表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

第八話

「あら、一分も遅刻だなんて、いい度胸してるわね?」


 トレンチコートを着て、下はジーンズ姿で待ち合わせ場所に立っていた葉山の第一声は、辛辣なものだった。


 むしろ起こされてすぐに向かった俺の努力を、誉めても罰は当たらないんじゃないかなどと思ったが、不毛な言い争いが予想されるのでここは黙っておこう。


「悪かったな。ところでどこに行くんだ?」


「フン、まぁ、いいわ。近くの喫茶店に行くわよ」


 言い返してこないことが詰まらないのか、葉山は足早に歩きだしてしまった。


「ああ、待ってくれ」


 慌てて、その背中を追いかける。


 周りから見れば不思議な光景だろう。


 モデルのような葉山の後ろをモブのような俺が、少し後ろについていく。


 通報されないか冷や冷やだな。


「ところで、今日は本当に寝ていたのかしら?」


「どういう意味だ? 電話が鳴るまで眠っていたぞ」


「貴方は将来ダメ人間になりそうね」


「そうだな、過去に好きなやつに告白できなかったことを後悔してるだろうな」


「それは傑作ね。河野君が誰かを好きになるなんて」


 そう言って小さく笑ってくる。


「俺もそう思うよ」


 俺も笑い返す。


 葉山は足を止めて、不思議そうに俺を見てくる。


「そんな未来あるのかしら?」


「どうだろうな? そもそも葉山と出かけてる時点で、自分の予想を超えている」


「そうね、私もちゃんとあなたと話ができることが嬉しいわ」


 笑顔でそう答えて、葉山はまた歩き出す。


 その笑顔に少し見惚れてしまって、俺は歩き出すのが遅れるのだった。


 ・・・・・・・・・・


 喫茶店に入った俺達は、一番奥の窓際に案内してもらう。


 そこそこの客入りで、普段こない俺でもにぎわっているなと思った。


「注文どうする?」


「私はブレンドでいいわ」


 メニューを開いて聞くと葉山は見ないでそう答える。


 普段からきてるのか? 


 そう思ったが聞く事でもないなと思って、店員を呼ぶ。


「お決まりですか?」


 ボーイ風の格好の女性店員が、オーダーを取りに来てくれる。


「ブレンドを二つと、ミックスサンドをお願いします」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 凄く丁寧だ。喫茶店とはこういうものなのか?


「さて、店員さんに見とれてないで話をするわよ?」


 向かいに座った葉山がトレンチコートを脱ぎながらそう言ってきた。


 コートの下は、クリーム色のタートルネックセーターを着ているようだ。


「見とれてない。普段こないから、色々新鮮なんだよ」


「あら、どういう生活をしてるのかしら?」


「普通に、学校とスーパの往復だ。こんなしゃれた外食何て普段はしない」


「意外と倹約なのね」


「以外は余計だ。それで、話したいことって昔の事だよな?」


 脱線させないように話を持っていく。


「そうよ、聞きたかったの。どうして公園に行かないようになったの?」


 どうやら正解だったようだ。


「お待たせしました」


 だが、このタイミングで店員さんが来たことによって、超絶話の腰が折れた。


 先ほどの店員さんが、コーヒーとサンドウィッチを並べて去っていく。


「サンドウィッチ、良かったら摘まんでくれ」


 俺はそう言って一つ手に取る。


「話が進まないわね――」


 そう言いながらも、葉山もサンドウィッチお一つ食べ始めた。


 それにしても、インスタントと違って、コーヒーが濃くて美味しい気がするな。


 また今度、山田を誘ってみるか……


 そう言えば今はどうしてるんだ?


「何、笑ってるのかしら?」


 冷めた目でそう言ってきた。


「いや、何でもない。本に飽きたからな」


 カップを置き、先ほどの質問に答えておく。


「それだけ? 私が邪魔だからじゃないの?」


 どこか不安そうな声だ。


 確かに少しそう思ったが、それが理由ではない。


「そうじゃない。本当にいく理由がなくなったからだ」


「そう、そうなのね……」


 安心したような顔でコーヒーを一口飲んで、葉山は窓の外を見る。


「それで、入学式の日はいつ会ったんだ?」


「本当に覚えていないの? 思い出してみて?」


 肩肘をついて、手の甲に顔をのせた葉山が笑みを浮かべてそう提案してきた。


 間違うと殺されそうだな……


 俺は目をつぶって、思い出そうと腕を組む。


 入学式の日……そう、確か倒れた生徒がいたな。


 テストの最中に隣の席の生徒が倒れて、保健室に運んだことを思い出した。


「もしかして倒れたあの生徒か?」


「違う。もっと前よ」


 前? 学校に入る前か……そうだ、思い出したぞ。


「あの時だな! ハンカチを拾った」


 自信をもってそう言う。


「そうよ! 思い出したわね」


 些細なこと過ぎて、忘れていた。


「あのハンカチは、母がくれたものだから、大切なの」


「そうだったのか……」


「そうよ。だから凄い嬉しかったの」


「それなら声かけて良かった」


「でも、まさか河野君が同じ高校だなんて、驚いたわ」


 俺も今驚いているんだから、ずっと驚いていたんだろうな。


「俺もあの本を読んで驚いたよ」


「あの本の続きは、今まさに書かれているわ」


「どういう意味だ?」


 確かあの本を書いた、葉山の母親は亡くなっているはず。


「だってこうして、登場人物がまたそろったんだもの。その事を私は日記に書くわ」


 嬉しそうに笑う。


「じゃあ、物語の舞台を用意しなくちゃな」


「あら、それは、デートのお誘いかしら?」


「ああ、そうだ。次の葉山が暇な日に朝から会おう」


 堂々とそう言ってやる。


「強引ね。まあ、いいわ」


 嫌がられるかと思ったが、そっけなく了承してくれた。


「何時が空いているんだ?」


「そうね、明後日とか?」


「了解だ。その日は空けといてくれ」


「分かったわ」


 葉山の声はどこか楽しそうなので、少し強引だが誘ってよかったな。


 その後は昨日の事故について聞かれたが、あいまいに返しておいた。


 俺自身、山田に会うまでよく分かっていないからだ。


 喫茶店の代金は遅れたからと俺が払った。


 予想より少し高くついたので、晩御飯はモヤシ炒めに決める。


 目的のもやしを買って、帰宅するのだった。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ