【斬堵睹 夢玖】
僕の目に映る世界は、赤黒く染まっている事が多かった。
それ以外の色なんて、人生の殆どは見ることはなかった。
だから、違う色が目に映った時はとても嬉しかった。幸せだった。
生き地獄じゃない世界がとても楽しくて、面白くて、希望に満ちていた。
希望に満ちていたから、きっとこの先も幸福な毎日が続くのだろうと。
皆と一緒に幸せに生きられると信じていた。やり遂げようとしていた。協力することにした。
それなのに。それなのに。それなのに。どうしてなんだろう。また赤黒く染まった世界を見ることになるなんて。
もう無いと思っていた。もう起こらないと思っていた。もう浴びることはないと思っていた。
燃え盛る炎を浴びることになるなんて。本当に心から冷たい視線を送られるなんて。
使い勝手のいい捨て駒として、切り捨てられるなんて。
彗亜が裏切るなんて。
そんな、そんな、そんな、僕はただ――、
「――大丈夫ですか?いや、大丈夫じゃないですよね。あれだけ、火炙りにされていれば…… 何があったのかは知りませんが…… とりあえず、気が落ち着いたら。直ぐにでも出口を探しましょう。 きっと、断刈様も……って、あ。え、夢玖さん? 先程よりも酷く泣いて…、何か気に障るような…あ、いや。何処か火傷などの傷口に触れてしまいましたか…? 」
珍しく慌てながら心配する声を聞いて。酷く、酷く複雑に心が窮屈になっていく。
切り捨てる前は皆、こうして妙な優しさを作り出すのだから。
もう彗亜に裏切られて、切り捨てられてしまったのなら。誰を信じていいのかなんて分からなくなる。
「……色、色も裏切るの?僕を切り捨てるの? 」
「は? 」
もしかしたら、目の前で心配そうに見つめる色だって。いずれ、裏切るかもしれないと思うと――。
「彗亜みたいに、僕を切り捨てるんでしょう? わかってるよ。わかってるよ…!僕は捨て駒にしかならないくらい! 」
「何を言って……、」
「色も、僕の事を切り捨てるんでしょ! 切り捨てるんだったら、優しくしないでよ! 」
悲哀と怒りを勢いのままにぶつけて、切り捨てるくらいなら優しくしないでほしいと願う。 もう、もう、もう、どうせ、色だって――、
「何を言っているのですか? 元々、最初に出会った時から切り捨てていますよ。夢玖さんの事なんて。 というか。私、優しくなんてありませんし。貴方なんかに優しさというのを微塵にも出したことありませんよ」
「え…、」
「それに。彗亜さんなら、貴方の事を切り捨てて当然ですよ。あのお化け、復讐しか脳にありませんから。 まさか、何も気づかなかったのですか?明らか様に胡散臭かったのに」
「……………」
「その反応だと、本当に気づかなかったみたいですね。……はぁ、貴方にも純真無垢な所もあるとは」
だけど、色は淡々と冷静に答えるだけだった。僕の事なんか、最初に出会っていた時に切り捨てていたことを。 彗亜が切り捨てることは当然のことだと。そして――、
「まぁ、私からすれば。最初から切り捨てていたので。貴方をこれから切り捨てることなんてありえませんよ。 たとえ、あったとしても。どうせ、すぐに戻ってきますよ。貴方みたいなお化けは何故か、放っておけないのでね」
呆れたように、面倒くさそうに、僕の事を完全に切り捨てはしないと遠回しに慰めてくるだけだった。 その慰めに、その言葉に、心が更に窮屈になる。でも今度は、嬉しいや幸せという感情で。
――え、嬉しい?幸せ? だって、相手は色なのに。色は、根っからのひねくれ者で。
――でも、いつも傍にいてくれたのは。いつも傍にいてくれた色は。色は――、あれ?
――僕の本当の救世主って。
―――
斬堵睹 夢玖。
風のお化けの一色として創られた、何も知らない無垢なお化け。
創られて間もない頃、この世界を創ったとされる七人のうちの一人、ケイオス・ジャキ。またの名を焦茶 邪斬というお化けに使い勝手のいい捨て駒として誘拐及び利用され、主に同じく七人のうちの二人である、ライアー・ロクこと紅藤 碌。フール・ザクロこと浅葱 柘榴から狂気的・猟奇的・暴力的な教育を受けられる。そんな教育と環境のお陰で、本来持っていた風魔法の力が大いに引き出され、素早く相手を打ち負かし、風圧で押し切ることができるまでに成長した。しかし、その反面。そんな教育と環境のせいで。最低限にまで、魔法以外のモノ全てが成長しきっておらず。何より、言葉遣いがかなり酷いものとなっている。だが、後に良くも悪くも彗亜に手を引かれたお陰で、快輝に正してもらったお陰で。当時よりは改善しているらしく、満遍なく必要な栄養素が行き渡っている。
しかし、彼の定めなのか。彗亜に捨て駒として切り捨てられ、裏切られてしまった。
結局、彼も踊りに踊らされてしまったのだろう。なんとも可哀想な事だ。
まさか、命を救ってくれた恩人が。自分を切り捨てるなんて。幼い故の過ちか。
とはいえ、本当の救世主の存在に気づいてきたようだし。少しは踊るのを自ら止めるかもしれない。 ただ歯向かうことは、彼の気持ち的にあまり出来ないかもしれないが――。
「まぁ、まだまだ幼い彼にはハードな事よね。いや、この世界でマイルドな事を望むのは無謀かしら…。 それにしても、本当の救世主さんを見分けられてきているのは。なかなか、素晴らしいじゃない。 普通は本物かどうか、見分けられないどころか。気づきもしないのだから。 さてと、少しタイマーを速めておこうかしら。熱さに弱いお化けちゃんの寿命がこちらに来るようにね…ふふふっ」
一通り、記し終わると。氷結のお化けから奪い取った権限を利用して、熱い部屋の温度を更に高く上げる。 そして、かけた呪いを気づかれないようにゆっくりと徐々に効果を悪化させて、寿命を削らしていく。 全ては永遠に生きるために――。
―――
「……ねぇ、色。色は彗亜みたいに、後々に僕を切り捨てることはないんだよね? 」
「先程、そう言ったじゃありませんか。聞き返す必要はありませんよ」
「本当に…? 」
「ああ、面倒くさいですね。私が言えることじゃありませんけど、何をそんなに疑っているのです? というか、貴方も綿枷さんみたいにならないでくださいよ。ただでさえ、罵倒するタイプの構ってちゃんには苦痛を感じているというのに……」
「綿枷の名前を出さないで」
「は? 」
「今は綿枷の名前を…、とにかく!今は他のお化けの名前を出さないで! 」
「何の束縛と独占ですか、それ……」
不安な気持ちに答える呆れた声が頭の中を一杯にし、ぐるぐると駆け巡る。
普段なら、気持ち悪くて仕方ないのだが。今に限っては、あんな慰め方をされたせいか。 何処か心地よくて、不安な気持ちを抑えるために必要不可欠になっている。だが、そこに僕じゃないお化けの名前が入ると、存在が入ると、更に不安になって、鬱陶しくなって苛立ちが沸いてくる。今だけは僕だけを見てほしいと。僕だけに集中してほしいと。だから、今は綿枷の名前を。他のお化けの名前を出さないでほしいと幼稚に乞う。
でも、乞いたところで。融通が利くはずかない。色は思った通りに動いてくれることはない。 色は自分にとって利益になる事しかしないから。そう、とてもひねくれたお化けだから。
「全く…、致し方ないですね。ほら、じゃあ。今は夢玖さんの事しか考えませんから。 その甲高い声を少しは抑えてください。先程から耳がキーンとなって、痛くてしょうがないのですから」
心を読み取ったように。呆れながらも僕の方へと目を向け、僕の身体を優しく抱きしめ直す。理由は分からないけど、きっと色にとって利益なる事だった――いや、違う。色は何だかんだ甘いんだ。ひねくれているけど甘いところがある。利己関係なく、傍にいてほしい時は傍にいてくれる。ぬいぐるみを抱きしめるように、優しく温かい温度で抱きしめてくれる。今にでも、部屋の温度と燃え広がる炎で焼失しそうになってでも。自分じゃなくて、僕を優先してくれる――。
「色……、」
――突如、急激に部屋の温度が更に熱く上がり、いつの間にか、炎が色の背後にまで燃え広がっている事に気づき。 このままでは、本当に焼死してしまうと抱きしめる手を放すように慌てて、名前を呼ぶ。しかし――、
「気持ちが落ち着いていないんでしょ?
急激に部屋の構造やシステムが変わろうが。気持ちが落ち着いていない時点で、まともに動けると思っているんですか? そんな状態で動いたら、ここで焼け死ぬより。もっと、酷い事になりますよ」
しかし、色は良くも悪くも甘いのか。僕の気持ちが落ち着くまでは離そうとはせず、今すぐ逃げるという選択肢はないようだ。 暑いのは、熱いのは苦手なのに。体質上、耐えられないはずなのに。利己主義者なんだから、自分の為に動けばいいのに。どうして、僕を優先してくれるの――?
「あの時みたいに、僕を殴って背を向ければいいのに。どうして、僕を優先するの? 本当に色は意地悪だよ。意地が悪いよ。死んじゃったら、死んじゃったら……、色が死んじゃったら……」
「なんですか? 私が死んじゃったら、何か不満でもあるのですか? 」
「――僕は、色に死んでほしくないの! 」
「つまり…、生き地獄に遭えと」
「――違う!違うの!本当に色には生きてほしいの! 快輝よりも。誰よりも。色に生きてほしいって!想っているの! ずっと、傍にいてほしいって…想っているの。僕は色と一緒に幸せに生きたいの。色は僕の救世主だから……」
相変わらず、ひねくれた思考と甘さを口にする色に疑問と想いを素直に叫んでいく。 ここまで、素直になれたのは。非常に珍しいと自分でも思う。だから、きっと想いが伝わって生きてくれると思っていた。だけど、現実は違った。暫くの沈黙の末、想いは受け止められても、優しく切り捨てられてしまった。
「…………気持ちは嬉しいですが。それは、できないお願いですね」
「なんで!? もしかして、言ってほしい言葉を言っていないから? 」
「違います。言ってほしい言葉は関係なくなったので」
「じゃあ…! 」
「今の私には、イロドルと断刈様しかいませんから。貴方と…いや、他の誰であっても。一緒に生きることはできません。勿論、その逆も同じ。私は心に決めた者にしか、生死を共にしませんから。そもそも、夢玖は。選ぶ相手を間違えています。生死を共にしたいのであれば、もっと愛情に満ちたお化けを選ぶべきです。これ以上、選択肢を間違えないでください。私のような生き地獄を味遭うことになりますよ」
最後には、必ず戻ってくるという意味の言葉と温かさを添えて。
あれほど僕を優先してくる割には、こういう生死に限っては優先しないだなんて。
意地悪にも程があるってものだ。こうやって、心を揺さぶって。優しく突き放して甘やかすなんて。 本当に色は意地悪すぎで、ひねくれてすぎて、――ううん、わかっていた。わかるはずの結果だった。色は良くも悪くも甘いから。 でも、彗亜よりは断然にマシだけど。今回ばかりは本当に酷いよ。僕はただ、今はただ、色と一緒に生きたいだけなのに――。
「――色の馬鹿ぁああああ!!! 」
抱きしめる手を無理矢理、剥がして。足は無いが、勢いよく飛び出して走り、色の傍から離れる。 その先に何があるのかなんて、何も考えず。無垢のままに前も上も見ないで走る。 驚きの声を無視して無謀に、単に衝動的に、無垢に感情的に、ただ一直線に走っていく。
「え、夢玖さ……危ないっ!夢玖! 」
「あっ」
小さく声を上げた時には、天井から降り落ちてきた炎に全身を焼かれて火だるまの状態になっていた。 咄嗟に僕を庇った色が声にもならない絶叫を上げながら――。
「し、色。色ぃ…あ、ああ、やだ。やだやだやだ! 色、死なないで! 色は生きなきゃ、ダメなの――! 」
炎の渦から逃がそうと全力で両手を伸ばして、色の身体を思いっきり、こちらへと引っ張る。 無垢な行動で、再び無垢な過ちを犯してしまったことに酷く嘆き、後悔する。 ――いいや、何よりも。今度は自らの手で赤黒い世界にした事を。最も大切なお化けを巻き込んでしまったことに。酷く嘆いて後悔した。そして、これじゃあ。色に選ばれなくて当然だと。優先してもらえるはずがないと。自分の無垢さに酷く絶望した。




