巣窟に閉じ込めるとは。 俺自身も殺化鬼じゃなかったら、死んでいた。殺人鬼共を全員、倒すことが出来ずに戦死していた。


とにかく、此処から出て。氷の野郎を見つけたら、ズタズタに引き裂いて――引き裂いてどうする。俺は牢獄に閉じ込められていた身だ。逃亡生活した所で長くは続かない。追われるだけ。捕まるだけ。死ぬだけ。まぁ、殺化鬼の俺が言えることでもなく。相応の罰だろう。


どの道、死ぬ定めだ。諦めて、自ら命を絶った方が――。


「――おっと。ここは一体……

え、殺人鬼の巣窟!? とんでもない所に飛ばされましたね……」


後方から声が聞こえて振り返ると。

何かを背中でおぶったお化けが周囲を見渡しながら、立ち尽くしていた。


どうやら、見る限りだと一般のお化けのようだが。飛ばされたという台詞。迷い込んだなら分かるが――いや、それよりも。あの騙った氷の野郎と同じ匂いがするのが引っ掛かる。何か氷の野郎と関係があるのだろうか。例えば――、氷の野郎の仲間とか。充分にありえる話だ。何らかの理由。もしくは俺と同じく騙され、裏切られて。ここに飛ばされたという――流石に考えすぎか。いくらか殺化鬼の勘って奴が反応しても。そんな偶然はそうそうにない。同じく騙されたという一番に可能性の高いコレを除けば。


まぁ、何にしろ。敵対者でないのなら、俺が出る幕ではない。

いくら氷の野郎に腹が立っているとはいえ。無関係なお化けを殺害するなんてことはしない。それが殺化鬼としてのルール――、


「とりあえず、出口を見つけて。断刈様と彗亜達と合流しなければ。

それに今更とはいえ。よく考えて思い出してみれば。あの服装……はぁ、全く。彗亜さんは本当に趣味が悪いですね」


「――おい、テメェ。氷の野郎の仲間かァ? 」


「え、あ、氷の野郎って……、というか、まさか貴方は……」


「仲間か。違うかって、聞いてんだよォ! 」


仲間であることを匂わせる発言に。殺意のボルテージが上がり、勘と感情のままに真実を確かめるべく。お化けの目の前まで勢いよく走り、徐々に声を荒げて尋ねる。答えによっては、前言撤回になることを心に決めて。


突如、俺に問われた事に。俺が現れた事に。動揺しながらもお化けは――、


「ま、まぁ…、利害の一致という意味では。仲間なのかもしれませんけど……」


仲間であると返答した。

なるほど。殺化鬼の勘は間違っていなかったらしい。それなら、前言撤回。このお化け、氷の野郎の仲間を切り裂くだけだ。


魔法がかけられた異様に鋭く尖ったナイフを片手に回しながら、襲い掛かる。


しかし、咄嗟に避けられ。逃げられてしまう。だが、こちらも逃がさまいと、致死量及び致命傷にもなる威力を持つ魔法を放ちながら追いかける。殺意を込めて舌を出しながら嗤い、諦めろと制止を口にして。それに対し、仲間のお化けは断りを入れ続けて。


「逃げ場はもうねぇんだァ! 道連れの連帯責任だァ!大人しく、切り裂かれろォ! 」


「……死なせてはいけないお化けを背負っているので、契約を交わしているので、無理です!お断りしま……あ、」


「ん?急に立ち止まってどうしたァ? 遂に諦めたのか? 」


それを百回ほど繰り返した頃、ついに諦めでもしたのか。走っていた足を止めて立ち尽くす。その様子に何処か違和感を抱きながらも、こちらも足を止めて降参するのかと尋ねる。


すると、震え引きつった声で恐る恐る口にする。


「いや、……挟まれたと思いまして」


「何に? 」


「殺人鬼に……」


殺人鬼に挟まれたと。

俺の場合、正しくは殺化鬼だが。恐らく、奴の目の前には俺とは別の殺人鬼がいるのだろう。 ここは殺人鬼の巣窟だし、出くわしてもおかしくはない。俺自身も巣窟に来たばかりの頃は自分の身の安全の為に切り裂いてきたから。なんだ、違和感はこれか。やけに震えていたのは殺人鬼に挟まれたから――殺人鬼? いや、おかしい。殺人鬼に挟まれ、いやいや、殺人鬼がいること自体がおかしい。殺人鬼共は全員、俺が切り裂いて倒したはずだ。なのに何故――、まさか、本当の違和感はこれで。いいや、単純に俺が見逃していただけで。また切り裂けばいい話。何の問題もない。邪魔する奴は躊躇なく――、


「――え」


視界がぐるりと回転して、身体は床へと叩きつけられ、目の前にいたお化けが遠くなる。


一体、何が起きたのか。


それは――、


「て、テメェ……、」


「……二人の殺人鬼に追われるより、一人の方が楽で逃げ道がありますからね!

生存率が上がる方を選ぶのは当然ですよ!なので、貴方には犠牲になってもらいます! 」


お化けが黒い手で俺を遠くへと投げ飛ばしたのだ。まるで魔獣が玩具を取りに行くように、取りに行かせるように。もう一人の殺人鬼を誘導して、俺を犠牲の餌食にしたのだ。


なんて野郎のお化けだ。

いや、氷の野郎の仲間なんだ。これくらいありえる話か。

とにかく、急いで立ち上がろう。立ち上がれば、殺人鬼を切り裂ける。


「クソっ!散々な事ばかり、起きやがるッ……! 」


だが、最悪な事に当たり所が悪かったのか。床へと叩きつけられた衝撃で立ち上がることが出来ない。


氷の野郎に騙されるわ。犠牲の餌食にされるわ。散々にも程がある――いや、因果応報か。自業自得か。これが殺化鬼としての罰なのかもしれない。最愛する魔獣が殺害されたからって、復讐に走った上に殺化鬼の道を進むなんて事をしたら。結局、殺害した奴らと同類に変わりない。いや、奴らより酷く醜いだろう。


だから――、


あぁ、そうか。そうだよな。


俺は最低なお化けだ。

最低なお化けは死んだ方がいいもんな。


相手が俺じゃなかったら、お前は長生きして幸福な時間を過ごす事が出来たはずだもんな。


あぁ、本当にゴメンなァ。

俺が最低な奴で――。





「…………、は? お、おい!テメェ!? 」


「……今は亡き、最愛の魔獣の為に。黒く染まったのでしょう? そして今、後悔を重ね抱いている。なら、ブリーチして色を明るくしなきゃ意味がないでしょ」


「なんで、それを知って……」


「私の読心術はどんなに閉鎖されても、鍵をかけられていても。防ぎようがない程に読めて見えるのですよ。 致し方ありません。貴方の魔獣様の為、ここはお化けは度胸と本性で身代わりになりましょう。変なお化けが近づくのは慣れています。さあ、こっちですよ!殺人鬼! 」



気が変わったのか、何を読んで見たのかは分からないが。俺を犠牲の餌食にすることはやめて、今度は逆に自分の方へと誘導し、奥へと走り出す仲間のお化け。


そんな唐突に心境と行動を変える仲間のお化けに驚きのあまり呆然しかけるも。すぐさま、慌てて手を伸ばし、「待て! 」と声をかける――頃には。もう姿は見えず、殺人鬼も居なくなっていた。


――まさか、


「――まさか、お前にまた助けられるなんてなァ。俺、情けねぇ……情けねぇから、仲間のお化けが言った通り、ブリーチしねぇと。逃げることしか出来ない奴は、俺が護ってフォローしてやらないとなァ? 」


――まさか、こんな形で本来の目的を思い出すとは。時には散々ってのも悪く――いや、悪いものは悪い。でも、そんな中でも。良い事はあるもんだ。


弾んだ心で衝撃を無理矢理に打ち消して立ち上がり、仲間のお化けが行ったであろう奥へと続く道を追う。 最愛する魔獣の為に動く奴に悪い奴はいない。だから、償い物として見逃してやる。


――俺が切り裂く前に死ぬなよ。お化けの仲間ァ。



―――



追いついた頃には、凄惨な状況に変わり果てていた。

どうやら、殺人鬼を倒すことが出来たようだが。精神的には相当なダメージを受けている。全身を恐怖で震わせながら、疑心暗鬼に陥り、自問自答を繰り返している。


まぁ、そうなっても仕方ない。

俺も初めて切り裂いた時は。とんでもない心境に陥っていたから。とはいえ、このまま繰り返されても困るし。どうにかして、正気に戻ってもらわないと。最愛する魔獣も褒めることもできず、喜べな――、


「――な、何をするんですか!この純粋悪! 」


――い、と目を逸らしている隙に。パチンと何かを叩く音と共に、正気に戻ったようだ。 何がともあれ、正気に戻れたみたいでよかった。 見知らぬ おチビはいるものの。とりあえず、これで仲間のお化けと対話することはできる。本来の目的を思い出させてくれたお礼と。一度は犠牲の餌食にした少しの嫌味を込めてね。


タイミングを見計らって、今来たように見せながら声をかける。


「――よォ、此処に居たのか。氷の野郎の仲間さん。随分と探し尽くしてしまったァ。責任、取ってくれるよなァ? 」


舌を出した不気味な笑みを浮かべて――。



―――



「え、誰……」


「――殺人鬼さん。ご無事のようで…、責任ですか。取りたくないでお断りします」


「な、なに!? 色の知り合いなの!? ボッチなはずなのに? 」

「それを言ったら、貴方もでしょうが……まぁ、この方は」


「俺はァ、グレ・リスキー・キルティング。殺化鬼だ。

詳しい事を話すと少々、長くなるけどいいよなァ? お仲間さん達ィ? 」


突如、殺人鬼――本人曰く、殺化鬼が背後に立ち尽くしていた事にも驚きを隠せないが。 色が殺化鬼と知り合いであることに更に驚いた。どうやら経緯を聞くに、二人には僕が気絶している間に出会ったらしく。色は彗亜の仲間として、責任を問われていたが。二人とも過去に魔獣への関りがあったということで、一旦取り下げて、一時休戦という形になっているとのこと。――何を言っているんだろう、この二人は。とにかく、僕が気絶している間に。もう何度目か分からない急展開が起きていたっぽい。そして――、


「なるほどォ。アンタ、色はそういうわけで手のひらを返し、俺に手を貸したってわけか」


「そういう貴方も。事情を知ったら、態度が急変しましたけどね」


「まぁ、何がともあれ。最愛する魔獣がいる者同士。これから、仲良くしようぜ」


「ええ。宜しくお願い致します。グレさん。それじゃあ…、脱出に向けて」


「「お化けは度胸と本性! 」」


いつの間にか、意気投合し仲睦まじく親密な関係になっている。僕を完全に置いてけぼりにして。 おかしい。僕が主役回の話なのに。散々な扱いを受けている気がする。というか、色が心から楽しそうにしている笑顔を初めて見た気が――いいや、色々と気になるところはあるけど。今は此処から脱出することを考えよう。だからまずは――、


「ふふっ。確かにそれは名案ですね。お互い無事に脱出することができたら、そうしましょうか」


「ああ!きっと、イロドルさんも。アザヤカも祝福してくれるぜ! 俺達の事を」


「――ちょっと待ってぇえええ! 今、危ない言葉が聞こえたよ! 」


「危ない…言葉? 何がですか? 」


「危ないじゃない! だって、だって……その会話からするに二人はっ」


――聞き逃しできない言葉と会話が耳に入って、慌てて制止をかける。

危ない言葉とは何か、とぼける色に苛立ちが沸きながらも――喉が引きつり、言葉が詰まって、口に出すことができなかった。この事をこちらから口にしてしまえば、認めてしまったようで心が痛くなる。何処ぞのお化けの骨かつ泥棒お化けに。自分が言えることではないが。何より、殺化鬼とかいう悪の化身に色を盗られてしまったような気がして。凄く、凄く嫌なんだ。


「し、色は僕のモノだもん……」

「甘いね。色は僕の愛しいお化けさ」

「馬鹿か。色は俺のモノ。俺は色のモノ。だから、俺だよ! 」

「いや、俺のお化けだァ」


「急に何を。気持ち悪い。私は誰のモノでも……いえ、イロドルと断刈様。そして、」


「俺ェ、グレ様のもんだァ」


特にこんな風になったら、凄く嫌――!


嫌だ。嫌だ。色は僕だけの事を見ていてほしいのに。勝手に出てきた中途半端野郎に盗られたくない。 せめて、一依か。あの死にたがりに持っていかれるのなら――良くはないけど、マシ。 どうにかして、どうにかして、あの殺化鬼野郎よりも先に。


「なんだか、いつも以上に失礼な事を想像されている気がします……」


「読心術で見てあげたらどうよォ」


「うーん…、なんか気持ち悪くなりそうなので。そこまでして、見たくはありません」


色を虜にする方法を――、いや、色はある意味鈍感だからダメ。そもそも、脱出してしまえば。いくらでも付け込むことは出来るから。どうにかなるから、落ち着こう。色はしつこくて、一方的で、嫌な事ばかりしてくるお化けは嫌いだから。それさえしなければいいはず。深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて、色の方へと向き直し。とにかく、脱出を目指す事だけを考えようと伝え、優しく片手を取って前へと引っ張る。


「急に怒っては。急に機嫌がよくなって。やはり…、当たり所が悪かったのでしょうか? 」


「まぁ、そういう日もあるんじゃねぇか。って、俺を置いてくなよ。おチビさん」


若干、困惑気味になっている色の様子に気がつかないまま。置いてくなとほざいているような殺化鬼を無視して。



―――



その後、ずっと。空間の中を歩き続けたけど。一向に出口は見えないどころか。変な臭いは増していくばかりで空気がとても重苦しく気持ち悪い。吐き出せば、楽になりそうだけど。逆に変な臭いと混じって余計に悪化しそうで吐き出せない。いや、吐く気にはならない。あの時の赤黒い世界と比べれば、だいぶマシなのだから。それに、優しく握り返し繋いでくれた色の手を更に汚すわけにはいかないから。今は何ともなく普段通りだが、正気に戻る前は手を死の色に染めたばかり。これ以上、汚させるわけにはいかない。だから、臭いなど我慢し。気持ち悪さなど忘れて歩き続けなきゃ。


「やけに静かだと思ったら…、ほら、吐き出したいのなら。吐き出してください。

臭いの悪化よりも、私の手が更に汚れるよりも、貴方の体調が悪化する方が大変ですから」


だけど、そんな僕の想いを無視して。色は心を読んで優しく寄り添ってくる。

こういう妙な優しさが変な奴を引き寄せるっていうのに。これだから――、でも今回は甘えない。 甘えてばかりいるのは良くない。何より、隙さえあれば、色の心に入り込んでくる殺化鬼という邪魔な部外者がいるのなら尚更。


「おい、おチビ。無理しない方がいいぜ。この先、何があるか分からねぇし。吐けるうちに……」


「絶対に吐かないもん!お前がいる限り! 」


「何を張り合おうとしているのか、意味不明ですけど。彗亜さんが完全に敵な今、治療は難しいのですよ。 無理に意地を張って、駄々をこねてないで。グレさんの言う通り、」


「殺化鬼の名前なんか出さないで!吐かないもんは吐かないもん! 」


「じゃあ、俺ェが離れればいいんだな。少し、奥の方を調査と見張りに行ってくるからァ」


嫌だと拒絶していると、ようやく少しの間ではあるが。殺化鬼が――、


「別にそんな必要はないですよ。グレさん。無理矢理、吐き出させればいいのですから」


「うぷへぇ…! ひ、酷い!なんてことをするの! 思い切り、腹と背中を叩くなんて! 」


しかし、色に中断させられた上。思い切り拳で、腹と背中を叩かれて無理矢理に吐き出させられる。 せっかく、殺化鬼がと。僕の想いを無視してと。苛立ちを叫ぶ――いや、叫ぼうとしたが。


「私情は挟まず、今は脱出する事を考えていたのでしょう? 」


本来の目的を忘れていると心を読まれたうえで指摘される。

あまりに図星な上、殺化鬼に気を取られてしまい、また忘れていた事に気がつき、何も言い返せなかった。 そうだ。大体、彗亜に復讐する事と脱出する事が目的だったのに。恋や愛に盲目になっているなんて、馬鹿みたい。 これじゃあ、快輝みたいな一方的お化けになってしまう。今度こそ、気を落ち着かせて冷静にならないと。 口を拭い改めて、深呼吸をし直して。殺化鬼に負けぬよう。恋や愛に気を取られぬよう。脱出するために足は無いけど足を動かす。前へ、前へと。


――コツン。


何か足元、いや僕らお化けには足が無いから正確には身体の先。身体の先に小さく金属混じりの音を立てて、何かが当たったような気がした。音の正体と何かを確認するために視線を身体の先へ向けると。枷と鎖のようなものが見え、更によく目を凝らしてみると。獣のような鋭い爪を剥き出しにした足が見えた。まさか、と思って反射的に顔を見上げると。徐々に荒くなる息遣いと共に鋭く光らせた瞳と目が合った。これは不味いと確信して、急いで色と殺化鬼の手を引いて後退る。すぐに逃げられるように。目が合った何かの正体をよく確認するためにもゆっくりと――。


「「魔獣……? 」」


鎖が引き摺られる音と空間が揺られて鳴り響く振動と共に。僕よりも早く何かの正体に気がつき、僕よりも遅く事態を把握した二人が疑問符を浮かべながら、戸惑いと困惑を隠しきれない様子で、意図せず声を揃えて呟く。


そんな二人の後に続くように、今度は枷や鎖が破壊される音と咆哮が空間と脳内までに鳴り響く。 鳴り響き終わると、天井に当たりそうなくらいに巨大な魔獣に似た生き物が鋭く尖った爪を立てて、荒い息遣いと共に鋭い無数の牙を剥き出し、鋭い目付きで僕らを見下していた。


殺人鬼は全ていなくなってしまったようだが。魔獣――いや、危険性が非常に高い。お化けを喰らい殺す猛獣は、まだ生きていたみたいだ。


「う、そだろ…ここは殺人鬼しかいなかったはずだろう? 」


「殺人鬼…って言葉には。鬼という文字があるので……、」


「卑怯な話だなァ…」


「とにかく、逃げよう。僕達が勝てる相手じゃないよ」


猛獣には聞こえないよう小声で会話をし、今は逃げることだけを意識しようと促す。

しかし――、血が騒いでいるのか。繋いでいた手を放して、舌なめずりし獲物を狩ろうと待ち構え、戦闘態勢に入る殺化鬼。実力はどれほどなのかは知らないが、どんな殺化鬼であろうと勝てる猛獣ではないと必死に訴えかける。経験と本能から察するにこれは、一依でも勝てるか怪しい難易度だ。だからこそ。いくら、殺化鬼の身であると勝てるわけが――、


「それはお前の経験と本能での話だろ? 一依って、名前の奴は恐らく…あの解雇された宮廷道化師兼殺人鬼なんだろうがァ……、それに。その道化死が勝てるか怪しいレベルを俺がクリアすれば、俺は頂点に立てるってわけだろ! ハッ!最高にやりがいのあるいいイベントじゃねぇか! こんなの挑まず逃げるなんてこと、出来ねぇーなァ! 」


「何言っているの!? 生存率が低いって話をしているんだよ!それほど、危険な……」


「ごちゃごちゃ、うるせぇよ。俺は一度、やると決めたことは後戻りしないんだよ! 」


訴えも虚しく。猛獣が前足を振り下ろし、襲い掛かってくるところを。こちらもと、殺化鬼は猛獣に向かって飛び掛かる。こちらが巻き込まれる可能性など一ミリも考えずに。色が自ら犠牲になることを気づかないままに。


即死なんてしたら、色が僕を護るために。逃がすために。生かすために。自己犠牲に走る。 今現在、魔法が使えない僕には勝ち目がないと判断して。自ら、前へと踏み出す。 だから、今は逃げることだけを意識しようと促し、必死に訴えかけたのに――。


飛び交って広がる鮮血が視界に映る全てを埋め尽くす。痛みに絶叫を上げる声と共に。 甲高い笑い声と共に。


猛獣の右腕が上下に間っ二つに切断されて消滅する。

愛しい色を返り血で染め上げて。殺化鬼を驚きの色に染め尽くして。僕を唖然とした色に染め直して。


「誰の前に立っているの? これ以上、赤黒く染めるのだったら。容赦はしないわよ」


愛しい色は、何処か痛い発言をしながら、凛とした佇まいで不敵に笑っていた。

暫くの間、猛獣の反応を確認すると。反抗するのなら致し方ないと口にして、猛獣の残った足、胴体を丁寧に切り裂いていく。その姿はまるで、何かが乗り移った。取り憑いたように見えるほど。


正直、急展開が多すぎて。もう何が何だか分からない。分からないまま、殺化鬼と共に呆気に取られていると。 いつの間にか、猛獣がモザイクをかけなきゃいけない程の状態になっていた。そして、色も何事もなかったように。いや、「あれ…、自分は何をして…? 」と切り裂いていた時の記憶だけ抜け落ちていた。


最初から最後まで、ツッコミってものをしたいけど。いちいち、やっていたらどうしようもないから。 これだけは言っておく。


――僕の回だけ、急展開が多すぎるよ!もういい加減、急展開は起きないで!

絶対こんなの、回収しきれないよ。ただでさえ、会話パートが多すぎるっていうのに。 確かに僕は悪い事は沢山したけど。あんまりだよ。酷いよ。


「あー、もう!全部、全部!色のせいだからね! 」


「とんだ、とばっちりです」


「まぁ、何がともあれ。これで先に進めるんだからいいじゃねぇか」


「よくなぁあああああい――! 」


理解のない二人に苛立ちが沸いて、大きく声を上げて叫ぶ。

それでも、二人は呆れた様子でこちらを見つめるだけ。子供が癇癪を起こしているだけだと傍観するだけだった。 どうして理解してくれないのだろう。メタ的に考えれば、直ぐに――ううん。もう、いいや。どんなに説明しても分からないんじゃ、どうしようもない。それに、自ら急展開を防げばいい話。だったら――、


「もう何度目か分からないけど。脱出を目指そう。出口を探そう。此処から出てしまえば、いいんだから! 」


「いや、探す手間は省けたみたいです。どうやら、猛獣がいなくなった事で。出口が出現したみたいですから」


「……じゃあ、さっさと出よう。もう急展開には疲れたし」


もう疲れたからツッコミなんてことはしないけど。

後は出口から脱出するだけだし、何も考えずにすぐさま出よう。


出口へと足は無いが身体の先を踏み入れて、ただ真っ直ぐ暗闇の中を進む。

進んでいき、ようやく光が見え。その先を更に進んでいくと。真っ白な空間へと辿り着いた。 恐らく見た目的に元居たデスゲームの空間で間違いないだろう。急展開が多すぎたけど、なんとか戻って来れた。 そっと胸を撫で下ろし、これで普段通り心穏やかに、いや、全部が全部ではないが。大丈夫であろうと安堵する。 安堵して、色に綿枷達を探しに行こうと声をかけようとするが――、色はこの空間まで、あと一歩のところで突っ立ており、出ようとしていなかった。いや、殺化鬼との別れを惜しみ。殺化鬼を出させるのを拒否しているといった方が正しく。とても声をかけられるような雰囲気ではなかった。


「せっかく…、気の合う方が見つかったのに。ここでお別れなんて」


「しょうがねぇよ。俺の本能が俺は違う場所に出るって告げているんだからァ」


「しかし……、」


どうやら、殺化鬼は僕達とは違う場所へと出るらしく。一緒にはもう行動できないとの事。 僕としては、関りも少ないし。ライバルが減るのは好都合だから、なんとも思わないが。色は切り捨てることができないみたいだ。短い間だったとはいえ。色は友人と呼べる気が合う者がいなかったし、寂しくなるのかもしれない。だから、あんなにも悲哀に満ちた顔をしているのだろう。


「気持ちは嬉しいし、答えてやりたいが。決まっているものはどうしようもねぇ。

それに、此処が最後の別れじゃない。生きて完全に脱出する事ができたら、また何処かで会えるだろう? 色とまた出会うまで、逃亡を辞めずにフリーでいてやるから。それまでお互い、踏ん張ろうぜ? 」


「……そうですね。そうですよね。分かりました。待つのは慣れています。だから必ず、また会いましょう」


「ああ、必ずなァ。それじゃあまた後でな、色」


「ええ。また後で、グレさん」


暫く、会話した後。現実を受け入れることが出来たのか、二人は別れの挨拶を告げると。 色はここの空間へと辿り着き、殺化鬼は何処かへと導かれて行った。


たどたどしく歩きながら、僕の傍まで近づくと。

珍しく、目に涙を溜めながら無理に微笑んで。優しく愛しむように告げる。


「初恋…っていうのですかね。イロドルとはまた違う、愛が生まれました」


――僕自身も傷つくと理解していながら。恋をしたと。新たな愛が生まれたと告白したのだった。 正直、とても複雑な気持ちでなんと表していいのか、言っていいのか分からない。 でも、ライバル心が勝ってしまうか。意地悪な質問しか口から出てこなかった。アイツの何処かいいのか。騙されているのではないかと。だけど、今回の色は意地悪な質問に対し、そうかもしれないと肯定しながらも怒りや呆れなど一切見せずに愛の言葉を並べる。


「彼――、グレさんは。私に似ている所や共感できる事がいくつもありましてね。

普段なら、同族嫌悪になるのですが。グレさんであると、何だか嬉しくなってしまって。 この方となら、こんな私でも生きてもいいんだって思えるのです。心の底からは勿論、本能的にもね」


愛の言葉を聞いた瞬間、どうして僕や快輝が選ばれないのか、改めて腑に落ちた。

僕達は色に一度も生きてもいいと自らの口で吐き出させることも、心の底から思わせることさえ出来ていなかった。 どんなに僕達が生きてもいいと必死に伝えても、色自身で心の底から思えるようにさせてなければ意味がない。 何より、伝える事で生きる事を苦痛にさせていれば。この想いがストレスに変換して届かないも、選ばれないのも無理はない。過去の事を思い返せば思い返すほど、それは改めて腑に落ちる。この愛の言葉と寂しさに満ちて無理に微笑む姿も合わさって。


でも、だからといって。どの道、選ばれないからといって。絶対と決めつけては、それこそ終わりだし。諦めの悪い我儘な僕はこの想いを切り捨てたりはしない。選ばれないのなら、いや。一番にはならないのなら、二番にもならないのなら、三番目だって無理なら――。


四番を目指すだけだ。四番を勝ち取るだけだ。四番は微妙な位置だけど、それでも色に優先してもらえるのなら。それでいい。だって、今この世に一番はいないし。二、三番も今はいないし。いたとしても――とにかく、今の状況なら。四番だろうと比較的に優先してもらえやすいから、快輝よりも先に勝ち取ってしまえば、どうにでもなる。何より、僕は快輝よりも先に一部を奪ったからね。あと、傍にいてくれた時間も長いから。確率は僕の方が上だ。


「色!行こう! 犯人である彗亜を倒して、ハッピーエンドを迎えよう! 」


新たな決意を胸に。無邪気な笑顔とポジティブな気持ちを全面に出し、色の手を優しく取り、可愛らしい声音で前へと誘い連れていく。 時々、思い出なんかを語りながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ