【叶わない現実 解釈違い/無色の支援者】
「しぃーき」
特にやることもなく、椅子に座って、ぼーっとしながら机とにらめっこしていると。 前の方から可愛げのある声で名前を呼ばれた気がして、そっと顔を上げる。 顔を上げた先には、なんと夢玖さんが机の前に立っており、こちらを三角の瞳で見つめていた。 夢玖さんが居ることと見つめられていることに驚きながらも、どうかしたのかと尋ねる。 すると、夢玖さんは自分と話がしたいのだと言うので、話すことにしたが。 話して一、二時間ほど経過してから気づいたことだが。今更ながら、話す内容が夢玖の年齢的に相応しくない。 グロテスクすぎるというか、物騒すぎるというか、とにかくこれ以上、この内容を話し続けるのはよくない。 適当に理由を付けて、ここは別の話題に変えなければ。
「…そうなんですけど。ああ、そうだ。お菓子でも食べません? 一依さんがクッキーを焼いてくれたそうでして」
「クッキー? なんで、急にクッキーを…色、甘いね。僕をいくつだと思って…、」
「いらないのですか?全部、食べてしまいますよ」
「食べてもいいけど、なんで、話題を変えようとするの?僕をいくつだと思っているの? 」
しかし、見透かされたようで。自分の歳をいくつだと思っているのかと口だけではなく、不満そうな瞳で見つめている。見透かされてしまえば、どうしようもない。いくつだと思っているのかを答えつつ、話している内容が相応しくことを説明しよう。
「十一から十四歳くらいだとは思っていますよ。というか、そうとしか見えないのですが… まぁ、だから。今更ながらですが、貴方の年齢的に考えてこの話題の内容は相応しくなく不適切でありまして……」
「僕、十六歳なんだけど」
十六歳。もし、本当にそうであるのならば。どうやら、思っていた年齢より二つほど上だったようだが。 とはいえ、たとえ十六歳だったとしても。この話題の内容は相応しくない。
「……じゃあ、どちらにしろ。不適切なのでダメですね」
「は?なんでなの? 」
「R-15Gなら、ギリギリ大丈夫な範囲となりますが。私達が話している内容はそれを超えていますからね……」
「色だって、ギリギリの十九歳なのに?不公平じゃない? 」
「王様からの決まりなので」
王様からの決まりだから、本人が不公平と言おうがどうしようもない。
その年齢に不適切で相応しくないのであれば、どんなことがあろうと話してはならない。 もし、話をしたなどの場合はすぐさま強引にでもその場で辞めて、忘却魔法などをかけるか。違う話題にせよ、という決まりであるため。なので、本当にこればっかりは――。
「保護者がいる限りは大丈夫でしょ」
「私は保護者じゃないですし。たとえ、保護者がいたとしても。内容が過激であるため、ダメなんです」
「生まれてきた時からR-15G以上の事を受けてきた、経験してきたから。今更、意味ないと思うけど」
「そうだとしても、ダメな物事はダメという社会であり世界なので。夢玖さんがなんと言おうと、抗議や意見を言ってもダメなんです」
「むー、相変わらず王は、けちん坊なんだね。じゃあ、代わりにさ。色の恋愛系の話をしてよ」
ようやく納得した様子を見せたと思ったら、代わりに恋愛系の話をしてほしいと言われてしまった。 恋愛系――、自分で言うのもあれだが、碌な事が無いという以前に。そういう経験をしたことがない。 というか、家族であるイロドルを除けば。誰かを好きだと想ったことは一度も無い。 だから、話してしてほしいと言われても。話す内容も話題もない――、
「快輝とはどうなのさ?快輝の事はどう思っているの? 」
「え、快輝ですか…? 」
「快輝は結構、君に惚れ込んでいるじゃん」
「あー、その事ですか… 別に大した関係じゃないですよ。そうですね、利害の一致ということにしておいてください」
確かに、表向きは快輝の熱情が目立っているが。実際の所は快輝の自惚れであり、本当に心の底からの好意や想いではない。だから快輝の熱情はlikeですら無く、その上に私自身、快輝の事は嫌悪と憎悪を抱くほど邪魔な存在として認識しているため、恋愛とはかすりもしない。
「正直、利害の一致でなければ、傍にいることすらしませんし。心の底から快輝の事は大嫌いですよ」
「そうなんだ…、なんかよくわかんないけど。快輝、可哀想。色、意地悪だね」
「ふっ、なんとでも言えばいいです。どうせ、私など相手の利益ためにしか使われないのですから」
「じゃあ、言わせてもらうけど。たとえ、嘘でも快輝は心の底から救われちゃったんだよ」
「救われ…た? 」
救われたとはどういう意味だろうか。
いいや、もしかしたら。利害の一致で考えれば、救われたという表現をしてもおかしくはない。 ただ心の底からというのは一体――そう悩みかけた時、夢玖さんから答えを出される。
「いくら利害の一致だったとしても。あそこまでどうでもいいとは思わないんだよ。 快輝は色の為に生きようとはしないんだよ。あれは、心の底からの色を愛していなきゃできないことなんだよ」
「心の底から、愛している? 読心術を使えない貴方が何を…、」
「僕が言うのもなんだけど、色はひねくれた解釈をし過ぎだよ。もっと、自分に自信を持った方がいい。 快輝の想いをもっと信じてみるべきだよ」
答えを出され、一瞬にして心の底からの意味を理解する。
なるほど、快輝はそこまで私を――酷く弄ぼうと邪魔をしているのか。
心の底からの想いで私を邪魔したい。だから、夢玖さんを動かした。なんとまぁ、滑稽な話だ。 それで、そんな見え見えの嘘の想いで、靡くと。振り向くと。引っ掛かると。騙せると。偽れると思ったら、大間違いだ。 随分と私もカモ扱いされたもんだ。――あはは、これだから。本当に。
「気持ち悪いですね」
「え」
「本当に善と純という心の底からの想いであるのならば、私が望むことを全てしてほしいくらいです」
本当に善と純という心の底からの想いであるのならば。
私の邪魔などせず、私が望むことを。願う事を。欲するモノを行動として表し尽くし。 言ってほしい言葉を伝え。かけてほしい魔法で消して。あの世へと連れて行ってほしいものだ。 しかし、それができない時点で黒。随分と見苦しい、息苦しい、汚い想いである。 他者を使ってまで、邪魔したいとは。本当に気持ち悪く汚い想いである。
「あはは…、汚いとは思っていましたが。まさか、ここまで気持ち悪いほど汚いとは思いませんでした」
「ねぇ、色。さっきも言ったけど、ひねくれすぎじゃない? 」
「ひねくれ?いいえ、全て事実であり現実ですよ。あの野郎は本当に邪魔しかしてねぇんだから。 俺ばっかり、損するように仕向けて虐め。嫌だと伝えても、逆に粋がって更なる嫌な事を重ね続ける。 それなのに、何処がひねくれた解釈だと言えるのですか?何処の視点から見たって、私の邪魔しかしてないでしょう? 」
「色も…、可哀想だね」
「今更、同情や慈悲という自惚れた冷やかし発言は要りませんし、気持ち悪いですよ。 そんなんで慰めになると思ったら大間違いです。たっく、いい加減にしろよ」
真実、事実、現実を伝えれば。手のひらと心がくるくると変わって、返答を気持ち悪く変えるとは。 何度も見聞きしたが、いや、何度も見聞きする度に胃から黒い血が飛び出そうだ。 やはり、改めて視ると。ここにも私の居場所なんてない。いいや、そもそもこの世界に私の居場所なんてない。 結局は誰かの使い勝手のいい捨て駒として、雑に利用されて終わるだけだ。 ああ、こうなるのであれば、最後が同じであれば。何処かで隙を見て、あの世に逃亡した方が良さそうだ。 そうだそうしよう。逃亡して真っ暗闇の世界で彷徨い続けよう。此処に居るよりは断然マシだ。
――もう、この世界での生き地獄など。うんざりだ。
「――し、色。離して…、苦しい」
「は? 」
「もしかして、無意識?無自覚?見えてないの?
もう…、こうなったら。彗亜に怒られてでもやってやる…! 」
どす黒い感情が心に満ち、全てに憎悪と殺意を抱いた時。
鋭く切れ味のいい痛みと衝撃が額に響き渡った――。
―――
目が覚め、ゆっくりと腰を上げて立つと、呆れた表情をした夢玖さんの姿を映った。
そして、状況を把握している前提で冷静になったのかと聞かれる。
冷静になったか以前に、状況を把握しておらず、なんだか記憶も曖昧なため。答えを出せないと伝えると、更に声音までも呆れたようになり、「馬鹿じゃないの? 」と叱られる。
「煽り耐性やトラウマ耐性なさすぎじゃない? いくらさ、過去が悲惨だったとしても。 無意識に、無自覚に魔法を使って記憶喪失になり、人を傷つけたらダメでしょ。全く、下手したらお互いに死んでたからね」
「……お互いに? え、一体。私は何をしでかしたというのですか? 」
「とにかく、今回は見逃してあげるけど。次は許してあげないからね」
「あっ、はい…、記憶にないとはいえ。ご迷惑をおかけして…あぐっ、いたぁっ!? 急に額が…ってあれ?これって、血? 」
記憶にないとはいえ、迷惑をかけたのは事実であるため。お詫びしようと謝罪の言葉を口にした途端、額に偏頭痛に似た鋭い痛みが走る。痛みに驚き、反射的に額を指先で触れてみると、小さな痛みと共に血が指の腹に付着した。 その事に更に驚き。何故、額から血が流れ出ているのか疑問に思っていると。夢玖さんから会議室にいる彗亜さんに治療してもらうといいと背中を強めに押される。
「記憶を取り戻せはしないけど。彗亜は治療とかは得意だから、すぐ治るよ。だから、悪化する前に早く行って」
「え、あ、えぇ、わ、わかりました。わかりましたから、あの、そんなに背中を強く押さなくても…」
「――ねぇ、色。快輝の事は恋愛対象に入っているの? 」
「ん? あー、いえ。恋愛対象に入っていませんよ。価値観とか色々と違いますし。
第一に、そういう関係じゃありませんから。それに、言ってほしい言葉を言われていませんからね」
背中を強く押される中で突如、快輝の事は恋愛対象に入っているのかと聞かれ。
一瞬、どうしてそんなことを聞くのか疑問に思うも。深くは考えず、ありのままの答えを口に出す。 恋愛対象には全くもって入っていないと。すると、自分から聞いておいた割には何処か興味なさげの声音に変えて。
「ふーん。そうなんだ。じゃあ、なんて言ったら。快輝の事を好きになるの? 」
と、首を傾げるような仕草をして尋ねる。
なんて言ったら、好きになるか。正直な話、矛盾はしているが。快輝が言ってほしい言葉を言ったとしても。 元が少しああだから、どちらにしろ好きという気持ちになるほど発展や変化は起きない。せいぜい、無害な知り合い程度だろう。とはまぁ、言っても。この尋ねはからかい目的の興味本位で尋ねているのだろうし、誤魔化してもややこしくなるため。ここは素直に答えを伝えてしまおう。
「それは、――――ですよ。私は――――と言ってほしいのです」
素早く口を開けて、答えを出した。
すると、答えを聞いて。三角の目を丸くし、呆然とした表情を浮かべる。
まぁ、当然の反応と言ったところだ。こんな言葉を言ってほしいといえば、呆然としてしまっても致し方ない。 そして――、
「え、重気持ち悪いっ」
酷く冷たい声音と共に風魔法で部屋の外へと吹き飛ばされ、いや、追い出されて――。
「……これで、少しは抜け出せるといいのですが」
――部屋の外へと追い出され、不気味な笑みを浮かべながら会議室へと向かう。
微かに聞こえる泣き声を放置して。
―――
「さては、その額の傷…。夢玖を困らせただろう? 」
「ああ、その件については。本当に申し訳ないと思っておりますよ」
「その件って、今なのになァ? まぁ、でも。面白いから、OKとしておく。
さぁ、こっちに来てくれ。その程度なら、俺にも治せる」
会議室へと着き、入り口付近で適当な会話を交わすと。
部屋の奥へと案内され、治療魔法で額にあった傷を完治される。
完治できるほどの魔法技術を見て、彼は無芸無能というのは嘘で多芸多才なお化けであると改めて思い、口にする。
「やはり、貴方は無能じゃないですね」
「ん?俺は無能だぞ? 」
「こうして、治療や完治できる時点で。また誰かに心の底から善と純の想いで必要される時点で。無能ではありません」
彼が本当に生まれつきの無能であるのならば、治療魔法などは使えない。技術が何処でもやっていけるレベルに達していない。誰かに心の底からの善と純の想いで必要とされない。だから、無能ではない。生まれつきの無能でさえない。 彼は有能な逸材である。何より――、
「復讐の為に駒を集めながら行動してはいないでしょうから」
「やはり、バレていたか。でも、俺は無能には代わりない…」
「――本当の無能というのは私の事を言い、称し、表すのですよ」
「――――」
説明も必要が無い程に、私は本当に無能である。いや、無能だけではない。誰にも心の底から善と純の想いで必要とされていない無為で無芸かつ無能の無力、全てにおいて無で零な何も無い、存在価値も意義も無い、生きているだけで邪魔・大損・不幸・地獄を導く厄介者かつ破壊者。失敗作かつ駄作の生きてはいけない存在、死を望み、望まれる者だ。要するに私は生まれ、創られてはいけなかった無の忌み子である。だから、彼は無能ではないのだ。本当の無能で、本当の生まれつきの無能は私。その事に一切の間違いはなく、事実であり現実である。
「何度でも言いますが。だから、貴方は無能ではありません。無能ではないのに無能だと口にしないでください」
「…………ふ、はっ、面白いな。お前さん。そこまで、俺を無能ではないと心の底から否定した奴は初めてだ。 そして、想像とは違い。かなり……、うん。そうだな。詫びよう。見下していたことに」
「今更、詫びたところで。その独断と偏見が消えはしないでしょう」
「そう言われると、確かに改めてそうだな。そうじゃなきゃ、この傷も無いだろうし」
冷淡な声音と口調で現実や事実が変わることはないと伝えると。何処か喜ぶように皮肉めいた笑いをしながら、慣れた手つきで私の手の甲を見る。一見、手の甲には何も無く。これといって傷は無いように見えるが――手の甲から、今は無い腕の付け根辺りに治療魔法をかけようとするのは、目には見えなくとも長年の経験からの勘で気づいているようだ、が。
「ん?なんで、拒むんだ。傷は治り、腕は蘇る。不満になるような事は無いと思うが? 」
「夢が叶うことは、もうありませんから」
素早く手を引き、治療魔法を拒んだ。今更、蘇ったところで。終焉を迎えた界隈で夢が叶う事などないのだから。 そもそも、叶う以前に。報われることも。救われることも。気づかれることも無い。 たとえ、それがあったとしても、自傷や存在に気づいてくれたとしても――。
「ああ、そうだよな。今更、腕が蘇っても遅すぎるし…。こうして、俺の手駒として――、」
「「悪用されてしまうのだから」」
「意味ないもんな? 」
黒く染まった瞳で睨むと、黒く染まった不敵な笑みを返された。
そして、弄るように、抉るように、貪るように、止めを刺すように、更なる鎖をかけるように、共謀や共犯という罪を重ねながら――、
「死にたいと思い、実行するんだったら。最期ぐらいは【人の役立つ事】をしてからの方が報われるぜ? 」
改めて復讐劇に参加しろと、話を持ち掛けてきたのだった。
「無能であることを知っているくせに。何を思って、手駒として使うのです?
裏方でも役に立つ事などありませんよ。盾や囮にしようとしても……、」
「お前には支援をやってもらう。物資とかもそうだが…、民などの一般、周囲からしたら。お前は被害者だし…、 何より、界隈ではともかく。表向きは謙虚で大人しい奴だ。信用はされやすい」
「つまり、収集をするってことですか? 」
「まぁ、そうだな。だが、お前の役目や担当はそれだけじゃない。
お前には、支援は支援でも。応援や慰めといった、こっちのメンタルケアをやってもらう。 何だかんだ悪態を吐きながらも、保身に走って傍にいてくれるからな。特に依存体質気味で愛情を欲しがる夢玖と綿枷には丁度いいし。その上、お前を利用すれば。快輝がスムーズに動いてくれるからな」
「…なるほど。そういう理由で私を支援担当として選び、どんなに最低な事をしても、復讐が達成するまでは捨てないのですね」
「あぁ、その通りだ。だから、復讐が達成するまでは。宜しく頼むぜ? 色」
目を細め、更に不敵に笑う彼の申し出に。
ここまで来てしまっている以上、運命は変えられないだと思い、承諾し参加することにした。 どうせ、善と純の想いで必要などされない。どうせ、失敗は繰り返す。どうせ、いずれは死ぬのだから。 彼、彗亜さんの言う通りに最期ぐらいは【人の役立つ事】をしよう。
空っぽになっているはずなのに、心の何処かで瓶のようなモノが割れ落ちる音と同時に、更に瞳は黒ずんでいった。 そして、思考は眩暈と共にぐるりと一回転して、本性をより強く前面に出してきたのだった。
「ええ、改めまして。こちらこそ、宜しくお願い致します。彗亜さん。
ただし、快輝のように余計な邪魔をしないでくださいね。黒い手を紅く染めたくはありませんから」
そう、無色の支援者は。
会話に終止符を付ける際に、不敵かつ不気味な笑みを浮かべて、救われることのない道を更に歩みながら。




